【マユミ】第3章:経済地政学の量子場
舞台が一変し、無限に広がる宇宙空間のような景色が現れる。しかし、星々の代わりに通貨記号や株価指数が浮かんでいる。マユミとダンは、この経済宇宙の中心に立っていた。
次に私たちが訪れたのは、経済地政学の量子場だった。そこでは、資本、労働、資源が粒子と波の二重性を示しながら、国際経済システムの基本構造を形成していた。その光景は、これまでの経済理論を根底から覆すほどの衝撃を与えるものだった。
「ここでは、ウォーラーステインの世界システム論が実現しているんだ」
ダンが説明を始めた。彼の声は、この空間では奇妙にも金属音を帯びていた。
「中心、半周辺、周辺の関係は固定されたものではなく、常に変化している」
私は、経済力が干渉し合い、新たな覇権国家を生成する様子を観察した。それは、まるで新たな世界秩序の誕生を見ているかのようだった。ドルが円と衝突し、ユーロが人民元と融合する。そのたびに、国家の経済力が変動し、世界地図が塗り変わっていく。
しかし、私はここでも疑問を感じずにはいられなかった。
「ダン、これは単純化し過ぎではないでしょうか」
私は冷静に、しかし鋭く指摘した。
「現実の経済は、もっと複雑で予測不可能です。例えば、2008年の金融危機や、最近のパンデミックの影響など……」
ダンは驚いたように私を見つめた。しかし、その表情にはどこか嬉しそうな色も見えた。
「さすがだね、マユミ。君の洞察力は鋭い。確かに、この量子場は現実を完全に再現しているわけではない」
彼は一歩前に出て、空中に浮かぶ経済指標の一つに触れた。すると、その指標が突如として乱高下を始めた。
「見てごらん。これが、君の言う予測不可能性だ。カオス理論でいう『バタフライ効果』のようなものさ」
私は目を見開いた。確かに、一つの指標の変動が、連鎖的に他の全ての指標に影響を与えていく。それは、まさに現実の経済の姿そのものだった。
「でも、それならこの量子場の意味は何なのでしょう?」
私は更に踏み込んで質問した。
「単なるシミュレーションなら、コンピュータでも可能です。私たちがここにいる意味は?」
ダンは深く頷いた。その表情には、これまでにない真剣さがあった。
「鋭いね。実は、この量子場の目的は予測ではない。それは、経済と地政学の根本的な関係性を理解することなんだ」
彼は手を広げ、周囲の経済指標を操作し始めた。すると、それらが絡み合い、まるで生命体のような複雑な構造を形成していく。
「見てごらん。経済は単なる数字の羅列ではない。それは生きているんだ。そして、その生命力が地政学を形作っている」
私は息を呑んだ。確かに、目の前の光景は単なるデータ以上のものだった。そこには、国家の意志や民族の思いまでもが込められているように見える。
「つまり……経済を理解することは、世界の力学を理解することに直結する、ということですね」
私は静かに言った。その認識は、私の地政学研究に新たな視座を与えるものだった。
「その通りだ」
ダンは満足げに微笑んだ。
「そして、この理解は机上の空論ではない。現実の世界を動かす力になりうるんだ」
その言葉に、私は身震いするほどの興奮を覚えた。同時に、大きな責任感も感じた。
「ダン、この知識は……危険かもしれません」
私は慎重に言葉を選んだ。
「悪用されれば、世界の秩序を崩壊させかねない」
ダンは真剣な表情で頷いた。
「その通りだ。だからこそ、君のような洞察力と倫理観を持った人物が、この知識を扱う必要があるんだ」
その言葉に、私は強い使命感を感じた。同時に、ダンへの信頼がより深まるのを感じずにはいられなかった。
「分かりました。私は、この知識を正しく使う責任を負います」
私は決意を込めて言った。
ダンは満足げに頷き、次の目的地を指し示した。
「素晴らしい。では、次は地政学的多元宇宙へ向かおう」
私たちは経済地政学の量子場を後にし、さらなる未知の領域へと歩を進めた。その道中、ケインズの言葉が心に響く。
「難しいのは、新しいアイデアを受け入れることではなく、古いアイデアを手放すことだ」
まさに今、私は古い地政学の概念を手放し、全く新しい世界観を受け入れようとしていた。
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