ダンと9人の天才少女が拓く知の彼方―叡智の螺旋階段を求めて―

【エリザ】第9章：パフォーマンスの劇場

　エリザとダンは、パフォーマンスの劇場に足を踏み入れた。

　そこでは、日常のあらゆる行為が、壮大な演技として繰り広げられていた。

「ゴフマンの言う通り、私たちの社会的相互作用は、すべて演技なのね」

　エリザは感嘆する。

　エリザの目の前で、再びゴフマンの理論が鮮やかに可視化された。

　日常生活のあらゆる場面が、まるで舞台のように現れ、人々が様々な役割を演じ分ける様子が見えた。表舞台（フロントステージ）と舞台裏（バックステージ）の切り替わり、演技の調整、観客の反応など、社会的相互作用の複雑なダイナミクスが立体的に展開されていった。

「これは本当に驚くべき光景だわ」

　エリザは感嘆の声を上げた。

「ゴフマンが言うように、私たちの日常生活のあらゆる瞬間が、まるで演劇のような性質を持っているのね」

　彼女は熱心に観察を続けながら、自身の考えを整理した。

「ゴフマンの理論は、社会的相互作用の本質を見事に捉えているわ。私たちは常に、状況に応じて適切な'自己'を演じ分けている。それは単なる偽りではなく、社会生活を円滑に進めるために必要不可欠なプロセスなのよ」

　エリザは一般の人にも分かりやすいように説明を加えた。

「簡単に言えば、私たちの日常生活は、一種の演技の連続だということよ。例えば、職場では'プロフェッショナルな自分'を演じ、友達と会えば'気さくな自分'を演じる。これらは全て、その場面に適した'役割'を演じているのよ。でも、それは嘘をついているわけじゃない。むしろ、そうすることで社会がスムーズに機能しているの。この理論は、私たちの社会生活の複雑さと、アイデンティティの多面性を理解する助けになるわ。自己は、他者との関係性の中で、絶えず演じられている」

「そうだね」

　ダンは微笑む。

「私たちは皆、アクターであり、オーディエンスだ。相手の期待に合わせて、自己を演じ分けている」

　エリザは、自分自身のパフォーマンスを振り返った。研究者としての自分、娘としての自分、友人としての自分。それぞれの役割に応じて、自己を使い分けてきたのかもしれない。

「でも、本当の自分は、一体どこにあるの？」

　エリザはつぶやく。

　ダンは、真摯な眼差しでエリザを見つめた。

「本当の自分は、その演技の裏側にあるんだ。役割を超えた、普遍的な自己。君は、その真の自己に目覚めようとしている」

　ダンの言葉に、エリザは息をのんだ。

　まるで、自分の魂の奥底を見透かされたような気がした。

　ダンとの関係もまた、一つの演技なのだろうか。

　師弟、パートナー、恋人……。それとも、もっと普遍的な絆で結ばれているのだろうか。

　エリザは、自分の感情の正体がつかめなくなっていた。

　ダンへ抱く特別な感情は、尊敬なのか、依存なのか、それとも……。