第43話 セムス家

次の日の朝になった。


与えられた部屋にハリスがやってきて、俺が今日働く場所を伝えられた。

ハリスも一緒に来てくれるのかと思ったが、セムス家の許可が出なかったらしく、ついて来れないらしい。

俺が部屋を出ようとした時、ハリスが俺を呼び止めた。


「キャンベル様、昨日の話を覚えていますか?」

「はい、大丈夫です!」

「では、行ってらっしゃいませ。」


ーーー


ハリスから教えてもらった場所へと向かうと、そこにもまた執事のような格好をした男が1人立っていた。

男は俺が近づいても無表情で、俺が話しかけるまでピクリとも動かなかった。


「あのー...」

「キャンベル様ですね。」

「はい、あなたは?」

「申し訳ありませんが、名乗る許可は出ておりません。それでは、こちらへ。」


男に案内され、塔の最上部へと進むと、そこには真っ白な服装をした男女が所狭しと並んでいた。

よく見ると、俺と同じアークの制服の白バージョンだ。


その中の男が1人、俺に近づいてくる。


「ルーク・キャンベル、話は聞いている。魔術が使えるそうだな?」 

「はい...使えます。」

「そうか。」


男はそう言うと、俺の頭から爪先を2〜3度見て、立ち去っていった。

多くの人が何かの準備に取り掛かる中、俺は1人ポツンと取り残された。


えっ...。放置?

どういうことだ?

何か、試されている?

正直に“何すれば良いですか?”って聞いてみるか、いや昨日ハリスさんから失礼がないようにと散々言われた。

いまは、静かにして...


「おい、貴様そこで何してる?」


俺がどうしようか1人で焦っていると、また別の男が話しかけてきた。

年は50くらいだろうか、白髪と青髪が混ざっている。

彼もまた、すごい威圧感だ。


「えっと、俺は何をすれば...。」

「貴様は、ここに何しにきたんだ?」

「魔術の手伝いに。」


俺がそう言うと、男はフンっと鼻を鳴らした。


「嘘をつくな。セムス家の魔術を盗みにきたのだろう?」


俺は男の言葉に耳を疑った。


盗むだと?

人聞きの悪い言い方をしやがって。

身分は違いすぎるが、仮にも同じアークの仲間なんだぞ。

盗みに来たんじゃない。

学びに来たんだ。


「違います!俺は本当に...。」

「黙れ。私たちが貴様をここに来ることを許したのはハムシーク家の要請があったからだ。アークから言われたからではない。」

「なら、俺はどうすれば?」

「帰れ。ここに来ることは一度だけ許した。これで約束は果たしたんだ。ハムシーク家に良い借りができたな。礼を言うぞ、ルーク・キャンベル。」


男はそう言うと、俺の前から立ち去っていった。


ーーー


そんなこんなで追い出された俺は、ハリスの元へと向かった。


「と、いう訳で追い出されちゃいました。」

「そうでしたか...。まあ、予想通りと言えば予想通りですかね。まだ良かった方かもしれません。」


予想通り...か。

確かにハリスの昨日の話の通り、セムス家は常にこちらを見下したような態度だった。

最初から“部外者は早く帰れ”という空気がビンビンと感じられた。

俺に魔術を手伝わせる気など最初からなかったようだし。

でも、俺は次の任務で大きな役割を担っている。

こんなところで帰るわけにはいかない。


「どうしたらいいですかね。」

「うーん、どうしましょうか...。」


ハリスは腕を組み、俯いて考え込んだ。

俺は彼から何か良いアイデアが出るのをただ見守る。


「ハリスさんから何か言ってもらうことは出来ないですかね?」

「うーん、私は彼らに意見できる身分ではありませんし...。そういえば、キャンベル様はシモン様とご交流がありましたよね。」


シモン?

交流も何も、シモンは俺の師匠であり、育ての親だ。

でも、何で突然。


「はい...確かにシモンとは交流があります。でも、それが何か?」

「シモン様は、セムス家ではないにも関わらず、彼らから直接、魔術の指南を受けた唯一の人物なのです。シモン様と親交の深いキャンベル様と分かれば、もしかしたら...。」


俺も教えてもらえるかもしれない、か。


確かに、シモンの魔術の技術は意味が分からないくらいに凄まじい。

精度や規模など、全てにおいて俺はシモンには敵わない。

あの魔術はセムス家から学んだものだったのか。

にしても、シモンはどうやってあの一族から魔術を教わったんだ?


「シモンはどうやって、セムス家から魔術を?」

「それは私も疑問に思っております。シモン様は、常に魔術の技術をアークの皆に開示するようセムス家に訴えておりました。セムス家はそれを断固拒否。しかし突然、シモン様だけという条件の元、魔術の技術をシモン様に開示されたのです。なぜ開示されたのか、それはセムス家とシモン様以外に知る人はいないかと。」

「そうですか...。でも、それなら交渉に使えるかもしれませんね。」


ということで、ダメ元ではあるが、シモンの弟子ということを交渉材料に俺はもう一度、セムス家の元へと向かった。


ーーー


俺がもう一度、バベルの最上部へと向かうと、先ほどと同じ執事風の男が立っていた。


「もう一度だけ、少しだけでいいので、話させてもらえませんか。」

「申し訳ありませんが、それは出来ません。セムス家以外の者はもう入れないよう、命令されております。」


即答だ。

俺の話など聞く気がない。

しかし、俺には奥の手がある。


「では、伝言をお願いします。」

「承知しました。なんとお伝えすれば良いでしょうか?」

「“シモンの弟子が来た”そうお伝え下さい。」


俺がそう言うと、男は少し困ったような顔をした。

俺が何を言っているのか、意味が分からなかったのだろう。


「そんなことで宜しいのでしょうか?」

「はい、それでお願い時します!」


俺の伝言を聞いた執事風の男は首を傾げながら、中へと入っていった。

それから30分ほど時間が経った頃、男が部屋から出てきた。


「キャンベル様、伝言をお伝えしてまいりました。」

「それで...どうでしたか?」

「入室の許可が出ました。どうぞ、お入り下さい。」


驚いたことに、本当に入室の許可が出た。

シモンの弟子というのは俺が思っていたより価値あるものだったようだ。


促されるまま部屋の中に入ると、俺を追い出したセムス家の男が待っていた。


「ど、どうも、お久しぶりぶりです。」

「貴様、シモンの弟子というのは本当か?」

「はい、彼に育てられました。」

「あの男からどこまで聞いている?」


男は俺から何かを探っている様子だ。


シモンからどこまで?

一体何の話をしているんだ?


やっぱり、シモンとセムス家には知られてはいけない何か特別な事情がありそうだ。

なら、ここはその事情とやらを知っている程でいこう。


「まあ、少しだけ。」


俺がそう言うと、男は小さく舌打ちをした。

そして大きく息を吸って吐くと再び俺を睨んだ。


「...。今回は特例中の特例だ。他に情報が漏れれば、評議会の議題に貴様の死刑を挙げてやる。」


この様な俺への脅迫がひとしきり続いた後、俺は白いアークの制服を着た集団に投げ出された。


白い集団の中に黒いのがポツンと1人。

確実に全員が俺が来たことに気づいているが、誰も話しかけてくることもなく、淡々と何かの準備に取り掛かっている。

少し歩くと、1人の女性と目があった。

ここで彼女に話しかけなければ、俺はずっと突っ立ったままだ。

そんな気がした。


「あの、俺は何をすれば...。」


勇気を出して話しかけるも返答は無し。

早くも心が折れそうだ。


「あの...。もしもーし...。聞こえて...」

「許可は出ているの?」


根気強く話しかけ続けていると、女性の口が開いた。

なぜだか、涙が出そうになる。


「ここに入る許可ですよね?出てます。」

「あなた、ゴフェルは持ってる?」

「はい、ここに。」


シモンにもらった方舟を見せる。


「魔術は使える?」

「はい、皆さんほどではないですけど。」

「なら、一度見せてもらえない?」

「え...。ここで?」

「ほら、早く。」


おそらく、魔術の実力を見たいのだろう。

彼女の言う通りに俺は魔術を見せた。

何の条件も付さない最もシンプルな魔術を。

これが最も実力を測るのに適している。


「ど、どうでしょうか。」


女の反応はあまり良いものではない。

“まあ、こんなものね”と言いたげな顔だ。


「まぁまぁね。」


女はそうピシャリと言い放った。

ストレートすぎて、逆に何も感じない。

いや、少し落ち込む。

魔術はそれなりに出来る方だと思っていた。

でも、彼女らからすれば俺くらいの魔術では何も感じないのだろう。


「そう...ですか。」

「なに?あなた、落ち込んでるの?」

「いや、そんなにダメだったか、と思いまして。」


俺がそう言うと、女は“はぁ?”といった表情になった。


「私がいつ、ダメだなんて言ったの?」

「えっ、でも、まぁまぁだって。」


そう、確かに彼女はダメとは言っていない。

でも、あの顔はダメなやつを見る目だった。

あんな顔で見られたら、誰でも自信をなくす。


「だから、ダメとは言ってない。勘違いさせたなら言い方を変えるわ。そこそこね。セムス家でも、詞(ことば)無しでそこまでやる人はいないわ。」


なんと、褒められていたとは。

“ことば”無しなら、セムス家でもそこそこなのか。

・・・

ん?

“ことば”?


「あの....“ことば”って何ですか?」

「えっ...、あなた、詞を習いきたんじゃないの!?」


女は驚き、何かに焦っている様子だ。

そして、慌てた様子でどこかへ走っていき、すぐに戻ってきた。


「えっと...何かまずかったですか?」

「はぁっ、はぁっ、。詞を教える許可が出てないのかと思ったじゃない!!ついポロっと言ってしまったから...。評議会で異端審問にかけられるかと思ったわ。」


彼女が何を言っているのか、さっぱり分からないが、彼女は魔術について、何か重要なことを俺に話してしまったようだ。


「あの、なんかすいません。」


絶対に俺は悪くないが、一応謝っておく。


「ほんっとよ。まあ、いいわ。詞を教えてあげる。」

「いいんですか!?」

「私が教えたいわけじゃない。父から命令されたから教えてあげるの。勘違いしないでね。」


彼女はそう言うと、俺に背を向けて、何かの作業を始めた。


「えっと...。」

「早く、こっちにきて。」

「は、はい!」


色々あったけど、なんとか魔術の修行が出来そうです。

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