第15話 方舟

次の日、俺はまたニコ班長に呼び出された。


相変わらず汚い彼女の部屋に向かうと、何だか怒っている様子だった。


「失礼します。何かありましたか?」

「カンナリが来るまで、そこで待ってて。」


彼女はプイッと頬を膨らませ、投げやりにそう言った。


やはり、怒っている。

カンナリも来るということは、俺とカンナリが何かしたのだろうか。

しかし、全くもって心当たりがない。

というか、俺はここに拉致されて来たので、どちらかというと被害者寄りのはずだ。


一応、俺は正座をして、カンナリが来るのを待った。


ーーー


カンナリが少し遅れて部屋にやってくると、ニコ班長はドンっと机を叩いて立ち上がった。


「君たち!ドルド王国で何の後処理もせずに帰って来たでしょ!」


俺はあっ、と思ったが、カンナリははぁ?と言う顔をした。


「そんな話でこんな朝っぱらから呼び出したのかよ。」


カンナリはそう言って部屋を立ち去ろうとする。


「カンナリ!ちょっと待てい!私、あなたに後処理はしたかって聞いたよね?」

「あぁ?聞いたっけか?」

「絶対に聞いたわ。そしてあなたの答えはイエスだったの。」

「じゃあいいじゃねぇか。」

「良くないわ!あなた実際は何もしてなかったよね?ドルド王国は大混乱だったのよ!」


確かに、カンナリは俺がドルド王国に報告したいと言った時、ダメだと言った。ということは王女様のことは衛兵が帰るまで何も伝わっていないということになる。突然いなくなった王女様の事で王国は大混乱になっただろう。


これはどう考えても確実にカンナリが悪い。

しかし、彼に反省する様子は一切なかった。


「あぁ?知らねーよ。ルークをちゃんと連れ帰っただろ。それで良いじゃねぇか。」

「だ・か・ら、良くないの!どれだけ私が怒られたか、忙しかったか!」


なぜか俺も一緒に怒られている。

俺のどこに非があるのか分からないが、一応謝っておいた。

カンナリも一言ごめんなさいと言えば良いのに。


「という事で、君たちには罰として、任務に行ってもらうわ。」

「普通に任務が入っただけだろ。」

「まあ、そうなんだけど。とにかく今アークですぐに動ける覚醒者は君たち2人だけなの。明日の朝に出発ね。文句はなしよ。」

「こいつも来るのか?俺1人で十分だろ。」


カンナリは不機嫌そうに俺を睨んだ。

俺と一緒に行くのが嫌なようだ。

それにしても、ひどい言い草だな。

まあ、カンナリの言っていることは正しいが。


「カンナリの言う通りだと思います。俺まだ一度しか厄災との戦闘経験ないですし。」

「ダメ、2人で行くのは決定よ。詳細は後で探索班の班員から聞いてね。カンナリはもう行っていいよ。ルーク君はちょっと残って。」


カンナリはすぐに部屋を出ていき、俺とニコ班長の2人だけになった。

なぜ俺だけ居残りなのだろうか。

俺はちゃんと謝ったのに。


「な、何でしょうか?」

「研究室についてきて。」


ーーー


研究室までの道中で俺は気になっていた事を思い出した。


「気になってたんですけど、師匠から手紙が届いてないならなんで、俺を探していたんですか?」

「ああ、それはね、ゲアの町で厄災が何者かによって破壊されたという報告が入ったからだよ。あれやったの君でしょ?」

「はい、あの時は突然ノアに覚醒して、何が何だか分からなくて。」

「へぇー、覚醒してすぐに厄災を。それに方舟なしで。強いね、ルーク君。やっぱり期待できるよ。」

「そんなことないで...」

「あ、着いたよ。」


気づくと、研究室の前についていた。

研究班の両開きの扉がガチャっと開く。


「やあ、はじめまして、ルーク・キャンベル。私は研究班班長のゼインだ。よろしく。」

「よろしくお願いします。」


研究室で俺とニコ班長を出迎えてくれたのは白髪のすらっと背の高いおじさんだった。年齢はシモンと同い年くらいかそれ以上といったところだろうか。


「さぁ、キャンベル君、ニコ入って。」

「お、お邪魔しま...うわぁっ!」


部屋に入るや否や、4匹の大型犬が飛びついてきた。


「こらこら、キャンベル君が困っているだろ。離れなさい。」


ゼインは優しい口調で、犬たちを叱った。

すると、犬たちはまるで彼の言葉を理解しているかのように俺から離れた。


すごい、完全に手なづけている。

まるで訓練された軍用犬のようだ。


彼は犬を撫でながら、ニコ班長と話している。


「ニコ、久しぶりの新しい覚醒者だね。」

「そうなんです。彼、かなり有望ですよ。もう厄災を1体倒したって。」

「ほお、やるじゃないか。」


そう言って彼は俺の肩バンバンッと叩いた。

この年齢からは考えられないパワーだ。


「い、いえ、それほどでも。」

「謙遜しなくてもいいんだ。方舟なしで厄災を倒せる覚醒者なんてそうそういないよ。」


そんなに俺って強いのか?

この世界ではあまり期待はしないようにしているのに。これだけ褒められると勘違いしてしまいそうだ。


「それで、なぜ俺を研究室に?」

「君専用の方舟を作ろうと思ってね。」

「はあ....。」


俺は方舟というワードにいまいちピンときていない。

ノアの覚醒者の力を最大限引き出す武器だといわているが、方舟...と言われるとやはり大きな木造の舟を想像してしまう。

もちろん、そんな訳ないのは分かっているが、厄災を破壊する武器だ。それはそれは強い武器なのだろう。しかし、俺は2度の人生を通して武器なんて扱った事がない。そんな俺にそんなたいそうな武器など扱えるのだろうか。


「不安そうな顔だね。」

「俺にそんな武器が扱えるのでしょうか。」

「そこは心配ない。方舟は使用者に合わせて形を変える。1度使うと、使用者専用になるから君に合った使いやすい形になるよ。」


使用者に合わせて形を変えるとは。

さすがはノアの開発した武器、優秀だな。

俺の方舟はどんな形になるのだろうか。

やっぱり武器と言えば日本刀だろ。

侍みたいで憧れる。


「早速、使わせてもらっていいですか?」

「あぁ、勿論だとも。ちょっと待ってて。」


そう言ってゼインは研究室の奥へと消えていった。そして、帰ってきた彼の手にあったのは、小さな木箱だった。


「これ...なんですか?」

「何って、方舟だよ。」


こんな小さな木箱に方舟が入っているのか?

厄災を倒す武器がこの中に?

にわかには信じがたい。


「本当に武器が入っているんですよね?」

「まあ、開けてみてくれ。」


ゼインに言われた通りに木箱を開けると、中には木で作られた十字架が入っていた。

どうやって使えと言うのだろうか。

ドラキュラみたいに厄災に見せつけるだけで苦しむとか。


「これ...をどうすれば?」

「ノア化した状態で、何でもいい、何か方舟を解放する文言を唱えるんだ。そうすれば、方舟は形を変える。」


ノア化?ああ、ノアモードのことか。


流石にゼインが嘘をついているとは思えない。

俺は彼から十字架を受け取り、ノアモードになる準備を始めた。


「や、やってみます。」


息を大きく吸い、目を閉じ、腹に力を溜める。

十分溜まったら、それを着火する。

このイメージだ。


体が徐々に熱くなっていく。

燃えるように。しかし、苦しくはない。

体の隅々まで熱が広がっていく。

...よし。


「ふぅーー、。」


大きく息を吐き出し、目を開くと俺の体からは白い炎がメラメラと燃え上がっていた。

そして、次は十字架に集中する。


「解放...。」


俺がそう唱えると、手に持っていた十字架が俺の手を覆うように形を変えた。

この形...グローブだ。

俺の能力は意外にもパワー系だったようだ。

日本刀ではなかったが、悪くない。


「できました。」

「おぉ!これが白い炎か。なんて綺麗な能力なんだ。」


ゼインは俺の能力を見て驚いていた。

そして何を思ったのか、白い炎に手を伸ばした。


「ちょっ!危ないですよ!」

「大丈夫だから。」


俺が止めるのを気にも止めず、彼は炎の中に手を入れた。


「だ、大丈夫ですか!?」

「うん、大丈夫だ...。ほら見て、火傷ひとつない。」


ゼインは炎から手を出して、俺に見せた。

彼の言った通り、小さな火傷ひとつない。


「これは、どういうことなんでしょうか?」

「これが君の炎の能力だ。カンナリの報告を聞いた時から、そうなんじゃないかと思っていたんだよ。」


これが俺の能力?

火傷しない炎ってめちゃくちゃ弱いじゃないか。


「つまり、ハズレってことですか。」

「いやいや、違う。君の能力、簡単に言えば攻撃対象の選択だ。全くハズレじゃない。とても綺麗で、優しい能力だよ。」


攻撃対象の選択か。

確かに、思い当たる節は少しある。

初めて厄災と戦った時も白い炎は厄災だけを傷つけていた。

しかし、俺は攻撃対象なんて意識して能力を使ったことはない。


「そんなこと1つも意識したことないですけど。」

「今は無意識にやっているだろうが、慣れれば自由自在に選択が可能になると思うよ。完全解放すれば、概念にまで干渉できるかも。」

「そ、そうですか。」

「じゃあもう、ノア化を解いても大丈夫だよ。これでその方舟は君専用だ。」


ノアモードを解除すると、グローブはブレスレットような形になり、俺の両手に巻き付いた。


近くで見ていたニコ班長がヒョコッと俺とゼインの間から顔を出した。


「ゼインさん、急なお願いだったのに助かりました。」

「大丈夫だよ。私はそこまで忙しくない。ニコこそ、何かの後処理で大変だったそうじゃないか。」

「そうなんですよ。ねぇ?ルーク君。」


彼女はそう言って俺を睨んだ。

少し微笑んでいるので、もう怒ってはいなさそうだが、俺は反省した顔をしておいた。


「す、すいません。」

「フフッ、もう怒ってないよ。明日任務なんだから、今日はもういいよ。準備しておいて。」

「分かりました。」


ニコ班長はゼインとまだ話があるようなので、俺は1人で研究室を後にした。


明日はアークに来て初任務だ。

既に厄災と戦った経験があるが、油断は禁物だ。


両頬を叩く。


「よし、やるぞ。」

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