第376話 す、少し時間を下され

 響くチャイムの音に紛れ、バラバラと教室から出てくる生徒達。そこかしこで、「終わったー」というどちらとも取れる発言が飛び交い、一気に賑やかになる中庭で……キャサリンは「え? は?」と一人混乱を隠せないでいる。


「ちょっと待って。意味が分かんないんだけど」


 キャサリンが頭を抱えながら「え? ステータス?」と自分のメニューウィンドウと、リズやエリーを見比べている。


「デカ男が謎の現象を引き起こすのと、ステータスが関係あるの?」


 そもそも謎の現象を知らないキャサリンからしたら、形は違えどステータスを所持している彼女には恐怖でしかない。


「とりあえず……」


 リズが口を開いたその時、中庭の一角がより騒がしくなった。何事かと三人が視線を向けると、そこには頭を掻くランディの姿がある。


 急に騒がしくなった理由は、ランディの人徳というか……。まあ端的に言えば、中庭に現れたランディを、生徒達が親しげに取り囲んでいるのだ。


 どこにいても、誰といても目立つ姿。加えて普段のテストでの散々な結果も――まだ初めてのテストを受けたばかりの――一年生ですら知っているほど有名。


 更に現在生徒会長として、非常に多くの生徒と交流がある。


 そうなると、多くの人間から「テストはどうだった?」と声をかけられるというもの。


「うっせ。聞くんじゃねーよ」


 顔を顰めるランディに、「やっぱランドルフだ」と生徒達が笑い、そうしてまた散っていく。最早ランディが赤点を取ることは既定路線のような扱いに、「見とけよ」とランディが口を尖らせつつも、リズやエリーが待つテラスにたどり着いた。


「ったく……ひどい目にあったぜ」


 ボヤくランディが空いている席へ腰を下ろす。


「遅かったですね」

「ちっと地雷を踏んじまってな」


 肩をすくめたランディが語るのは、この土日でリーヤが急に勝者のオーラを纏いだしたことだ。


「ありゃ絶対に騙されてるか、妄想だと思ったんだが」


 溜息混じりのランディに、リズ達三人が顔を見合わせる。ランディの発言で、何となくの流れが分かったのだ。恐らく教官に、「騙されてるぞ」とかの禁句を言ったのだろう、と。


「アンタもしかして、ストレートに『騙されてるぞ』とか言ったの?」

「いんや。俺が言ったのは、『そりゃ妄想だ』の方で――」


 イマジナリーフレンドとは結婚できない事を優しく教えたのに、「ぶち殺すぞ」と返ってきたとランディが口を尖らせた。


「アンタ、馬鹿でしょ」


 キャサリンの盛大な溜息に、ランディが「誰が馬鹿だ」と眉を寄せる。


「大体幼馴染とパーティに行くなら、始めに言えって話だろ」


 運ばれてきた果実水を手に、ランディが再び口を尖らせた。


「幼馴染と……」

「パーティじゃと?」


 食いつくリズとエリー同様、キャサリンも「えー! なにそれ気になる」と瞳を輝かせて身を乗り出す始末だ。ステータスやランディのインテリモードのことなど何処へやら。恋バナが始まりそうな雰囲気に女子三人が興味を示す。


 想像以上の食いつきにランディは若干面くらいつつも、リーヤに聞いた話を語りだした。それは週末にあるという、エルフのパーティの話だ。


「エルフの方々の交流会ですか」

「まあ、長命種ならではの悩みやストレスもあろう」

「てことは教官みたいに皆出会いを求めてるってこと?」

「そうじゃねーの? 婚活パーティみたいな……。知らねーけど」


 肩をすくめるランディは、他が出会いを求めてるいないに関わらず、リーヤはまだ参加もしていないとボヤく。結局まだ取らぬ狸なのだからイマジナリーフレンドと変わらないのに、とランディが溜息をついて空を見上げたのとほぼ同時、セシリアやユリウス達もいつものように集まってきた。


「盛り上がっていますわね」

「リヴィア達もいーれーて」


 セシリアとリヴィアが加わったことにより、より賑やかにリーヤが参加する週末のパーティの話題が盛り上がり始めた。


「教官にもようやく出会いが巡ってくるのですのね」

「上手くいくといいですけど」

「あの性格じゃからなぁ」

「なに言ってんだい。教官はねー、猫かぶりが上手だよ」


 この場に居ないのに好き勝手言われるリーヤに、ランディは「は、はは」と乾いた声を上げる。


(やっべー。他の女子にも話が広がったら、本当に殺されるかもしれん)


 下手に話を広げてしまい、リーヤの耳に入ればそれ即ちプレッシャーを与えるのと同義だ。今のリーヤなら「問題ない」と勝ち誇って笑うだろうが、これが仮にパーティーで結果が奮わなかったら……と思うとランディは肝が冷える。


 来週の月曜に暗い顔をしているリーヤに、学院の女子全員が「ああ。駄目だったか」と嘆息を漏らすことになるだろう。


 向けられる同情の瞳。

 腫れ物を扱うような態度。


 それらの羞恥に晒されたリーヤは、確実に自分に矛先を向ける……。そうランディは考えている。


「ま、まあ。その話は――」

「大丈夫よ、デカ男」


 ドヤ顔のキャサリンに、全員の視線が集まった。


「大丈夫、とは?」

「そのまんま。アタシの勘だけど、教官はそこで恋に落ちるわ」


 ドヤ顔のまま言い切るキャサリンに、女子全員の視線に熱がこもる。


「ンなもん行かねーと分からんだろうが」

「分かるのよ。幼馴染の年下男子と行くのよ?」


 そう笑ったキャサリンが語りだすのは、それは年下男子を意識し始めるフラグなのだという。


 キャサリンが語るには、パーティーへの同席を求められ、即日返答できるくらいに二人の仲は良好だ。ただそれをリーヤも相手もまだよく分かっていない。単に幼馴染で昔から知っているから、というレベルだとキャサリンは予想している。


「自分のよく知る相手の、全く知らない一面をパーティで見るの。教官は相手の成長した姿を。相手も教官の成長した姿を……。その姿の中に、昔の面影がチラつくのよ? ギャップにときめかないわけがないわ!」


 ドヤ顔でふんぞり返るキャサリンに、女子達から「おぉ」と小さな拍手が巻き起こる。


「ンな上手くいくかぁ? あの教官だぞ?」

「いくわよ。ああいう手合だからこそ、一度意識したら坂道を転がるみたいにイチコロってな具合よ」


 カッカッカと高らかに笑うキャサリンが、恐らく相手も同じだろうとドヤ顔を見せるのだから、皆の拍手が一段強くなった。


「よく分かりませんが、説得力はありますね」


 微笑むリズに「当たり前よ。アタシ、恋愛マスターなの」とキャサリンがドヤ顔を見せる……のだが……。


「恋愛マスターのくせに、自分の恋愛は駄目だよね?」


 リヴィアのボディブローに「グハッ」とキャサリンは机に突っ伏す結果になってしまった。


「キャシー! しっかりするんだ」


 キャサリンを擦るリヴィアに、「お前のせいだからな」とランディは苦笑いを浮かべつつ、ユリウスにどうにかしろと視線を移す。だがユリウスも苦笑いで首を振るだけだ。


 未だに「しっかりするんだ」とキャサリンを擦るリヴィアをよそに、ランディは「そーいや」とユリウスに向き直った。


「ウェインはどうした?」


 首を傾げるランディに「アイツは忙しいからな」とユリウスが教えてくれるのは、テスト期間中も修行は怠らないと鼻息の荒かったウェインの話だ。


「けしかけたのは俺だが……テストは大丈夫かよ?」


 苦笑いのランディに、「意外に出来たそうだぞ」とユリウスが肩をすくめてみせる。


「嘘だぁーー」

「日曜に教えてもらった所が、バッチリだったと言っていたぞ。お前も一緒だったんだろう? エリザベス嬢とエレオノーラ嬢の勉強会は」


 首を傾げるユリウスが、ウェインからランディは信じられないくらいの成長を見せていたと聞いていると語るのだ。確かにウェインと一緒に受けている時は、凄かっただけに「まあ……」とランディは歯切れの悪い返事しかできない。


「もしかして……」

「呆れましたわ。また駄目だったんですわね」

「ばーか」


 ドン引きのユリウス、呆れ顔のセシリア、そして嘲笑めいたルークの三連コンボに、ランディも「色々あんだよ」と腕を組んでそっぽを向く。


「どうせ寝て起きたら忘れたんだろ?」


 お前はそういうやつだと笑うルークに、「お前も似たようなモンだろ」とランディのボヤキは止まらない。とはいえランディ自身も本音を言えば、あの襲撃がなかったとしても、今日のテストまで頭に詰め込んでいた数式が持ったとは思えない。


 ルークの言う通り、寝て起きたら忘れていた可能性は非常に高い。


「あー。でも分かるわ。アンタなら寝たら忘れそうだもの」


 ケラケラと笑うキャサリンは知らない。本当に寝たら忘れる……どころか、何かの拍子で数式が全部吹き飛ぶことを。だから今も「おお、ランドル! リヴィアの仲間だな!」と喜ぶリヴィアと二人で笑いあっているのだが……。


 ようやくキャサリンは、リズやエリーが笑っていないことに気がついた。


「な、何よ……。今更怒ったら困るわよ?」


 このくらいのノリ、今までなら普通だろうと言いたげなキャサリンに「怒ってませんよ」とリズが苦い顔で首を横に振る。


「怒ってないんですが……」

「寝たら忘れる。それが先程言うた謎現象じゃ」


 そう言ったエリーが始める説明は、ランディのインテリモードの話だ。数式を詰め込まれたランディは、何かが覚醒したように頭が良くなるのだが、それと同時に何かの拍子でそれらを全て忘れてしまうのだ。


 何とも嘘のような話に、「ああ、アレか」となるのはルークとセシリアの二人だ。二人にとっては一度見たことがあるだけに納得できる現象であるが、他の人間からしたらエリーの言葉は冗談にしか聞こえない。


 故に……


「何アンタ。一人ギャグマンガの世界線にでも生きてるの?」


 笑いをこらえるキャサリンが、「確かに一人おかしいものね」とランディから視線を逸らしてプルプルと震えている。


「うっせーな。俺が一番苦労してんだよ」


 口を尖らせるランディに、キャサリンが「はいはい」と言いつつエリーへと視線を向けた。


「何となく分かったわ。ステータスが原因って事は、知力に引っ張られてるって言いたいのね」


 溜息混じりのキャサリンに「ステータスって?」とリヴィアが首を傾げている。


「後で教えてあげるわよ」


 リヴィアに軽く手を振ったキャサリンが、どうせランディの知力が馬鹿みたいに低いのだろう、と笑ってランディを見る……のだが……。


「残念ながら、妾達の予想はそうではない」

「知力が低すぎて足を引っ張ってるわけじゃないの?」

「その可能性はゼロではありませんが……」

「ゼロではないんですのね」


 本人を前に「知力が低い」を連発する令嬢達に、ランディは「お前ら……」と頬を引き攣らせている。


「ことはそうじゃな……お主やランディという存在そのものの根幹に関わることじゃ」


 テスト初日、まだまだ先が長いというのに、皆帰るに帰れない話が始まろうとしている。



 ※ごめんなさい。忙しすぎて上手いこと話がまとまらなかったので、次回に持ち越しで……。なんというか、申し訳ないです。

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