第368話 デスマーチは続くよどこまでも
※出発前に第一回と言っていましたが、正確には新人達は既に一回目を経験しているので二回目です。お詫びして訂正します。
☆☆☆
ランディとウェイン達三人、それぞれの合宿から一夜明け……。早朝には魔の森からまるで不死者の行進のように、ウェイン達三人とヴィクトール新人騎士が戻ってきた。
魔の森で一夜を明かすということは、常に死と隣り合わせの状況だ。交代で見張りを立てているとはいえ、極度の緊張からしっかりと睡眠をとれた者などいない。引率の騎士二人とハリスンを除けば――。
「ベッドが恋しいっすねー」
「俺達は明日も休みだからな。今日はゆっくりするさ」
「いいっすねー」
笑い合う三人を、ウェインや新人騎士達は変人を見るような目で見ている。あの恐怖の森で一晩を明かしてこの元気だ。体験したウェイン達だからこそ、その異常性が分かるというもの。
そんなバケモノに先導されるウェイン達は、ようやく街の入口である門の前にたどり着いた。出発前は何の変哲もなかった門が、今のウェイン達には天国への入口に見えるから不思議である。
「さて……」
門の前で立ち止まった騎士が、参加者をぐるりと見回す。誰もが疲れ切った顔をしているが、幸いなことに動けなくなった者はいない。
「そのまま聞け」
整列や気をつけなど出来ないだろう、と苦笑いのベテランが再び全員を見回す。
「全員ご苦労だった。課題はまだまだあれど、今回も皆よく頑張った」
労いの言葉に騎士達は頬を綻ばせ、「頑張ったよな」と隣り合う者同士肩を叩き合う。ウェインも背中を預けあった新人騎士と、固い握手を交わしてお互いの肩を叩く。
「喜んでいる所に水を差す用で悪いが、来週末には第三回の訓練が控えている」
固まる新人達に、「全五回だからな」と騎士が確認のように告げる。あと三回もある。そんな表情の新人達だが、流石に誰も嘆き悲鳴を上げるようなものはいない。それはもちろんウェイン達三人もである。
文字通り地獄の時間であったが、それ以上に得るものが大きかったのも事実なのだ。
「今回の訓練で各々課題が見つかったことだろう。だが今は休め。次の訓練のためにな」
ホッとした顔の新人達を前に、「これにて第二回試練遠征を終了する」と引率騎士の終了宣言がなされると、再び新人達から歓喜の声が湧き上がる。
ウェイン達も再び彼らと労いの言葉を交わし合うのだが……。
「明日からテストっすね……」
「嫌なことを思い出させんなよ」
ガックリと肩を落とすウェインは、ランディと学力が似たりよったり……つまり、赤点の危機が付きまとう男である。
「コリーは……」
「問題ないっすよ。学年トップの男っすよ?」
ウェインとレオンの視線に、コリーが「僕も今から追い込みだよ」と恥ずかしそうに頬を掻いた。ここ最近はウェインとレオンと一緒に、王都周辺では魔獣を退治してまわり、週末は今の今まで魔の森にいたのだ。あまり勉強する時間がなかったのは事実だ。
「レオン君はどうする? 一緒に勉強する?」
首を傾げるコリーに「んー」と腕を組んだままのレオンがしばし考える。
「いやぁ、最近聖女様の相手してないし、相手ついでに聖女様に勉強を教えてもらうよ」
「そっか。なら僕もアナと一緒に勉強しようかな」
「お、いいじゃん。一緒に教会に行く?」
盛り上がる二人に、ウェインは「いいよなー」と一人羨ましそうな顔が止まらない。何せ今から一人で寮に帰って、眠い目を擦って参考書と向き合わねばならぬのだ。仮にアイリーンが近くにいたとしても、座学におけるアイリーンの成績は推して知るべしだ。
(魔の森キャンプよりキツイかもな……)
内心苦笑いが止まらないウェインであるが、「ウェイン様」と不意に背後からかけられた声にビクリと大きく肩を跳ねさせ勢いよく振り返った。
「驚かせましたかな?」
ウェインの目の前にいたのは、ヴィクトール家の家令であるキースである。
(い、いつ現れたんだよ)
内心バクつくウェインであるが、「ど、どうしました?」となるべく平静を装う。
「ご招待に参りまして」
柔和な笑みを見せるキースが語るのは、リズとエリーの二人からランディに実施している勉強会への参加への打診だ。テスト前だというのに、ランディの提案で貴重な週末を潰したことへの埋め合わせだという。
「そりゃあ学院一の才女に教鞭をとってもらえるのは有り難いですが……」
ウェインの顔に書いてあるのは、三人の邪魔をしてもいいのか、ということだ。勉強合宿とはいえ、婚約したばかりの三人だ。なんだかんだで桃色な雰囲気を醸しているのでは、とウェインは気を遣っている。
「問題ありません。坊ちゃまからも、『気を遣うな』と伝言を承っております」
深々と頭を下げるキースに「じゃあ……」とウェインが渋々と頷いた。実際今から寮に戻って仮眠をとったとしても、その後に勉強する気になれるとは思わないのだ。状況は分からないが、誰かが強制してくれるなら願ったり叶ったりと、ウェインは――転移門から帰るという――レオンやコリーとともに、新人たちへの挨拶もそぞろにヴィクトール邸へと向かうのであった。
その先に待ち受けているものが、魔の森キャンプよりもキツイとは知らず……。
☆☆☆
一方その頃、遠く離れたアレクサンドリアにあるブラウベルグ別邸では、久しぶりの休みにノンビリとするルシアンのもとを、ガルシアとヴィオラの二人が訪れていた。
ここ最近調査したことの中でルシアンに提示できるものを、報告しているのだ。
二人がそんなことをする理由は、ラグナルが本気でブラウベルグを重んじているからだ。先の戦いで痛い目を見たが、その恨みを超えるだけの魅力があるのが今のブラウベルグである。
元老院にバレぬよう水面下でブラウベルグとの信頼を築くことは、いずれ元老院を排斥したいラグナルにとって、今一番の急務とも言える。
ただ何でもかんでも情報を渡せているわけではないが……。ガルシアがルシアンに報告しているのは、あくまでもこのアレクサンドリアを取り巻くキナ臭い現状だ。
「増え続ける無頼の輩に、不穏な動きを見せる旧王族派か」
溜息混じりのルシアンが、「失策だな」と窓の向こうに見える行政府を睨みつける。
「大方ヴィクトールへ嫌がらせのつもりで集めた無頼が、焦れてこの街や周辺で悪さを働いているのだろう」
ルシアンの言う通りで、グスタフがヴィクトールへ派遣するために、と各地に声をかけて集め始めたゴロツキだが、アランのカウンターにより暫くヴィクトールへの派遣が滞ってしまっている。
派遣自体は続けていたが規模を縮小したタイミングで、各地から呼び寄せたゴロツキが、アレクサンドリア周辺に集まり始めた。結果、仕事にあぶれた連中は副業を始めているのだ。
「このまま放置し続けると、旧王族派が勢いづく、と危惧しているわけか」
「……そこまで分かるんですか?」
あれだけの情報で、と言いたげなヴィオラに「私も情報源はあるからな」とルシアンが隣に控えるミランダをチラリと見た。
「荒れる治安に対応できぬ政府。どうやら旧王族派も細々と無頼を抑え込み、民の評価を回復しつつ、ロートハイム卿の失政を触れ回っているようだが……」
もう一度溜息をついたルシアンが「結果はあまり奮わずだろう」と全て分かっていると言いたげな顔を見せる。
「突如増えた無頼を利用し、行き当たりばったりで立てた作戦だ。結局ランドルフくんの思いつきで、騎士団と手を組んだ学院の剣術部が今一番民衆の期待を背負っている。ここでも名を挙げたのは、学院の生徒会長というわけだ」
不敵な笑みのルシアンに「お見事……」とガルシアも唸るしか出来ない。
「ただ……。ようやくロートハイム卿も重い腰をあげたようだ」
「重い腰?」
眉を寄せるヴィオラに「君たちなら掴んでいるだろう」とルシアンが今日の朝刊を開いてみせた。そこにあったのは、見開きに印刷されたヴェリネアの広告だ。白黒だが今まで文字もしくは小さな挿絵しかなかった新聞に、初めて載せられた写真のインパクトは間違いなく多くの人の感心を引いているだろう。
「大量の旅行者に紛れさせて、無頼を送り込むつもりだろう」
グスタフの手法を完全に見抜くルシアンに、「……お見事」とガルシアがもう一度唸った。
「閣下が既にそこまでご存知ということは、ヴィクトール子爵もご存知なので?」
「恐らく、な」
呟くルシアンの言葉に「共有はしていないんですか?」とヴィオラが思わず声を漏らした。
「共有どころかこの広告自体、アラン殿――ヴィクトール卿が連中を呼び寄せるために撒いた餌だろう」
豪快に笑い飛ばすルシアンが、「相手が悪い」と首を振り新聞を静かに閉じた。
「心配せずともヴィクトールへ送り込まれる無頼の輩は、全部漏れなく追い返されるだろう。追い返された連中がどうなるか……は私も知らんが」
ルシアンの瞳に見える為政者としての実力に、ガルシアもヴィオラも真の意味でラグナルがルシアン達との敵対を避けた意味を理解している。
――相手が悪い。
それはヴィクトール子爵、アランだけでなく二人の前で不敵な笑みを見せるルシアンにも言える事だ。
「ただ不確定要素が多いのは事実だがな」
溜息まじりのルシアンが語るのは、結局アランが出来るのはゴロツキを追い返すだけだ。国同士の取り決めがある以上、あまり無茶な事はアランにも出来ない。ルシアンも何となくアランが魔の森などを経由させ、間接的にゴロツキを始末しようとしているのは理解しているが、それは結局運任せの処刑と言えなくもない。
上手く国境の砦に辿り着き、生き延びる連中が出ないとも限らない。
そしてそんな連中が、次にどんな行動に移るか……と言われれても、流石のルシアンをしても想像の域を出ないのだ。ゴロツキの思考など、ルシアンには分からないというのが正しいか。
「それと焦れて悪さを働いている連中が、今更素直に派遣に応じるかどうかもな」
既にアレクサンドリア周辺で、野盗行為によって旨味を得ている連中が、今更船に乗って小銭稼ぎに行くとも考えにくい。
「どちらにせよ、君たちとロートハイム卿にとって、これから一ヶ月程は正念場になるだろうな」
情報共有に訪れたというのに、アドバイスまで貰う現状にガルシアとヴィオラは苦い顔でゆっくりと頷いた。
「ああ、それと。ヴィクトールを警戒するのにランドルフくんが気になっているようだが……」
笑みを見せるルシアンに二人がギョッとした顔を見せる。
「これから一週間は近づかぬ方が良い。テスト期間に邪魔をすれば、それこそ君らの命の保証は出来かねん」
笑顔で言う台詞ではないだろう、と顔を引き攣らせる二人は、「留意しておきます」と呟き、またゆっくりと頷くのであった。
☆☆☆
一方その頃バケモノ扱いのランディはというと……
「ウェ、ウェイン……待ってた……ぜ」
……頬が痩け、息も絶え絶えの様子で、ドア枠からウェインに手を伸ばしていた。
「え、は? なに?」
仮眠明けでまだ寝ぼけているのかと目を擦るウェインだが、何度目を擦っても「ウェイン……」とプルプル震える手を伸ばすランディの姿は変わらない。
「あ、ウェイン様。いらっしゃいませ」
扉の影からヒョッコリと顔を出すリズに、ウェインは思わず「ヒッ」と声を漏らした。ランディの惨状と対象的に、リズは非常に楽しそうなのだ。
「エ、エリザベス嬢……これは――」
恐る恐るランディを指差すウェインに、「ちょっと詰め込み過ぎちゃって」とリズが舌を出して見せた。
「詰め込みって……どう見ても何か禁断症状っていうか――」
「禁断症状か!」
リズと同じようにヒョッコリと顔を出すエリーに、ウェインはまた「ヒッ」と情けない声を漏らした。
「なるほど。面白い。その発想はなかったのう」
「そうですね。大剣を手に勉強させてみましょうか?」
「数式を忘れる謎の現象との関係も探れるといいがのぅ」
完全にマッドなサイエンティストの雰囲気を見せる二人に、ウェインは「ちょ、ちょっと用事を……」と言うのだが、いつの間にかウェインの足元までたどり着いていたランディが、ガッシリとその両足を掴んで離さない。
「に、逃さねーぞ……」
「放せ! この死にぞこない」
振りほどこうとするウェインだが、ランディの力が強すぎてそれは叶わない。
「じゃあ、ウェイン様も行きましょうか。普通の人間とランディとの違いを探る事ができると思うんです」
「いや、サラッと怖いこと言ってるけど?!」
「安心せい。少々問題集を解いてもらうだけじゃ」
リズとエリーにガッシリと手を掴まれるウェインが「い、いや……」と声をもらすが二人は聞いてくれない。美女二人に手を引かれるという、ウェインからしたら最高のシチュエーションにもかかわらず、「いやだーーー」とランディのような悲鳴を上げるウェインが、ランディと二人扉の中に吸い込まれていくのであった。
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