第361話 言葉も大事だけど行動もやっぱりね

 ルーク達を囮に一直線で店舗へと踏み込んだランディ達三人であったが、そこで見たのはランディには見慣れた〝服屋〟の光景であった。


(おお! イメージ通りセレクトショップみたいだ)


 広い店内を仕切るように設けられた棚。

 綺麗に畳まれ、陳列されたカットソーやパンツ。

 棚の近くにある、全身コーデを施されたトルソー。

 ハンギングされたワンピースやスカート。

 そして壁際に設置された、特徴的な箱――のような、試着室。


 ランディには前世で見慣れた光景だが、店内を行き交う人々の瞳は、珍しいものを見るように、興味に彩られている。


 そんな興味に彩られた瞳のまま彼らが見せるのは、これまたランディには見慣れた表情だ。


 何か気にいる物を見つけた時に、明るくなる表情。

 自分に似合うのだろうか、と悩んでいるような表情。

 値札を見て「あ、思ったより……」といいたげな表情。


 様々な表情に彩られた店内は、表の喧騒同様いやそれ以上に大盛況という具合である。


「お客様。入口で立ち止まられると他のお客様の――」

「あ、ああ。すみません」


 呆然と立ち尽くしてしまったランディ達であったが、スタッフに促されひとまず店内の奥へと足を向ける。


「ランディがヴェリネアの店舗に提案していた形……ですよね?」


 周囲をキョロキョロとするリズに、「まあな」とランディも同じように店内を見回した。ルシアン達が準備しているとは知らず、クラリス達に「こんな店舗にしよう」と意見を出していたのだ。


 それをルシアンが丸々採用したと言える。もちろんランディの想像を超える完璧な形で。


 この世界で服を取り扱う店舗は、大きく三つの形態に分けられる。


 貴族から富裕層に馴染みのある仕立て屋。

 平民に大人気の古着屋。

 そして、型紙をベースに作られる既製服を取り扱う既製服屋。


 この店舗はカテゴリでいえば既製服を取り扱う店舗になるのだが、今までの既製服屋は仕立て屋の延長に近い形であった。


 流行のラインやカラーを取り入れたサンプルを、いくつかのトルソーに着せて展開する。トルソーの脇には生地のサンプル、カラーのサンプルがあり、客はそれらを触ったり展示を眺めたりして服を選ぶのだ。


 気に入ったものがあれば、店員に声をかけて奥から商品を持ってきてもらう。そんな販売方式であった。


 そこに風穴を開けるべく、ランディが採用したのが前世でよく見た店舗の形態である。


 商品を棚やワゴンに陳列する形式は、この世界では古着屋に見られるスタイルだ。


 失敗するとブランドイメージを損ないかねない展示だが、店内の照明や香り、そしてなにより綺麗に陳列することで、古着屋の雑多感を完全に払拭し、逆に清潔感と秩序すら感じる出来栄えだ。


 そこに加えて全身コーデのトルソーである。店がアイテムだけでなく着こなしを提案する新たな形は、間違いなくこの世界で初の流行発信装置と言えよう。


 そして最後に。今までにない「試着」というサービス。普通に考えれば怖気づいてしまいそうなサービスだが……トルソーのコーディネート提案に加えて、美容品の無料サンプルで〝試す〟事へのハードルが下がっているお陰で、試着もうまく受け入れられている。


 展開は平民に馴染みのある形に近づけつつ、普段馴染みのないコーディネートには、しっかりフォローを入れる。完全に計算され尽くした店内は、少し高級だが背伸びしたら届く……そんな雰囲気に包まれている。


 そして手が届く高級品という雰囲気は、富裕層よりも平民にぶっ刺さるものであり、レナセントの中でもリーズナブルなラインである〝プティット〟のブランドコンセプトに、マッチした展開方法だ。


「提案したのは俺だが……。ここまで完璧にするとは、流石閣下とセドリック様」


 唸り声を上げるランディの脳裏には、嬉々として指示を出しているセドリックの顔が浮かんでいる。


「……ところでランディや。そろそろ視察という目的は、達成できたのではないのか?」


 頬を膨らませ不満を隠さないエリーは、周囲から注がれる視線に小さく溜息をついている。


「確かにちょいと目立ってきたな」


 服に夢中だった客達も、リズやエリーの美しさと雰囲気に興味を示し始めている。このままボーっと立っていたら、間違いなく店舗前の騒ぎのようになってしまう、とランディは店の奥へと歩を進める。


「お父様に会われますか?」

「ああ。というか、そろそろ――」


 ランディが呟いたのと同時、三人の前に棚の影から見知った女性が現れた。


「ランドルフ様、ご無沙汰しております」

「こちらこそ、お久しぶりです」


 ニコリと笑い合う二人は、どちらもお互いの訪問を理解していたように、それ以上は何も言わない。ただ「こちらへ」と促すミランダへ連れられ、ランディ達三人はバックヤードへ通じる扉を潜った。


 スタッフオンリーのバックヤードを抜け、店舗二階へ通じる階段を上る。階段を上った先にあったのは、短い廊下といくつかの扉だ。そのうちの一つ、会議室と書かれた札が掲げられた扉を、ミランダがノックする。


「ランドルフ様とお嬢様方をおつれしました」


『入ってもらえ』


 扉の向こうから返ってきたルシアンの声に、ミランダがゆっくり扉を開き、「どうぞ」とランディ達を中へ促した。


 部屋の中はシンプルな作りであった。大きな机とそれを囲むいくつかの椅子。会議室という名の通りの作りの部屋で、ルシアンは椅子に座り窓の向こうに見えるだろう通りを見下ろしている。


「閣下、急な訪問をご容赦下さい」

「構わんさ。来ると聞いていたからな」


 外を見ているルシアンの瞳には、ランディ達が乗ってきた馬車が映っている。


「そもそも君も、そのつもりで馬車を借りに行ったのだろう」


 ランディ達を振り向くルシアンに、「はい」とランディも頷いた。折角この店舗に来るのであれば、可能ならルシアンに会いたいとわざわざ侯爵家に、先触れのように馬車を借りに行ったのだから。


「それにしても、中々思い切った変装だな」


「新鮮な体験です」


 楽しそうにその場で一回転したリズが、「ね、お嬢様」とふくれっ面のエリーに微笑みかけた。


「……総督よ。娘がハジケておるが、大丈夫か?」

「問題ありません。昔から明るい子なので」


 微笑むルシアンに、「それは、まあ」と一時期一心同体であったエリーも、渋々と頷くしか出来ない。


「それで? 私に会いに来たという事は――」

「はい。リズ……いえ、エリザベス嬢との婚約のお許しをお願いに来ました」


 真剣な顔で紡がれたランディの言葉に、リズもエリーも驚いた顔を見せる。二人共ランディが何かと理由をつけて、テスト勉強をサボるために来たと思っていたので、まさかここでその話を出されるとは思ってもみなかったのだ。


「本当は二人には秘密で、閣下と膝を突き合わせてお話したかったんですが……」


 苦笑いを見せるランディに、リズとエリーが若干申し訳なさそうな顔を見せた。


「ただまあ、こうして二人の前で宣言する事で、覚悟も示せるかと肚を括りました」


 再び表情を引き締めたランディに「そうか」とルシアンが呟き、眼下に広がる騒動に目を細める。未だに民衆に囲まれるルークやセシリア、そしてキャサリンであるが、慣れてきたのか民衆を引き連れるように店舗入り口へ近づきつつある。


「『二人の前で』か。やはり君はリザとエレオノーラ殿の二人を……?」

「ええ。どちらも愛しています。優柔不断と思われるかもしれませんが、私には一人を選べません」


 真っ直ぐにルシアンを見つめるランディが、更に口を開く。


「これからも、三人で歩いていきたいんです」


 真っ直ぐなランディの宣誓に、リズがルシアンへ「お父様」と呼びかけようとするのをエリーが止めた。リズを遮るように、彼女の顔の前に手を挙げたエリーが、驚くリズに黙ったまま首を振る。


「ランドルフくん。君がリザを、そしてエレオノーラ殿をどれだけ大事に思っているか、そして彼女達も君を思っているか、私なりに理解しているつもりだ」


 椅子から立ち上がったルシアンが、広く取られた窓辺をゆっくりと歩く。


「私自身、娘を任せるならば君以外はいないと思っている」


 外の喧騒とは打って変わって静かな会議室に、ルシアンが奏でる靴音が小さく響く。


「だがね……。私も父として……何と言うか……やはり娘が心配でな」


 らしくないルシアンが、言葉を選ぶように話すのは、先日ラクロスをするリズの姿を見た話だ。自分の知らぬ笑顔を見せるリズに、嬉しさとともに少しの寂しさを感じて以来、ノスタルジックな思いに囚われているのだ、と自嘲気味に笑ってみせた。


「手塩にかけてきた娘なんだ」

「……はい」

「一度痛い目を見ている」

「……はい」

「もちろん君はそんな男ではないことも、なによりいい男だということも理解している」

「……ありがとうございます」

「娘とエレオノーラ殿の絆も……私なりに理解しているつもりだ」


 大きく息を吐き出したルシアンが、真っ直ぐにランディを見た。それは恐らくランディが初めて見る、本当に全てを脱ぎ捨てただ父として見せるルシアンの顔。言葉には出さないが、その顔にはやはり二人を同じだけ愛してくれるか、という心配がありありと浮かんでいる。


「娘を辛い目に合わせた私が言えた義理ではないのだが……。どうか、エレオノーラ殿と同じだけ幸せにして欲しい」


 深々と頭を下げるルシアンに、ランディ以外の全員が目を剥き驚いた顔を見せている。帝国領となったこの地において、いや帝国本国にあっても、ルシアンに頭を下げさせられる相手など、数えられる程度なのだ。


 そんな男がただ真っ直ぐに頭を下げる。そこに込められた思いに、ランディは決意を示すように大きく息を吐き出した。


「頭をお上げ下さい」


 ゆっくりと頭を上げるルシアンに、ランディが大きく深呼吸をする。


「任せて下さい……なんて口で言うのは簡単です。でもそれだけじゃやっぱり足りない気がして」


 微笑んだランディが「だから」とリズとエリーをチラリと振り返った。


「閣下に見て頂こうかと思いまして」

「……何を、だろうか?」


 首をかしげるルシアンに、「私とエリーだからこそ出せる、リズの笑顔を」とランディがまた笑顔を見せた。


「『リズの笑顔』か。確かに私の知らない顔で笑うようにはなったな」


 しみじみと呟くルシアンに、ランディがその笑顔を見て、ラクロスの時のようにルシアン自身の心に聞いて欲しいという旨を伝えた。ルシアンが見たランディではなく、リズ……いやエリザベスを通して見たランディを、判断してくれという事を。


「君は優しい男だな」


 それだけでも十分だと言うルシアンだが、ランディは「ついでですから」と頬を掻いた。


「ついで?」

「はい。さっき軒先を見て、この店舗のもっといいアピールを思いつきまして……。私達三人の絆というか、関係性を見せるならやっぱり作業してる時が一番分かりやすいと思うので」


 な、と再び二人を振り返るランディに、「まあ……」「確かにのう」とリズとエリーもゆっくりと頷いた。


「……ほう?」


 少し嬉しそうなルシアンは、商売人としての顔が少しだけ戻りつつある。


「それを見て、判断してもらえたら」

「分かった。君の優しさと受け取らせてもらおう」


 本来なら不要な作業だ。それでも実演し、リズ越しの自分を見せるというランディに、ルシアンも嬉しそうに頷いた。


「じゃあ早速見てもらいますか。俺達三人は、三人一緒だからこそ、っていうところを」


 身体ごと向き直るランディに、リズとエリーも笑顔で頷くのであった。

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