13、『不死王』

王宮を進みながら、私はエリテールとの最期の会話を思い出していた。『剣聖』、『賢者』、そして、『聖女』に相応しい子供たちを集めて、私は育てた。愛情も込めたし、必要だと思う知識はすべて伝えた。けれど、


「やっぱり駄目だったわ。恨まないで頂戴よ」


エリテールの願いは聞き届けた。私は『剣聖』、『賢者』、そして、『聖女』を信じ、そして導いた。けれど結果はこれだ。『剣聖』は肉欲に溺れ、『賢者』は嫉妬に狂い、『聖女』は妄信した。


彼らは元々、素晴らしい思想と才能を持った子供たちだった。


けれど、環境を変えれば人が変わるように、力を持てばどれだけ優れた思想を持っても変わってしまう。大人になればなるほど、人間の醜さを知り、そして、それに染まっていった。何よりも悲しいのは力を持つが故に余計に欲に溺れていったことだ。


力を与えたことを後悔した。エリテールの辛さを共有できた気がした。かつての彼らを知っていると、今は変になっているけれど、時が経てば戻るだろうと信じる日々だったが、増長するばかり。命を軽視するところまできて、私は彼らを殺す覚悟を決めた…はずだったのだが、


「まさか、私の代わりに彼らを処理してくれるなんてね」


想定外に『剣聖』、『賢者』、『聖女』を殺してくれた。本来は私が三人から聖遺物を奪い取り、それをウィルに届けるつもりだった。予定外に殺してくれたが、彼のポジション的に動かなければならなかったのだろう。『王室派』の代表としてウィルゴート陛下は自分の力で聖遺物を取り返した。


「転生して、まさかそのまま肉体を受け継ぐとは思わなかったわ」


亡命して、聖遺物を返した日、皇帝のすぐそばに皇太子がいた。ウィルそのものだった。王家で血が繋がっているとかそういうレベルではない。そのままウィルだったのだ。私の探し物を探す魔法はここを帝国を指していたが、詳細までは教えてくれなかった。けれど、すぐに見つかってしまった。


すぐに抱き着きたい衝動に駆られたが、私は我慢した。それに今のウィルには立場がある。私は最後の我慢だと思って、『剣聖』、『賢者』、『聖女』を育てた。そして、三つの聖遺物を皇帝になったウィルに届けて私を殺してもらう。そのために私は今日まで頑張った。


「さぁご対面といきましょうか…」


金銀財宝で象られた荘厳な扉を私は力いっぱい広げた。中に入ると、無駄に広すぎる『王の間』を見渡す。本来なら両脇には貴族やエリテール教の重鎮たちがいるが、今は真夜中だ。私の他にこの場には一人しかいない。玉座に座り、『聖剣』を杖にして、座っていた。


間違いない。服装や雰囲気はあのときよりもはるかに豪華なものだったが、ウィルそのものだった。


「来たか…」


「ふふ、千年ぶりね。ウィル」


私ははやる足を抑えながら、ゆっくりと近づく。万感の思いで近付くと、ウィルが立ち上がった。そして、『聖剣』を右手に持ち、左手には『聖杖』、そして、周囲に浮いているのが『聖典』だ。ウィルは既に、すべての聖遺物に選ばれたようだ。


━━━そして、ウィルの姿が目の前から消えた。


「ガフ…?」


「後ろだ」


私の心臓に『聖剣』が突き刺さった。


「ふむ、流石だな。ギリギリのところで身体を捻って即死を避けたか。だが、変だな。報告では貴様は死にたがっていると聞いていたが、一体どういうことだ?」


「うっ…」


ウィルは私の心臓から『聖剣』を抜いた。そして、私の中にあった大事なものがなくなったという感覚がある。


私の願いは案外あっけない形で叶えられた。間違いなく『不老不死』が消えた。現に私の身体は一切回復しない。私は久方ぶりに『聖法』を使って、自分の身体を癒やした。


「いくらなんでもいきなりすぎるんじゃないかしら。千年ぶりの再会よ?もう少し再会を楽しみましょうよ」


私はウィルにジト目で抗議した。再会の抱擁くらいあってもいいだろう。なんせ私はこの瞬間を千年も待っていたのだ。それをこんなおざなりにされると、乙女心が傷つく。


すると、ウィルは『聖剣』についた血を払うと、私を見て首をかしげた。


「一体何を言っている?我と貴様は初対面であろう?」


「は?」


「ああ、貴様と出会ったのは確かに二回目か。だが、こうして話すのは初めてだ。そこまで馴れ馴れしくされる筋合いはない」


「冗談よね…?」


「我は冗談を好まん」


間違いなく、『探し物を探す魔法』がこの場所を示している。『天の鎖』の中でその精度を上げておいたから、帝国ではなく、その場所を指し示す。そして、目前にいるのが、そのウィルだ。私は何が何だか分からなくなった。


「ああ、そういうことか。貴様、この肉体の持ち主に出会ったことがあるな?」


「どういう意味…?」


「…まぁいいか。貴様には聖遺物を我に届けた功績がある。それに報いるのも皇帝の役目か」


ウィルは、ウィルゴートは再び玉座に座ると、私を見降ろした。『聖法』を使ったとはいえ、ダメージは抜けていない。かろうじて、私は死を回避した程度だ。地面に崩れおちそうになりながら、私はウィルゴートを見上げた。


「我の肉体は本来の我の肉体ではない」


皇帝が天蓋から入る月光を見上げた。


「貴様が亡命する前、我がオールストン帝国は滅亡の狭間にいた。聖遺物をすべて『黒の民』に奪われ、力もなく、保身にばかり走る上級貴族たち。皇帝の力ではどうしようもないくらいに腐っていた」


「そんなことは私も知っているわ。早く本題を言いなさい!」


ウィルが目の前にいるのにいない。混乱した私は珍しく焦っていた。


「先代皇帝は『アレキサンダー=オールストン』を自分の子である我に受肉しようとした」


「何を言って…」


「近年、王家では『先祖返り』と呼ばれる先祖の肉体を子に転生させるという邪法が開発された。俺はその実験のために生まれた道具だった。そして、王家最強の人間の転生に成功した。その時、我の年齢は五つ。それから我の肉体は『アレキサンダー=オールストン』の肉体になり、力でこの国を治めるつもりだった。だがな」


皇帝は聖遺物の力を解放した。そして、その魔力の奔流が私を襲う。


「だが、この肉体はなんだ・・・!俺たちは最強の肉体を求めた!それなのに、呪術師だと!?ふざけるな!」


激昂がほとばしる。


「『不死王』。貴様がこの肉体の人間と出会ったことがあるなら我に教えてくれ。この男は一体何者だ…?」


「…少なくとも私はその肉体の持ち主に何万と殺されたわ。アレキサンダーよりも確実に強かったわね」


「呪術師がか?」


「ええ」


「…我は冗談を好まぬと言ったはずなのだがな」


皇帝は嘆息していたが、話を聞けば聞くほど、納得してしまった。ウィルは間違いなくオールストン帝国の王族の中で最強の力を持つ。『剣聖』、『賢者』、『聖女』を破り、三つの聖遺物に選ばれた。だからこそ『先祖返り』でウィルの肉体を引き寄せた。けれど、その強さは努力で成り立つものだった。


最初から才能を求めていた皇帝にはとても耐えられるものではないだろう。


けれど、それはそっちの事情だ。私はもう何がなんだかわからない。


━━━ウィルの魂はどこに行ったの?


もし、これが転生なのだとしたら、ウィルはもうこの世界にいない。つまり、ウィルの転生が失敗したことになる。探し物を探す魔法がウィルの肉体を見つけたというのも合理的に正しい。けれど、それは私が望んだ結末ではない。私のやってきたことがガラガラと崩れていくような感覚に陥った。


「…まぁ良い。『聖剣』、『聖杖』、そして『聖典』が返ってきたのなら些事にすぎない。貴様が何を考えていたのか分からないが、聖遺物を我に届けてくれたことには感謝する。おかげでこの呪術師の身体でも、『反理』の力を得れた」


ピク


「どういうこと?貴方が三人を殺したんでしょう?」


何もかもがどうでもよくなっていたが、ウィルゴートの言葉で私は再起動した。


「『王室派』に力がないのは貴様も衆知のはずだ。我らが束になったとしても『剣聖』一人殺せるまい」


ウィルゴートの言う通りだ。『王室派』には力がない。だから、私が『剣聖』たちを殺そうとしたのだが、次の日には死体になっていた。そんなことができるのは私と、『賢者』、『聖女』を除けば、ウィルだけだと思った。


(第三者が殺したというの?いえ、そんな強敵なら私が知らないはずがない?じゃあ一体誰が?)


思考に耽る私を無視して、ウィルゴートが再び玉座から立ち上がり、『聖剣』を私に向けた。『聖剣』の力だけで、『反理』は使っていない。私を殺すのに余分な力は使わないようだ。『不老不死』がないとはいえ、そんじょそこらの人間に殺されるほどやわではない。


けれど、今の私は抵抗する気さえ失せてしまった。


「貴様に恨みはない。だが、過ぎた力はオールストンを滅ぼす毒となる。悪いが死んでもらおう」


ウィルゴートは私の目の前までやってくると、『聖剣』の切っ先を私に向けた。皮肉なことにその姿はかつて私を殺そうとして、殺すことができなかったウィルと同じだった。今回違うのは確実に私は殺されるということだ。


「言い残すことはあるか…?」


「…ないわ」


もう、十分生きた。生き過ぎた。やりたいことはすべてやってきたし、欲しいものはあらかた手に入れた。いつ死んでも後悔はない。だから、早く殺してほしいと願っていた。その願いがようやく叶う。


だというのに、私は今、死ぬことを恐怖している。


「さようならだ『不死王』。恨むなら自分の境遇を恨め」


(せめて、もう一度だけ貴方に会いたかったわ…)


皇帝は慈悲深く心臓を射抜こうとしていた。そして、神速の突きが私を貫こうとしたその時、


「にゃ!」


「え…?」


黒猫が空から舞い降りて、私を庇った。そして、地面に落ちると、力無くぐったりと倒れ、その美しい黒毛が赤く染まっていった。


私は黒猫のおかげでギリギリ助かった。肌に『聖剣』が届いたが、心臓には届かなかった。


「…ふん、そう言えば飼い猫がいると報告を受けていた。ここまで来て、主人を庇って死ぬとはな。中々主人想いの良い猫だ。我の部下に欲しいくらいだが、それも徒労に終わる。もう一度、同じことをやれば貴様は死ぬのだからな」


「なぜ…」


再び、ウィルゴートが私の心臓めがけて、『聖剣』を構えたが、私はその黒猫を一心不乱に見続けた。


なぜ私を庇ったのかそんなことはどうでも良い。


私は『天の鎖』の中で、動物と話せる魔法を使えるようになった。そして、黒猫がはっきりとそれを口にした。





━━━≪迷える子羊スケープゴート





「ぐは…!?」


皇帝が心臓を抑えて倒れる。そして、『聖典』の力を発動して、回復しようとしたところで黒猫が爪で皇帝の心臓に突き刺した。


針ほどのダメージだが、致命傷を返されたウィルゴートにとっては命を絶たれる一撃だった。そして、ウィルゴートは地面に倒れ伏すと、絶命した。


「にゃ~」


黒猫はうつ伏せで倒れたウィルゴートの上に乗ると、私を見ていた。先ほどまで死にかけていたとは思えないほど元気だった。そして、




「いつになったら俺だって気付いてくれるんだ?」




聞き覚えのある声に、私はわなわなと震えながら、黒猫を拾い上げた。


「ウィル…?」


「お、やっと通じたか!」


にゃーにゃ―言っているウィルは身体で喜びを表現していた。そして、ひとしきり喜びを表現すると、


「俺の転生先が猫だったのはどういうことなんだ?いや、人間とは言われていなかったけど、流石に驚いたぞ?俺の肉体もそこに転がってるし、何が何だか全く分からん」


ウィルからは疲労が見て取れた。何がなんだかわかっていないようだが、それは私も同じだった。


「え、ええ。おそらくだけど、転生中に何か手違いがあったのかもしれないわ。多分、皇帝の言っていた『先祖返り』が関係していると思うのだけれど…」


「マジかよ…なんて運のなさ」


反射的に答えてしまったが、今はそんなことをしている場合ではない。


ウィルがなぜ猫に転生しているのかもどうでもいい。


思考が身体に追いついてくると、私はウィルの身体をぎゅっと抱き寄せた。


「会いたかった…!」


「ぐへ!?」


感極まった私の瞳から涙がこぼれ落ちた。にゃーにゃ―叫びながら、うめき声を上げているウィルを無視して、抱き続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る