第13話 眠りを誘う春風

 あの歴代最速で閉会した魔女会から約五年の月日が経ったある日の昼下がり。

 まだ冬の寒さが残る春先、私は季節の移り変わりを肌で感じながら、日課の畑作業に勤しんでいた。


 満開に咲いた花の花柄かへいをハサミで切っては、花色ごとに仕分けたカゴに花が倒れないように気を付けつつ縦置きで入れていった。最初は花びら一枚一枚ちぎって収穫していたけど、オクタヴィア姉さんがばっさりと切って大丈夫と言ってくれたので、それからはずっとこのちょん切りスタイルで収穫している。


 私は小休止をとるためテーブルに置いてあった水筒を手に取り、もう片方の手でイスの背もたれを掴み、九十度回転させた。そこから少し微調整をして角度を整えてからイスに座った。


 このテーブルセットは魔女会の時に用意したもので、仕舞わずにそのまま置きっぱなしにしている。ただ置き場所だけは前回と異なり、新たに増築したガーデンテラスに変更している。


 ガーデンテラスに行く方法は二通りあって、一つは木板でつながったベランダからそのまま移動する方法。もう一つは玄関側に作った階段を使って移動する方法。今回はもちろん後者になる。


「ふぅ~、ちょっと休憩……やっぱあの一画を花畑にして正解だったわ。目の保養にもなるし、花びらも染料になるから、あれ結構いい値段で売れるよね。ただそのあと緑一色の茎畑になるのだけが、ちょっと寂しくもあるけど……まあ背に腹は代えられないし仕方ない」


 色鮮やかな花々が風に揺られる光景を眺めながら、私は水筒の蓋を開けて直接口をつけてお茶を流し込んだ。


 別にお金を稼いだところで使うことなど滅多にない。それに必要なものがあったとしても、私が買いに行くよりも早くいつの間にか家にあるのだ。


 私の動きを察知した姉さんたちが、事前に買って置いてくれているんだろうけど……姉さんたちって魔女じゃなくて、隠密行動を得意とする忍者じゃないのかと錯覚する覚える。

 東邦の大陸にいるとされる忍者……まあ実際に見たことがないから、本当に存在するのかは知らないけど、もし実在するのであれば、きっとあんな感じなのだと思う。


 老後のことを考えて、お金を貯めておいて損はない。なにがあるか分かったもんじゃないんだから、ただでさえ私たち魔女は長寿命なんだし……備えあればうれいなしってね。


 肌に触れる春風が心地いい、なんかちょっと眠たくなってきた……昨夜、カサンドラ姉さんが襲撃してきたせいだ。普段の姉さんなら夜に会いに来たとしても、私が寝ていれば起こさないようにベッドに忍び込み添い寝をしてくるだけだった。

 なのに、昨夜は私にバレるのを前提に堂々とベッドに入ってきた。息も詰まるほど全力で抱き着いてくるし、顔を擦り付けてくるしで、全然眠れなかった。そんなこんなで私は凄まじく寝不足なのだ。


 睡眠妨害をするだけしといて私が目を覚ました時には、姉さんの姿はどこにもなく、ただ一言だけ書かれた紙が枕元に置いてあった。


『アリシャちゃんエネルギー充填完了』


 その怪文書を見た時の心境はいま思い出しても、怒りが込み上がってくる……けど、それ以上に姉さんが元気になってくれたことが嬉しくもあった。ただできることなら、私が起きている時間帯に来てくれると非常に助かる。


 私は欠伸あくびをしながら水筒の蓋を閉めてテーブルに置くと、背もたれに身体を預けて目をつむった。

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