TSしたら口数少ないイケメン親友に歪んだ溺愛？されてます

２５．親友と恋人気分のピザの味

　食事を待つ間、ハルは前髪をいじったり、そわそわと辺りを見回したり、ストローに口を付けようとして止めたり、せわしない。

「少し落ち着け」

「だってカップルだぞカップル、つまり恋人だ、どうしたら良いのか分かんねえし」

　なるほどな、まあ自然体でも別に――。 いや違うな、そうじゃない。

「どうしたら……か。周りを良く見ろ。ほらそこの、甘々なオーラが出てるカップルいるだろ、ああいうのを参考にするんだ」

「へぇ……って！ いやあれは……完全に二人の世界に入ってるじゃん……あそこまでは流石に……」

「なんだよ、演じてくれるんだろ？ 恋人を」

「いやいやいや…………えぇぇ……まじかー……ん～～」

　腕を組み、悩み、葛藤をするハル。

　半分冗談で言ってみたんだけど、やってくれるのか？

「ぐ、具体的に何すれば良いんだよ」

　どうやら前向きに考えてくれるようだ。

　さて、余計な事は言わないようにしないとな。

「具体的にって、あのカップルは特段何もしてないだろ。 でも確実に他のカップルよりオーラが出てる。なんでだと思う？」

「なんでって……。 えーと……相手をまっすぐ見ている、というか相手しか写って無さそう。後は……なんか相手が好きって感情が表情だけじゃなくて、なんか、身体全体から出てる、ような？ なんか嬉しそうで、うきうきしてるみたいで、……まあなんか、とにかく好きなのが伝わってくるな」

　うん、いいぞ。

　自分で感じた事ならオレがこうやれ、と言うよりやってくれるだろう。

「よし、じゃあそれを実践して見ようか」

「え！？ ……いやだって、流石にそれは……」

「なんだよハル、拒否権は無いんじゃなかったか？」

「いやいや……それは別だろ……」

　またしても腕を組み考え込むハル、しかしさっきとは違い、やるかどうかを悩んでいるようだ。

「恋人を演じるってさっき言ってたのになあ、全く、もうヘタれたのか？」

「言ったけどさあ……。――分かった、そこまで言うなら覚悟を決める！」

「覚悟を決めるの何度目だ」

「だってしょうがないだろ！ そういうの意識なんてした事ないし！」

　意識か、確かにそうかも知れない。

　以前のハルは”叢雨くん”に対して「どうしたらカップルらしくなる？」なんて事を意識してないだろう。

　好きなら、通じ合ってるという想いがあれば自然とそうなるものなんだと思うし。

　あの時は毎日が楽しかった。

　だけど今振り返れば物足りない、それはただの恋人同士だったからだ。

　オレはハルを親友だと思っていても、ハルはオレの事を親友だと気付いてなかった、だからどこまで行っても恋人でしかなかった。

　それに恋人に後から親友になる事はいくらオレたちの関係でも難しいと思う。

　そういう意味では今の関係が正解なのかも知れない。

　今なら、今のオレとハルの関係なら、親友という関係にさらに恋人になれるはずだ。

　それこそがオレが求める関係で、本当の意味でハルをオレのモノにしたという事だ。

◇◆◇

「よ、よし！ いくぞ！」

　ハルはそう言って目を閉じ、深呼吸した。

　黙って見ているとハルが目を開け、オレをまっすぐ見た。

　だが、タイミング悪く食事が出てきてしまった。

「お待たせしました。マルゲリータピザとエビのシーザーサラダです。ごゆっくりどうぞ」

　ピザとサラダ、両方とも２人で食べる事を想定してか量は多めだが、オレとしては物足りなく感じる量、だけどこの後パフェが待ち構えている事を考えれば十分だろう。

　もし足りなくても適当な店に寄る口実にもなるし。

「――なんだよ、これからって時に。まあいいや、俺がサラダよそってやるよ」

　まるで緊張が解けたかのようにさっきのまでの固さはなく、いつもの調子のハルがそう言った。

　オレの取り皿を奪い、サラダをよそい始める。

　キャベツにゆで卵、そしてブロッコリーなどをバランス良く入れ、最後にエビを綺麗に乗せた。

「はい、俺の愛情たっぷりのサラダだ、召し上がれ」

　直接オレに渡すように両手で皿を持ち、サラダを差し出してきた。

　よそっただけだがな。とは思ったが口にはしない、ただの親友だったら言ってもいが恋人を演じようとするハルにそれは野暮ってもんだ。

　せっかく頑張ってるハルを茶化す意味は無い。

「ありがとう」

　そう言って皿を持つハルの右手にオレの左手を重ね、右手は皿を直接掴んだ。

「――っ！！」

　そんな声にならない声を上げ、ハルの手はオレの左手から逃げていった。

　おいおい、恋人を演じるんじゃなかったのか。

「逃げなくてもいいじゃないか」

「だってキリがいきなり手を触るから……！」

「手ぐらい触るだろ。恋人同士なんだから」

「ううぅ……」

「そんな事よりほら、オレがハルの分をよそってやる」

　ハルの皿を手に取り、丁寧に、見栄えよくサラダをよそっていく。

「ハル」

　片手で皿を持ち、ハルへ向けて差し出す。

　ハルを見つめて、オレなりに微笑んだ。

「あ、ありがとう」

　ハルは皿を受け取り、自分の手元に置いた。

　オレの顔を見た後、恥ずかしそうに視線を逸らし、取り繕うようにフォークを探し、手に取った。

「さ、さあ食べよう！」

「そうだな」

　オレが手を合わせていただきますというのを見た後、ハルは慌てて手を合わせ、いただきますをした。

　いつもならハルの方が率先してやるのに、すっかり忘れていたようだ。

　サラダに口に運ぶ、うん、まあ普通だ。

　ハルが口を付けた物でも、作った物でもないし、サラダだしな。

　それにしても、ハルが作った手作りハンバーグは本当に美味しかった。

　あれこそ愛情たっぷりで、まさに至高の食べ物だ。

　また食べたい。

「あ、ピザもチーズが冷めない内に食べないともったいないな」

「そうだな。ちょっと待ってろ」

　ピザはカッターで８等分に切られていた。

　そのうちの一切れ手に取ってふーふーと少し冷まし、ハルの目の前に突き出した。

「ほら、あーんしろ」

「え！？ ……あ、あーん……」

　初めは驚いた素振りを見せたハルだが、恋人を演じる事を思い出したのか、大人しく従った。

　目を閉じ、小さな口を大きく開けてオレのピザを待つ姿は、とても可愛かった。

　このまま唇を奪ってやりたい気持ちがむくむくと湧いてくるがそれは我慢だ。

「ちょっと熱いかも知れないから、無理するなよ」

　ピザの先端をハルの口に入れると口が閉じられ、ピザを噛み切った。

「あひひ……。 あ、でも、美味いな、コレ。サンキューな」

　そして手にある残りのピザをオレの口に放り込む。

　これはオレだけの役得だ。

「あ！ 食べた！！」

「ああ、オレも食いたかったからな。……ああ、そういう事か、すまん気付かなかった。ちょっと待ってくれ」

「何を？」

　オレの返しに不思議そうなハルをそのままに、手に持つピザを平らげた後、口を大きく開けた。

「お待たせ。ほら、あーん」

「え、何？ ……まさか」

　オレは自分の口をくいくいと指差し、ハルのあーんを催促した。

　ハルはキョロキョロと周りを見まわした後、ピザを一切れ取り、オレと同じようにふ～ふ～と少し冷ました後、恐る恐るオレの口へ向けてピザを突き出した。

「ほ、ほら……あ～～ん」

　口元まで来た時、思い切りピザにかぶり付いた。

　うん、こりゃ美味い。

　ハルの手ずからなんだから、そりゃあ美味いに決まってる。

「わ！？ ……結構いったな」

「残りはハルが食えよ。なんだったらそれもあーんしてやろうか？」

「い、いいよ別にそんな事しなくても食べるから」

　そう言ってピザを眺めるハル。

「……なあ、これって……」

「ん？」

「か、間接キスにならないか？」

「そうなるな」

　今更だな。

　さっきのアイスティーも……と思ったけど、今回はオレが口を付けたところだ。

　というか、親友の時ならそんなの気にしないはずだけど。

　あれか。恋人を演じているから逆に気になっているのか？

　思わず「親友なんだからそんなの気にするな」と言いそうになって、止めた。

　それを言ってしまうと、今ハルの中で恋人として積み上がっている何かが一瞬で崩れそうな気がしたからだ。

　そして、ただの親友に戻りそうな気がした。

　だから、こう言った。

「恋人同士なんだからそれくらい当たり前だ。もっと凄い事するんだぞ」

「そ、そういやそうか……そうだったな……」

　オレの言葉を素直に受け入れ、ピザを口にした。

「嫌だったか？」

　あえてそう問い掛ける。

　この状況で嫌なんて言うはずがない。

　だけど、あえて言わせて無意識に刷り込みたい。

「え、全然嫌じゃない。安心しろって」

「そうか、良かった」

　ハルはオレに微笑みかけ、オレも安堵したように応えた。

　これで間接キスの心理的ハードルが下がったはずだ。

　ハルがピザを飲み込むのを見計らい、新たに一切れハルに食べさせるように構えた。

「ほら、あーん」

「ちょっと待って。……ん、あ～ん」

　ハルは丁寧に口の周りをお手拭きで拭き、あーん、とオレのピザを待った。

　小さい口を大きく開き、でもさっきと違って目は閉じずにオレとピザを交互に見ている。

　余りにも可愛くていたずら心が顔を出した。

「はい、あーーん、パク」

　ハルの口に入る寸前、ピザをオレの向きに変えて、先端に食いついた。

「あ～っ！ 一番良いところ食べたぁ！！」

　ハルはオレを指差し抗議した。

「すまんすまん。ほら機嫌治して。今度こそ、はい、あーん」

「ちゃんとくれよ。 あ～～」

　ハルの口先まで先端が無くなったピザを持っていくと、ハルから迎えるようにピザに食い付いた。

「んっ！！」

　「ん」と同時にパクっと咥え、ピザを噛みちぎり、もぐもごとピザを食べる。

　そんな姿もまた可愛い。

　もぐもぐして嚥下しているハルを見ながら残りのピザに食いつく。

　オレももぐもぐしながら更に残りのピザをハルに突き出した。

「ん、あ～ん」

　残りのピザ部分にハルが食いつき、残ったふちをオレが食べる。

　そして食べ終わった後は、はにかむハルと２人で微笑みあったのだった。

「ちょっと飲み物……」

　そうハルが言ったのがきっかけに、オレもなんだか飲み物が欲しくなってきた。

「オレも喉を潤すか」

　そう言ってアイスティーでも飲もうとそちらに目を向けると、すでにハルが片方のストローを軽く口に咥え、上目遣いにオレを見ていた。

　まさか、オレを待っているのか？

　可愛すぎる可愛すぎる。

　もうこのままお姫様抱っこして持ち帰っても良いんじゃないか。そう思えた。

　でも駄目だ、まだ早い。その段階じゃない、はずだ。

　オレはぐっと堪えて、ハルに微笑みかけながら空いているほうのストローを口に咥えた。

　当然だがストローを咥えたオレとハルの距離は近い、文字通り目と鼻の先だ。

　少し前に同じように一緒に飲んだばかりだというのに、感じる印象がまるで違う。

　それにハルはオレを真っ直ぐに見ていて、さらに頬が紅く染まり、嬉しそうに見えるのは気の所為じゃないと思う。

　一緒にアイスティーを飲み、食事を再開した。

　それから、お互いにあーんと食べさせつつ、その流れでサラダも食べさせるようになりながら、食事を進めていった。

　ハルは最初の緊張はどこへやら、まるで本当の恋人のようにちゃんとオレを見ながら手を添えて「はい、あ～ん」としてくれるまでになった。

　合間のアイスティーも、２人一緒に飲んでいる。

　これは本当に演技なんだろうか、そう思うようになっていて、これならもう少し踏み込んでみようか、と思うのだった。