第31話 長い青い夜。(秋の視点)

「もしもし」

『し……もし……しもー』

「あれ? 電話遠い? そっちは携帯電話じゃないのに?」

『あ、ごめんごめん。受話器持つの忘れてたよ』

「いきなりボケるのかよ! おもしれー男」

『あはははは』

 ――こんな感じで会話が始まるとは思っていなかった。俺は正直、なごさんと話すことに対し、内心ビクビクしていたが、普段よりも明るいトーンで話してくれたなごさんに救われた。

「いや、本題じゃないんだけどさ。なごさんにちょっと聞きたいことがあって」

『何?』

「聞いてもいいのかなってな」

『何? こっちが話しにくいようなこと?』

「うん。まあ、そうかもな」

『あー……じゃあ、全然話しにくい内容じゃなかったら、今度みんなで行くカラオケ代、僕の分、おごってもらおうかな』

「え? どういうルールだよ。って、カラオケ行くの?」

『うん。今日、わだっちがそう言ってた。女子も誘うんだって。たぶん……ギャルの子たち呼ぶんじゃない?』

「すげえな、わだっち! たった半日で、どんな展開が繰り広げられたんだよ! ギャルの子たちって、いつも教室の後ろに集まってる子らだろ。俺もまだ、そんなに話したことねえぞ」

『そんなに、って言える辺りはさすがだなぁ。まあ、何があったかは今後のわだっち主役回を読んでもらえたら』

「もう、執筆されるの決定事項かよ!」

『で、何が聞きたいの?』

 ――このまま会話が脱線したままならば、俺も気が楽で居続けられるだろうと思った。けれど、玻璃先生に頼み込んで、わざわざこの時間を作ってもらった。順を追って、本来の話を進めるしかない。

 俺は努めて平静を装い、気まずい空気を作らないよう話すことだけ意識する。もちろん、どうなるかはなごさん……柏原和くんにも掛かっているのだが。

「なごさん、自覚者だよな」

『ああ。うん、この前話したよね。そうだよ。僕はアッキーもそうだと知らなかったから、ちょっとびっくりしたけどね』

「いや、聞き耳立てて悪いなと思ったけど、氷上さんとそんな話してただろ。今の世界がどうって」

『そうだねえ。やっぱり、言い方に気をつけないと怪しまれるよね。自覚者同士ならまだしも、そうでないひとに聞かれたら、何言ってんだこいつ!? ってなっちゃう。アッキーで良かったよ。いずれ知ることになっただろうし』

 ――さて、失敗のないように言葉を選びながら話を進める。

「それでさ。なごさんって、では女子だったんだろ?」

『いやあそうなんだよね。レアケースだよね、たぶん。いや、わかんないか。全然別人に転生してるひともいるのかもしれないし。他のひとのことまでは、なかなかわからないよね』

 ――心なしか、なごさんが少し早口になったように感じた。いや、俺の考え過ぎだろうか。

「なごさん的には、どうなんだ? その、アイデンティティっていうか」

『僕は僕だよ』

 ――なごさんが、きっぱりと言った。俺の言葉に、ほぼ間髪を入れずに。

『確かに自覚者だし、ではそう。柏原和美なごみ、一文字違うんだよ。だけど記憶が混ざり合っても、そちらに引っ張られることはなかった』

「んー、なるほどな。人格というか、じゃあ、なごさんの主体っていうのは……」

の僕だよ。はもう……本当に記憶の部分だけ……とは言えないかもしれない、けど……』

 ――それまで普通に話していたなごさんの声が、言葉を選ぶように、少しゆっくりとしたペースになった。あまり聞き過ぎたら、よくない話なのかもしれない。

「あ、ごめん。話しにくいことだったら」

『そうじゃないよ。いや、あのさ。感情とかね、ネガティブな感情とか思い、思い出、そういうのは引っ張ってるように感じる』

「……トラウマとか?」

『そうだね。ごめんね、これはちょっと僕だけの話じゃないから、詳しく言えないけど』

「そっか。ごめんな、変なこと聞いて」

『いいよいいよ。全然。それで、アッキーは僕に何か話があるんだよね』

 ――なごさんが、すぐに話を戻してくれて助かった。俺も、そろそろ覚悟を決めることにした。

「うん。そう」

『もしかして、の話? アッキーも別人に転生したの?』

 ――そっちに取られてしまったか。

「ああ、違う違う……。いや、それはたいしたことじゃないって言うか。俺は、たぶんそんなに変わってないんだ。ほぼ、そのまま。つまり、ええっと……」

 ――ここで、はっきり言うしかない。

「俺、女なんだよ」

『えっと、それはえっと、つまりえっと、アイデンティティがってこと?』

 ――一瞬たりとも黙ろうとはしないなごさんの会話には、俺への気遣いが強く感じ取れる。やはり、最初に話す相手になごさんを選んで良かった。――だが違う。やっぱり、また別の方向に解釈されてしまっている。

「違う違う。それは逆。俺はでもでもそうなんだよ。俺は挙田家の一人娘なの。でも性別がバグってんの」

『……あ、あー、あーあーあー』

 ――初めて、なごさんの言葉が詰まる。その間、その後の言葉に、俺はおびえた。だが、続くなごさんの言葉は、俺がまったく想定していない意外なものだった。

『それはサプライズだなぁ』

「え? サプライズ?」

『あれ? 言葉間違ってるっけ。えっとさ、まるで思いつきもしなかったってこと。万に一つも、正解にたどり着けない話だった。おめでとう」

「俺、祝福されてるの!?」

『ああごめん。ふざけすぎたね……話してくれてありがとう。いやまだ、こっちの頭の中は混乱してるけど。把握したよ。まあ、わかってるんだかわかっていないんだか、ではあるけど』

 ――これは、なごさんの生来の優しさだろうと気づく。言い回しにかなり気を遣ってくれているのを感じる。ちくちく痛むような単語が出て来ない。俺に対する決めつけもない。今まで、不快に思った言葉が今まで一つも出て来ていない。

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