第15話 あやふやな世界。

「あれ、ひとも同級生だったんだろ? 名簿に見当たらないんだが」

 俺は当然の疑問にたどり着いていた。他のクラスも含め繰り返し探したが、ひとの名前はどこにもない。

「ああ、そっか。ごめんごめん。説明しとくべきだった」

 るるは、単に言い忘れていただけという風に答えた。

「ひとちゃんは元々は同級生だったんだけど、卒業まで半年を残して転校していったんだ。だから一緒に卒業はしていない」

「ふあああ」

「……ひとちゃんをバカにしたらコロス」

 るるの声音が急に低くなり、その目には殺気すら感じた。俺は思わず後ずさりした。

「あの、もしかして俺たちって……なかなか面倒臭い関係だったとか……」

「それはない、それはないからな。お前とひとちゃんが古い幼馴染なじみで、私は小学生の時にひとちゃんと仲良くなって、それで三人で遊ぶようになって」

「そして、時は来た」

「来ない。それだけだ」

 るるのきっぱりとした態度に、俺はこれ以上の想像を諦めた。

「平和にやってたんだよ、私たちは。おかしくなったのはひとちゃんが転校して、その後に物朗くんが……」

 るるは言葉を途切れさせ、少し困ったような表情を浮かべた。俺は何か面倒なことがあったのかもしれないと思いつつ、詳しく聞くべきかすぐに判断できなかった。

「俺が……え、ごめん。怖い。俺、何かひどいことしたの?」

 俺はおそるおそる質問した。るるは一瞬考えるような仕草を見せてから、答えた。

「そうじゃない。だけど、それはいつか自分で思い出すべきだよ」

 そう言われても……。俺はいたたまれなくなって、上着のポケットに手を突っ込み、市島先輩からもらった布の袋を取り出す。

 俺の動きを見たるるが、眉をひそめて言う。

「それはやめとけって」

 るるは、袋から実を取り出し食べようとした俺の手を押さえた。

「俺さ、市島先輩がいつもこれをくれるけどさ、この実の正体知らないんだよ」

「私もよく知らないよ。でも、明らかにまともな実じゃないだろ」

「でも市島先輩が」

 俺が言い終わる前に、るるは厳しい目つきで俺をにらみつけた。

「市島先輩と私、どっちを信用するんだよ」

 るるの問いかけに、俺は返答に窮した。しかし、るるは俺の返事を待たずに続けた。

「変な意味じゃないぞ。私は、先輩たちのことをそれほど信用してない。まだ、曽我井先生の方が信用できる。あの先生、自分のことなんでも話してくれるんだぞ」

 曽我井先生のことは何も知らない。記憶違いではなく、声をかけられたのは今日が初めてだ。だが、るるの言葉から曽我井先生の人柄が伝わってくる。

「私は、市島先輩も、八木先輩も、日吉先輩のこともよく知らない。だから信用してない」

 るるのはっきりとした態度に、俺は言葉を失った。先輩たちについて、るるがこんな風に考えているとは思ってもみなかった。

 俺はるるに圧倒されるあまり気まずい空気にならないよう、あえて話題を変えることにした。

「しかし、前の世界の物、こっちの世界に持って来られたんだな」

「ああ、それ今の世界の卒業名簿だぞ」

 るるの言葉に、俺は再び自分の理解の浅さを思い知らされた。世界の仕組みがますます謎めいて見えてくる。

「少なくとも中学時代の私たちの記憶は、前と今で特に大きくは変わってないってことだよ。よくよく見れば細部は違っているのかもしれないけど、今の私にはそれを検証する方法がない。そこまで抜群の記憶力を誇っているわけでもないし」

「え、でも携帯の写真は? あれは明らかに前の世界の物だろ?」

「それはだって、あそこに写っている三人……わたしたちは、みんな自覚者だろ? 携帯の他の写真はほとんどけれど、あの写真はんだよ」

 るるの言葉で、俺は新たな発見をしたような気がした。いやでも。

 考えれば考えるほど、この世界の本質がつかめなくなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る