第4話 お久しぶりね。

新田しんでん……」

 突然名前を呼ばれ、俺は一瞬驚きながらも応じた。

「……なんだ?」

「新田物朗ものろう。あたしの知ってるだよね」

「………………」

 言葉に詰まった。しかし、イルカ女子はそんなことは気にせず会話を続けた。

「なんで今日までずっと無視してたの?」

「……いや、それはお前もだろ。なんで声をかけて来なかったんだよ」

「それはだって……あたしの知ってるとは限らないし。あたし人見知りだし……」

 イルカ女子は少し困った様子で俺を見つめた。確かに、こいつが俺の知っているならば、気の強そうな顔つきとたたずまいに反し、いろいろ考えすぎて俺に声をかけられなかったのだろうと推測できる。

 俺のよく知るならば、きっと俺と同じように今の今まで不安だったことだろう。

「……お前も呼ばれてるんだろ。に」

「うん、まあ……そのうち行くけど」

 いつものらしく、足下で小石をつま先で転がすような動きを見せながら、少しうつむき加減で答えた。ここ教室だから石なんて落ちてないけどな。

「俺はあいつを連れて行かなきゃならない。積もらない話もあるかもしれないが、それは後だ」

「積もらない話って何よ。って言うか、なんで……童子山……さんが?」

 俺は少し戸惑いながら聞いた。

「お前、あいつのこと知ってるのか?」

 イルカ女子は俺の言葉に驚いていた。あきれた様子で口をぽかんと開けていた。

「……クラスメートでしょ」

「そうなのか?」

「もの、無関心系主人公なの?」

 なんだよその系。俺、そんな系譜を背負いたくない。

「いやちょっと待て、お前なんでそんなに落ち着いてんだよ。さっきまで悲鳴上げてなかったか?」

「……だって何もわからないんだもん。何もわからないなりに、状況を把握しようとするしかないもん」

 イルカ女子は冷静に言い放った。こいつはこいつで大物だな。俺みたいに「もう、なんなんなんなん!」とかは言わないのだろう。

「その……童子山って普段どんなやつなんだ?」

 こいつの冷静さと観察力なら、きっと何かしらの情報を持っているに違いない、と、俺は勝手に思った。しかし、イルカ女子は俺の言葉に落胆した表情を浮かべ、その後すぐに気を取り直したように言葉を返した。

「うーん、まあ、ちょっと変わった子かな……」

「お前に言われるなんてよっぽどだな」

「ふああ、ものに言われるようになったら、あたしも終わりだなぁ」 

 いくらお互い気心の知れた相手だと理解しても、傷つけ合うのは良くない。ヤマアラシのジレンマだったか。分をわきまえて、適度な距離は保つべきだ。でないと、俺泣いてしまう。

「童子山さんは……仲良しの友達だよ。いつも何かをにらみつけて、コロスコロスコロス……とかつぶやいているような」

「友達相手にひどい偏見だな!」

「コロスとかシネとかクラワスとかが多いかな」

 イメージじゃなくて単なる事実だったのかよ。俺は童子山に対する警戒を強めることにした。しかし、イルカ女子と童子山は友達だったのか。あいつはなぜ、わざわざ友達に嫌がられるようなことをしようとしたのだろう。

「わからないけど……童子山さん……があたしにひどいことするわけないから、よっぽどの事情があるんだと思う」

「俺も、お前も、童子山も同類らしいからな。あいつを先輩のところに連れて行くのが俺のミッションだ」

「ふああ? カッコつけてんの? バカじゃないの?」

 振り幅ひでえな。いきなり冷たいことを言いやがる。だけど、俺が知るはいつだってこういうやつだ。初めて共通の記憶を持つ知り合いの存在を確認できたことに、なんだか少しホッとした。

「じゃ俺、あいつ追いかけてくるわ。またな」

 とは言え、あいつがどこに行ったのか、どこを探せばいいのか、皆目見当もつかなかった。

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