第80話 芽吹きの儀式2

「オマノウラ、説明をしなさい。お父様に伝える前に、わたくしが聞きたいわ。ここにいては気分が悪い。さっさと移動してちょうだい」


 フィルリーネが命令すると、オマノウラはびくっと肩を揺らした。こちとらも王族だ。オマノウラも睨まれたくないだろう。すぐに首を竦ませて、元来た道へ戻るように騎士たちに伝える。


 ルヴィアーレに聞かせる話か、分からない。しかし、彼がいたから、あのような光が溢れた可能性もある。話を聞かせて、この国に来ることになった理由を掘り下げられるだろうか。

 あまり聞かせたくないが、仕方がない。


「ルヴィアーレ様もいらっしゃって。不思議な光景でしたわ」

 声を掛けられとは思わなかったか、ルヴィアーレは一瞬フィルリーネの瞳を捉えた。何か企んでいると思われただろうか。警戒心が前より強い。当たり前か。


「今まで、あのような光景になったことはないのですか?」

「ございませんわ。わたくしが知っている限りでは」


 どんな光景かは口にせず、ルヴィアーレは祭壇を降りる。

 頭上を見上げないあたりさすがだが、イアーナがちらちら気にしていた。

 あの男、何とかしろ。

 フィルリーネの騎士たちは、誰も分かっていない。光が上に行ったのは分かっただろうが、球体の魔導に集まって、光が登っていったまでは見えていないだろう。今ある球体ですら、見えてないのだから。


 他の者たちには、大きく膨らんだ光が彫刻を登り、天井の中心へ進んでそのまま消えたように見えたのではないだろうか。魔導が使える者たちならば、魔導が球体に巻き込まれて、上へと放出されたように見えたはずだ。

 自分の魔導と、ルヴィアーレの魔導。途中で手を引いたので、そこまで奪われた感じはないが、間違いなく、自分たちの魔導が上へと放出された。


 王は、王都から一時的にルヴィアーレを追い出したかったわけではなく、これを行わせたかったのか。

 いや、追い出したかった上に、これを行わせたかったのかもしれない。


 ヨシュア、資質って何だ。





「王になる資格です」

 オマノウラは興奮気味に語った。ルヴィアーレを連れてきたことを、すぐに後悔する。


「そんなこと、聞いたこともないわ。なぜ、芽吹きの木を捧げることが、王になる資格となりますの」

 フィルリーネはルヴィアーレと共にオマノウラの領主の部屋に入り、騎士や側仕えを排して話をした。レミアやムイロエに聞かせる話でないと判断したからだ。

 しかし、ルヴィアーレも入れなければ良かった。


 今まで、あんな光が出たなど知らない。叔父やイムレスたちからも聞かなかった。

 オマノウラは王になる資格と軽く言うが、儀式を行ったのはフィルリーネとルヴィアーレだ。資格であれば、ルヴィアーレだけであってもおかしくないことが、分かっているだろうか。

 しかし、初めて見た光景にオマノウラは気持ちが高ぶっているのか、頰を紅潮させて、滑るように話してくる。


「古い伝承にあるように、あの祭壇で儀式を行うと、光を得られ、マリオンネへと注がれるのです。その光を伴う者へ、配し奉ると」

「何を配するの」

「もちろん、王としての資格です!」


 王って、この国の王だよね。そこまで、興奮して言うこと?

 しかし、それを現王は行ったことがないはずだ。

 そうしたら、現王はこの国の王になるための資格がないってことだよ? 分かってるのかな?


「そんな記述のある書でも、ここにあって? あるのならば、是非読んでみたいわ」

「ございます!」


 オマノウラは立ち上がると、本棚へ手を伸ばす。何かをして本棚の奥にある隠し扉を開いたか、そこから分厚い本を持ってきた。


「どうぞ、こちらに」

 広げられた本は随分新しい。紙も白めでインクが濃い。古い伝承は口伝で書き記したのだろうか。指さされた場所を読めば、確かに先ほどの情景が描かれている。ただし、魔導がない者向けの情景だ。


 フィルリーネはそれをそのままルヴィアーレに手渡した。ルヴィアーレもそれを読んで、微かに眉を傾げる。

 そうだろう、おかしいって思うよね。


「これは、何から書き写しましたの?それとも、昔からある伝承を、知っている者から聞いて、それに記したのかしら?」

「精霊の書と言うものが、この城にはございまして、それを現代語訳にして記したものです」

「精霊の書?」


 ルヴィアーレが呟いた。

 精霊の書とは、古代精霊語で記された石版で、この城の地下に保存されていた物だ。翻訳が難しく、難航したという話を、子供の頃に聞いた。王都にある石版と同じくらい古い物で、それを全て訳したのは、ヘライーヌの祖父、魔導院院長ニーガラッツである。


「現物はどこにありますの?」

「王都にございます。ニーガラッツ様がお持ちではないかと」

 それでは、確認のしようがない。


「その精霊の書を、お父様は見ていらっしゃるの?」

「いいえ、訳されたニーガラッツ様が、分かりやすいようにとイムレス様に命じ、こちらに記したものを渡されておりました。この本は一冊しかございませんが、こちらに保管するようにと、国王より承っております。それで、私が保管を」


 今、途中で不穏な名前が出てきた。訳したニーガラッツは、分かりやすいように。イムレスに本に記させた。

「この本を、お父様は見ているのかしら? この本を見せて、説明したの?」

「そうでございます。精霊の書は、古き精霊の言葉で書かれた物。訳すのに時間が掛かりますので、ニーガラッツ様が訳されました。イムレス様はそれを使い、王に説明をなさっております」


 そこで、書き換えたのはイムレスか。内容自体は大体合っているのだろうが、魔導のない人向けにしてある。それを見ても、ニーガラッツは何も言わないだろう。イムレスの優しさと勘違いするだろうか。王は魔導が少ないので、ニーガラッツとイムレスが見えている情景が見られない。


 イムレスが、天井の球体を、王に知らせないようにした気もするが。


「他に、精霊の書を見ている者はおりませんの?」

「ニーガラッツ様とイムレス様だけかと。これを見付けられた時、王がさぞかしお喜びになるだろうと、ニーガラッツ様が仰っていて、厳重に保管しなければならぬと、ニーガラッツ様が保管することになったはずです」


 ニーガラッツが王に話した際、訳の相違があっては困る。王の資格云々自体は間違いはないのだろう。だが、王が喜ぶとは何どういう意味なのか。王がその光を灯したとでも言うのだろうか。


 これをオマノウラに聞くのはいいが、ルヴィアーレに聞かせる話ではない。しかし、ルヴィアーレの反応を見たい。隣にいるので顔が見えないのが難点だが、話を聞いて、何を思うだろうか。


「お父様が儀式を行なって、同じような情景になったなど聞いたことはないわ。あなたは見たことがあって?」

「……ございません。ですが、王はそれが当然だと仰っておりました」

「当然? この国の王になる資格がないことが?」

「そうなのですが、誰もがその資格を得ることはできないのだと仰っておりました。その資格を得られる人間は、いないのだと。ですから、その方が現れた時、国は大きく発展するのだと」


 オマノウラは喜ばしいことだと、諸手を挙げている。王に余程印象付けられているようだ。それが現れたことが、歓喜に値すると、本当に思っている。


「その王が現れて、この国が発展などと、どのように発展すると思って?」

「精霊が集まり、豊かになるのだと」


 王が王であればそうなるだろう。マリオンネから与えられた力を存分に使える王となれば。しかし、それは元々の話だ。王がまともに魔導を持っていれば、当然に行われること。

 何が違うのか分からない。それに、そんな単純なことを、あの王が本当に望むのだろうか?

 自国の精霊を掻き集めて何をしているのか分からないような王が、それを望むのか?


「わたくし、理解できないわ。お父様は王としてしっかり働いていらっしゃるのに、その王の資格とやらが得られれば、更に発展できると言うことなのかしら?」

「多くを手に入れられるのです。フィルリーネ様が王となられれば、現在のこの国に与えられた物より多くの物を手に入れることができるのでしょう!」


 何の夢物語を語っているのだろう。しかも、オマノウラは、フィルリーネが王になる資格を得たと思っている。ルヴィアーレに可能性があることを分かっていない。王は娘に何の力もないと思っているのだから、この場合、王からすれば、ルヴィアーレが次期王としてふさわしいと判断するだろう。


 それは、王にとって許容できる話なのか?

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