貴方の漫画を、もう一度、読みたい!!!
立花 優
第1話 運命の出逢い
朝の来ない夜はないと言う。けだし、名言だ。
だが、訪れた朝から日差しが猛烈に強く、摂氏38度、つまり体温よりも暑い「灼熱の日」になる事もあるのだ。
私が出会った恋人の高木美優みゅうとの関係こそ、正にそうであったのかも知れない……。
西暦202X年の季節は秋。
もの悲しい気分のまま、私は、ある日の午後、学生街の外れにある喫茶店に入った。初めて入った薄暗い店だった。
私は、大阪の私立大学法学部の三回生であった。かく言う私は、人にはとても言えない過去の思い出(事件)をずっと引きずっており、中学3年生の時からその日まで、実に暗い暗い青春時代を送って来ていたのである。
私は、六法全書を抱え、小型のノートパソコンを、肩掛けの鞄に入れていた。ここで刑法の卒論の下書きを書くつもりでいた。論文名は何としよう。『新誤想防衛論について』とでもしておこうか?誤想防衛とは正当防衛に似てはいるが、正当防衛とは別の概念の犯罪である。
例えば、相手が、素手で殴りかかってきたのを、近くにあった金属バットで殴り殺したとしたら、現行法では正当防衛とは見なされない。いわゆる過剰防衛として、傷害致死罪や傷害罪に該当するのは明白であろう。
では相手が、日本刀(実は玩具の)で斬りかかってきたと勘違いして、近くにあった金属バットで殴り殺したとしたらどうなるであろう?これは、正当防衛となるであろうか?とても正当防衛にはなるまい。と言って、今述べた単なる過剰防衛でもないのだ。
このような例をもって誤想防衛と言うのだが、その日本刀らしき玩具が本物そっくりの場合と、良く見れば明らかに玩具と判る場合に、どのように正当防衛や過剰防衛と誤想防衛を区分し、その証明及び加刑を行うのか?その論文を書くつもりでいたのだった。私は、自分なりに新たな事例と学説を考え出しており、きっと素晴らしい卒論になるに違いないものと確信していた。
私は、落ち着いて論文を書けるよう一番奥の古びた椅子に腰掛けた。直ぐに店員が来るだろう。だが、私の席に注文を聞きにやって来た大きな黒いメガネをかけた若い女性店員を見て、私は思わず大声を上げてしまった。
「あれっ、昌代ちゃん!昌代ちゃんじゃないがけ?」
と大声を上げながら、私は、無意識のうちに彼女の右手首を掴つかんでいた。
「ち、ち、違います。私は、ま、昌代とか言う女性なんかじゃありません」
と、そう反論されて、それが驚く程ハイトーンの声だったので、周囲の人には、私たちの間でのやりとりは全く聞こえなかったろう。が、その声の違い、良く見ると今言った昌代ちゃんよりも遙かに美人だった事から完全な別人である事に、直ぐに気がついた私は、平謝りで彼女に謝罪した。
……確かに、私もその時はどうかしていた。
何故なら、冷静に考えてみれば、昌代ちゃんがこの場にいる事は絶対にあり得なかったからだ。私自身、まだかっての事件の陰を背負っていたためだったのだろう。そのような妄想にも近い思い込みをしてしまったのだ。
直ぐにその場は元の静かな喫茶店の雰囲気に戻ったので、私は、彼女にホットコーヒーを頼んだ。彼女のほうは、何処かおどおどしながらも、こちらの目付きや身なり等から判断して、私の事を変態や変人とはさすがに思わなかったようだ。
私は、鞄の中からノートパソコンを取り出して、数行、論文を打ってみたものの、動揺が治まらず、とても考えがまとまらなかった。
少し経って、彼女が、レモンティーを持ってきたので、
「あのう、僕の頼んだのはホットコーヒーで、レモンティーじゃないがですけど」と恐る恐る切り出した。
と言うのも、この間違いは、彼女が先程の一件で私に対してわざと嫌がらせで出してきたのではないかと考えたからである。
「あ、また、間違えてしまった。ごめんごめんなさい、直ぐ入れ直しますから。ちょ、ちょっと待って下さい」
「いや、これでいいですよ。僕、レモンティーも好きやから」
「ホントにごめんなさい。私、しょっちゅう間違えて、いっつも怒られてばっかりで、もういつ首になるかってひやひやしてるんよ」
「いやあ、さっきは本当にごめんなさい。びっくりされたでしょう?」
「え、ええ、そんなにわ。でもホント、真剣な目付きだったし、誰かさんと人違いされたんやろなとは思ったんやけど……」
私は、ここでノートパソコンをパタンと閉めて、彼女の仕事の終了時間、つまり帰宅時間をそれとなく聞いてみた。今日は、午後八時までの勤務だと言う。結構、遅い時間だ。
「あのう、実はさっきの件で、どうしてもあなたにお話ししたい事があるんです。後で誘いにきたら邪魔ですか?」
「私、別に邪魔やないですけどぉ……」
「是非逢って下さい。お願いします」と、最敬礼でお願いした。
彼女の顔は明らかに困惑の表情であったが、こちらがあまりに真剣に頼むので、どうにも断りきれなくなったらしい。軽くウンと頷いて、私の席から離れていった。
世の中には、似た人が三人はいると言う話は聞いてはいたが、私にとってはそれは実話以外の何物でも無かったのである。しかも単に似ているだけではなく、私が言った昌代ちゃんよりも、もっともっと美人の女性だったのだ。
その日の午後7時45分頃、私は、先程の喫茶店へ行った。もう少し経てば、先程の彼女が現れるだろう。
しかし、なかなか現れない。8時15分過ぎても、彼女は出てこなかった。やはり、すっぽかされたのかと思っていたら、先程と違い赤い縁取りのおしゃれなサングラスとベレー帽をかぶって、彼女が店の横にあるもう一つの出口から現れた。
私を見て少しびっくりしたようだったが、私は、直ぐに笑顔で話しかけていった。
「さっきはすんませんでした。僕、田中護といいます。関西同志学院大学法学部法律学科の三回生です」
「え、まあ、私、あんまり気にしてませんから……。でも、よくわからへんけど、田中さん、そのお私と間違えた昌代さんて、一体、誰なんですか?」
「あの、一緒に歩いてもいいですか?それに失礼やけど、できればあなたの名前を教えてもらえないでしょうか?」
「ええ、駅までやったらね……。私、高木美優みゅうと言うの。でも、さっきの昌代さんって、今のままやったら、どっか中途半端で、めっちゃ気になる話なんやけどぉ……」
「すんません。昌代ちゃんと言うのは、実は、この写真の女の子ながです」と言って、私は財布の中に大事に仕舞ってあった、大きな黒いメガネをかけた昌代ちゃんの写真を見せた。
「昌代ちゃんは北川昌代というのが本名で、僕の中学三年生の時の同級生やったんです。勉強も結構できて将来は医者になりたくて、僕と同じ予備校に通っていたがです」
「そう、そんなに頭のいい人やったんですか?それやったら私と大違いやね。私、高校中退やもん。単なるアホやもん。私とは、全然、頭も性格も違う人なんですね」
「そうでしたか。でも、そんな事は人それぞれやから……。で、この昌代ちゃんは、中学二年生の時には生徒会長にも立候補する程の頑張りやで、中学三年生の時にこの僕と同じクラスにしてくれと校長先生に頼みに行ったと言う話でした。まあ、僕が、それ程、女の子に持ててたのは、多分、自分の人生で最初で最後でしょうけども」
「ふーん、それやったら、その昌代ちゃんという人と何で別れてしまったんですか?」
「実はそこなんですけど、あっと、30分だけそこの喫茶店で僕の話を聞いて貰えますか?」
彼女は、迷惑そうと言うよりは、明らかに迷っているようであった。
しかし、私の持っていた北川昌代の写真と彼女の顔形はまるで姉妹と言っていい程似ていた。結局、高木美優がはっきり意思表示をしない事を了解したものと勝手に解釈し、目の前の派手な喫茶店に二人して入ったのである。
高木美優は、先程と違い、自分がお客になったためか非常に落ち着いていて、メニューを見る仕草とか、一つ一つの仕草が可愛い感じがした。服装についても、私自身、ほとんどと言って良い程ファッションには興味が無かったが、それでもとても垢あか抜けたお洒落な感じがした。
今述べた北川昌代は医者を目指すと言うだけあって、逆にもの凄く活発な性格で、ファッション等にも全く無頓着のようで、人目を気にせずによく私に勉強を聞いてきたりした。(実は、中学時代、私のほうが彼女より成績が良かったからだったが)たまに私が宿題を忘れると、「堂々と」私にノートを横から渡してくれる程であった。
「で、さっきの話なんですけど、僕、大阪の人間ではないんです。出身は北陸の石川県なんです。昌代ちゃんも同じでした。でも彼女、ある日、急に自殺してしまったがです」
「それって、受験ノイローゼか何なんかで?」
「いや、それがどうもはっきりしないがです。彼女が死んで、その原因が自殺だった事は級友達の話から直ぐに解ったがですけど、その理由がはっきりしなかったがです。ただ、彼女は、自分の家の庭の木で首を吊ったそうなんですけど、その時の彼女の服装は、破られてボロボロだったとか、そんな噂話を後で聞きました。
実は、彼女が自殺した日は、僕と同じ予備校でお互いに勉強していた日だったがです。
で、夜の9時になって、予備校が終わって、お互い別々の方向にある自宅に自転車で帰った。……それが彼女との最後の別れとなってしまったがです。その後、級友達と色々と話したがですけど、どうも、三人組のチンピラグループに暴行されたのではないか?そういう結論となったがです」
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