【短編小説】絵師と一輪の花―深淵で甘美な逢瀬―
藍埜佑(あいのたすく)
●蒼史朗は、筆を執る
私の名は蒼史朗、京の都に住まう一介の絵師。類まれなる才能を持つと周りから囃されてはいるが、私にとって大切なのは、ひたすら筆に魂を込めて自然の美を写し取ることだけだ。
ある日、私は怪しげな老婆と出逢った。
その老婆は醜く歪んだ顔で、こう言うではないか。
「お主はまもなく運命的な出会いを経験するじゃろう。されど深入りは決してするな。人生を狂わせたくなければの」
ばかばかしい、と私は思った。だが、どこか心の奥底で、その言葉が引っかかっていた。
そして、あの運命の夜がやってきた。夢の中に、不思議な光を放つ一輪の花が現れたのだ。その幻想的な美しさに心を奪われた私は、我を忘れて筆を走らせていた。夢に見た花を、そのままに絵に描き写すように。
日毎に絵は完成へと近づき、花はまるで命を宿したかのように、絵の中で輝きを増していった。私はその花を、瑠美奈と名付けた。まるで光そのものを内包しているかのような、神秘的な存在として。
瑠美奈との不思議な交流が深まるにつれ、私は絵画の中に、言葉では表現しがたい自然の
「蒼史朗殿、私はあなたと過ごす時間が何より楽しゅうございます。芸術と自然の理、そしてあなたの情熱に包まれておりますれば」
瑠美奈のその言葉に、私は感動のあまり、言葉を失った。彼女との絆が深まるにつれ、私の心には新たな悟りが開け始めていた。芸術と自然の理、二つの世界が交錯する中で、私は自然の真の姿を垣間見ていたのだ。
だが、あの老婆が再び現れ、不吉な言葉を残していった。
「ワシの忠告を無視するとは、お前も馬鹿な男よ……だが選び取ったなら最後まで看取らなければならぬぞ」
私の胸は、黒い予感にざわめいた。
その予感は的中した。いつものように瑠美奈の絵の前に立った私は、愕然とした。瑠美奈の姿が、かつてないほど儚げで、光を失いつつあったのだ。
「蒼史朗殿、私の役目は終わったのです。新しい命を生み出すために」
瑠美奈の微笑みは、神秘に満ちていた。そう告げると、彼女の姿は光となって溶けていき、やがてその光は部屋中を包み込んだ。光の粒子が舞う中、私は悟った。それは、新しい生命の種子だったのだと。
瑠美奈が残してくれた種子を大切に育てながら、私は芸術と自然の理の融合から生まれる無限の叡智について思いを馳せた。瑠美奈との出会いは、私に自然の尊さと美しさを教えてくれた。そしてそれは、これから私が進むべき道をも照らしてくれるのだ。
透明な光の中で、瑠美奈の面影を偲びながら、私は自然の神秘に満ちた未来を思い描いていた。自然の理と芸術の調和こそ、この世の真の姿なのだと。
私が遺したこの教えは、今も尚、人々の心に光り輝いている。私が描いた絵画は、自然の神秘を凝縮した至高の芸術として、長く後世に語り継がれることだろう。
これが、一人の絵師と一輪の花が織りなした、奇蹟の物語。
私はこの体験を通して、人知を超えた何かに触れたのだと気付いている。
そして、それを感じさせてくれた瑠美奈への思いは、生涯消えることはないだろう。
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