第3話 話を聞かせる方法

「で、式場の予約はこれでいいんだよね」

「うん」

「あっ、来週のプランナーさんとの打ち合わせ、仕事がはいって、午後に変えられないかな」

「うん、聞いておく」仕事帰りのカフェで結婚の打ち合わせだ。婚約者の砂羽は終始笑顔で、何を言っても、何をしても楽しそうに反応する。

初め僕との結婚が嬉しいのかなとか、自分勝手に思っていたけれど、どうも違う。

砂羽は誰に対しても、どんな場合でも同じ反応なのだ。

その上ひどくしっかりしている。

と言うより様々な事に一本筋が通り、非常に小気味良い。

だからと言って気が強いとか、何でも仕切るとかではなく、きちんと僕を立ててくれる。

頻繁にする打ち合わせも、出来るだけ顔を合わせる。

メールやラインで出来ることも、出来るだけ顔を合わせようと、言い出したのも砂羽の方だ。

砂羽は僕にはもったいないくらいの女性だ。

砂羽と結婚できて本当に良かった。

「で、お父さんとのことはどうするの」

「うーん」と、この話題になると途端歯切れが悪くなる。

僕が砂羽と結婚しようと決めたのは、砂羽の人柄ばかりではない。

砂羽は僕に何でも話してくれる。

それが話したくないことでも。

砂羽の両親は十年前に離婚している。

それから砂羽はお母さんと二人きりで生きてきた。

養育費など、もらいながらも17歳の夏から一度も父親と会ったことのない砂羽。

砂羽はこんなに良い娘なのに。

パパに会いたいと、たまに見せるそぶりに、なんてひどい父親なんだろうと、僕は思っていた。

思わずその事が口に出たことがある。

そのとたん

「パパの事を、悪く言わないで」といつもの砂羽からは考えられないほどの強い言葉が出た。そしてその語勢に砂羽自身が驚き、すまなそうに続ける。

「私が、悪いんです」

父親に会たいという思いは一緒にいれば分かる。

なのに逢わないのは、僕の中では、一方的に父親が悪者になっていた。

だから

「それなら、無理に呼ばなくても良いんじゃないかな。もう離婚もしているんだし」と言った後に砂羽から語られたのは、ちょっと驚きの事実だった。

砂羽はそのころ血気盛んな女子高生で、ご多分に漏れず、パパ大嫌い状態だった。

反抗期と言うにはあまりに過激で、パパが汚いとか一緒にいたくないと言っていたが、問題はそういうことではなく、パパの存在自体がこの世全ての嫌悪の対象だったという。

本来は年を追うごとに、収まって行く物だが、砂羽の不幸は、そのピークの時に両親が離婚、当然父親も砂羽の事を嫌っているから、その後決して逢うこともなく十年が経った。

本来は年を追うごとに収まり、少しずつ関係は改善していくが、逢うことがないので、砂羽の中に後悔の念だけが積み重なっていく。それが今の砂羽の人当たりの良さにつながっているのなら、お父さんとの関係も砂羽という人格を作る上で悪くはなかったのかもしれないが、砂羽の中には大きな負い目として積み重なっていく。

これは他人事ではない。

姉がそうだった。

でもだんだん収まって、今、父と娘は良好な関係だった。

一緒に暮らして徐々に改善したからこそ、そこに後悔はないし、わだかまりもない。

でも砂羽は十年会っていない。

こう言ってはなんだが、姉より10倍くらい砂羽は良い娘だ。

あの姉が何のわだかまりもなく、暮らしているのに、砂羽が未だに苦しんでいるのはあまりに解せない。

砂羽には、父親と、あの頃はと笑って話せる、そんな関係になって欲しい。

「お父さんに会おう」

「でも」

「ここはスッキリさせた方が良い。砂羽の胸のつかえは分かる。でもお父さんとの関係を取り戻して欲しいんだ」

「でもパパは、会ってくれないと思う」

「どうして」

「だってパパから見たら、わたしは悪魔が乗り移ったみたいに見られていたと思う」

「そんなに、ひどかったの」

「自分で言うのも何だけど、そんなにひどかった」

「砂羽は、お父さんに、何を言われても、素直に謝れる?」

「それは、大丈夫。パパに笑顔で、おめでとうって言ってもらいたい。出来れば結婚式に来てもらって、その後も、孫の顔を見せに行きたい」

「なら決まりだ。わだかまりをなくそう」あの姉がのほほんと生きて、砂羽が心の負い目を抱えていくなんて、許せない。

「そういえばコーヒーが減っていないね」

「苦くてなかなか飲めないの」

「それだ」

「なに」

「カップ一杯のコーヒーを飲む間だけでも話を聞いてくださいと言うのは」

「一気飲みされたら」

「うーんと熱くするとか、苦くするのは。すぐに飲めないように」

「そんなんで、うまくいくのかな」

「何でもやって見る」

「でも、でも。そもそも来てもらわないと。

パパ、私とカップ一杯のコーヒーを、なんて言って来てくれるかな」

「砂羽が変わったように、お父さんだって変わっているかもしれない。当たって挫けろだ」

「イヤそれ、当たって砕けろ、だよね。まあ挫けるのもいいか」

砂羽は微笑みながら、僕を見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る