第67話

「水でも飲むか?」


 アランがサイドボードに置かれたポットを手に取る。


「ああ、頼む」


 差し出されたコップを一気に煽り、天井を見上げたまま動かないアマデウス。

 アランとマリオは顔を見合わせて悲痛な顔をした。


「誤解かもしれんぜ? 確認もしないまま決めつけるのは良くないよ」


 マリオの声に、ゆっくりと頭を動かしたアマデウスが重たそうに口を動かした。


「そうだよね……確認を……でも確認して真実だとわかったらどうすれば良い? 気づかない振りをしていれば、このまま何も変わらないんじゃない? 僕がルルに寂しい思いをさせたから……僕が追い詰めたんだ……僕が……」


 言葉を重ねようとするマリオの肩に手を置いたアランが言った。


「決めつけるな。痛いほど学んだじゃないか。そうだろう?」


 アマデウスが絶望的な顔をする。


「もし本当のことなら離婚かな……僕とルルが離婚? 嫌だよ……ルルと別れるなんてできないよ……でも……ルルが幸せになるなら……だからか? だからここまで初夜を先延ばしに? 僕には触れられるのも嫌なのか? ああ、どうすれば……どうすればいい? ねえアラン! マリオ! 僕はいったいどうすれば良い? 助けてくれよ……」


「もちろんだ。ひとりで想像して悪い方にばかり考えるんじゃないぞ! 落ち着け」


 マリオが扉の方へ向かう。


「俺、医者を呼んでくる。眠らせた方が良さそうだ」


 その頃ルルーシアの執務室ではアリアが事情を聞いていた。


「なるほど……だからキリウス殿下は結婚をなさらなかったのですか」


「そうだよ。僕とキースは愛し合っているんだ。もうずっと前からお互いだけを思って生きてきたんだよ。でもわが国では同性婚は認められていないだろ? スワン国なら結婚できるから、ふたりで亡命しようかという話もしたことがある」


「でも亡命はしなかった」


「うん、やはりローレンティアを見限ることはできないさ。それにアマデウスも幼かったし。でももうルルーシアがいるだろう? 少しずつフェードアウトしても良いかなって思ってね」


「実行なさるのですか?」


 キリウスとキースが顔を見合わせた。


「いや、ずっとこのままここにいる。キースと一緒にね」


 キースが頷いた。


「僕はロマニア国の出身で、国籍もロマニアです。ローレンティアに移住して国籍を得るためには、国王の認可が必要なのですよ。そこでルルーシア様のおじい様に橋渡しをお願いできないかと思って……」


「なるほど、それで先ほどの話なのですね。あの一部だけを聞いてしまったから、私はてっきりレイダー卿とルルが恋におちて、モネ公爵に相談しようとしているって……あっ!」


「どうした?」


 キリウスが驚いた声を出す。


「さっき、アマデウス殿下も一緒に聞いていました……」


「誤解したかな?」


「十中八九間違いないでしょうね……今頃泣き叫んでアランに八つ当たりしてるんじゃないかしら」


 キリウスが顎に手を当てた。


「泣け叫んでいるならまだいいが、あの子のことだ。変な方向に突っ走るんじゃないだろうな……」


 四人は一斉に大きなため息を吐いた。

 ルルーシアがアリアに聞く。


「そういえば、どうしてみんな揃ってたの?」


「ああ、そうよ。カレンが遂にやらかしちゃって、今は自室軟禁状態なのよ。それで彼女の処遇を相談しようと思って来たの」


 アリアがフェリシア宰相(仮)との会話に至るまでの状況を説明した。


「まあ……きっと殿下はとんでもなく傷つかれたでしょうね。本当に友情だと信じておられたもの」


 キースがルルーシアに聞く。


「ルルちゃんはどうしたい? 君が一番の被害者なんだから、意見を言う権利はあると思う」


 ルルーシアが小首を傾げた。


「でも私は、彼女に直接何かをされたことは無いわ。むしろいつもオドオドしていて、可哀そうに思っていたくらいだし。手負いの小狸ってイメージかな」


 全員が納得した顔で頷いた。


「うん、あの子も操られてたわけだしね。でも最後の最後で欲を出しちゃったでしょ? まあ理解できないことはないけれど、ここにいても彼女に幸せは無いわよ。罪悪感と欲望の狭間で苦しむだけだわ」


 アリアの言葉にキリウスが疑問を口にする。

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