第16話

 その日の夕方頃ルルーシアは目を覚まし、心配そうに顔を覗き込む2人を見て微笑んだ。


「お父様……それにアリアも。心配をかけちゃったわ、ごめんなさいね」


 ルルーシアの手を握って侯爵が言う。


「ああ、ものすごく心配したよ。息をしているか何度も確認したくらいさ。どうやら大丈夫そうだね。私は少し出掛けてくるけれど大丈夫かな?」


「ええ、お忙しいのに心配をかけてしまってすみませんでした」


「やっと安心できた。ではアリア嬢、後はよろしく頼むよ」


「お任せくださいませ」


 ルルーシアが父親に声を掛けた。


「どうぞご無理はなさらないでくださいませね? 私はどちらでも大丈夫ですから」


 泣き笑いのような表情を浮かべるルルーシアの頬にキスを贈り、侯爵は部屋を出た。

 歩きながら執事長を呼ぶように指示を出し、執務室に急ぐ。

 すぐにやってきた初老の忠臣に、国王一家への謁見願いを出すように命じた。


「できるだけ早急にお会いしたいと伝えてくれ。国王と王妃だけではなく王太子も一緒にだ」


「畏まりました」


 ドアが閉まると同時に、背もたれに体を預けて目を瞑る。


「ルルーシアも逃げられん。私も逃げられん。なあコリン……助けてくれよ」


 気を紛らせるように仕事に没頭していると、その場で返事を貰った家令が帰ってきた。


「明日の昼食時に待っているとのことでございます」


「そうか、ご苦労だった。今日はロックス侯爵令嬢に泊まってもらうから客室の準備を頼むよ。ああ、それとロックス侯爵に今から行くと先触れを出してくれ」


「はい、承知いたしました」


 そうは言ったものの、ロックス侯爵にどう説明するか迷い再び執事長を呼んだ。


「たびたびすまんが、フェリシア侯爵にも今日の都合を聞いてほしい。もし可能なら3人で会いたいと伝えてくれ」


 ふと見ると西の空がオレンジ色に染まり始めている。

 侯爵は意を決したように立ち上がり、外出用の上着を手にとった。

 ロックス侯爵からは待っているという返事がすぐに届き、それを追うようにフェリシア侯爵からも返事が届いた。

 侯爵はルルーシアのために作らせていた菓子をいくつか包ませて、馬車に乗り込んだ。


 ロックス侯爵邸に到着すると、すでにフェリシア侯爵が待っていた。


「すまんな、急に」


「いや、どうやらうちの息子も関係しているようだしな。こちらから訪問しようかと考えていたくらいだ」


「内容は聞いているのか?」


「お前の伝言だけは聞いたよ。二度と付き合わんとか言ったって? 冗談だろ?」


「ははは、あれは忘れてくれ。まあ、話の内容によっては実行するかもしれんが」


「おいおい、穏やかじゃないな」


 ロックス侯爵夫人に手土産を渡し、男たちは客間でテーブルを囲んだ。

 ワインの準備を済ませた使用人たちを退出させたロックス侯爵が口を開く。


「娘は役に立っているか?」


 メリディアン侯爵が頷く。


「急なことだったのに快諾してもらって助かったよ。お陰でこうして外出できる」


「何があったのか聞いても?」


「ああ、そのために来たんだ。ただし他言無用で頼む。事は王家にかかわることだ」


 神妙な顔で頷いた2人にメリディアン侯爵が昨日からの出来事を話した。


「そりゃまた……酷い話だが、俄かには信じがたいな。誰が見てもべた惚れだっただろ?」


 ロックス侯爵がそう言うと、フェリシア侯爵が苦い顔をした。


「うちのバカは何をやっていたんだ……たとえ死罪になったとしても殴ってでも止めないと」


「私はアラン君を高く評価していたよ。寡黙で誠実な青年だとね。だから残念で仕方がないんだ。彼には本当のことを教えてほしいと思っている」


 メリディアン侯爵の言葉にフェリシア侯爵が頷いた。


「今日はもう帰っているはずだ。なんなら呼ぶか?」


「良いのか?」


「気は利かんが噓のつけない奴だ。それは父親として保証する」


 アランが来るまでの間に、3人はロマニヤ国との交易について話し合った。

 この国を支える三大貴族家の当主の顔に戻った3人の話はなかなかにシビアだ。


「そうなると、可哀そうだがルルちゃんには犠牲になってもらうしかないな……」


 苦い顔でロックス侯爵が言うと、メリディアンがため息混じりに答える。


「わかっている。わかってはいるが、親としては辛い選択だ。いっそ長男に爵位を渡してルルを連れてロマニヤ国に亡命しようかと思ったくらいだよ。まあ、無理だけど」


「領民を思うとできんよな」


 3人の侯爵達がそれぞれの子を思い溜息を吐いていると、アランが到着した。

 

「すぐにここへ」


 高位貴族当主の顔に戻した男たちに迎えられたアランは、青褪めるほど緊張していた。


「お前はそこで立っていろ」


 父親の声に頷いたアランに、メリディアン侯爵が単刀直入に聞く。


「正直に話してくれ。王太子が側妃を迎えると言いだした経緯はなんだ?」


 アランは一度大きく息を吸ってから口を開いた。


「お二人の出会いは学園の図書室でした。先に声を掛けられたのは王太子殿下ですが、それは殿下の趣味である天体観測の図鑑をサマンサ嬢が眺めていたからです。サマンサ嬢も天体観測が趣味で、話が盛り上がっていました」


「殿下の趣味が天体観測? 知らなかったな」


「はい、殿下は星を眺めるのが趣味だということを知られたくないとお考えだったようで、最愛のルルーシア様にも秘密になさっていました」


「バカな事だ。ルルがそんなことを気にするわけがない」


「国王陛下も王妃殿下も王弟殿下もなぜ言わないのかと何度も仰っておられたのですが、なぜか頑なに隠しておられました。おそらく幼い頃にどこかのご令嬢に女々しい趣味と笑われた経験が原因かと存じます」


「下らんプライドだが、きっと余程恥ずかしい思いをなさったのだろうな」


 ロックス侯爵の言葉にフェリシア侯爵が頷く。


「子供の頃に負った心の傷は死ぬまで癒えんと言うしな」


 メリディアン侯爵がアランに続きを促した。

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