第14話

 一言もしゃべらないまま王宮に戻ったアマデウスは、すぐに国王の執務室に呼ばれた。

 

「どうだった? 承認は貰えたか?」


「……ルルはすぐにサインをしようとしましたが、僕がそれを止めました」


「なぜだ?」


「まずは理由を説明し、納得したうえでサインをしてもらおうと思ったからです」


 国王が呆れた顔をした。


「お前はバカか? どのような理由であれ納得などするわけ無いだろうが。ましてやルルーシアはお前のために青春を犠牲にして頑張っていたんだ。お前を心から愛してくれていたんだ。それを成婚と同時に側妃を娶るなどと言われてみろ。狂っても不思議じゃない」


「はい……ルルはおかしなことを口走って……気を失いました」


「はぁぁぁぁぁ。まあどういうことになろうともお前とルルーシアの婚姻は覆らない。せめて公の場では正妃をたてて、側妃への愛情はほどほどにせよ。子は正妃となせよ? もし側妃を孕ませるなら正妃が2人以上産んだ後だ。それまでは避妊薬を飲ませるんだな」


「父上! サマンサとはそういう仲ではありません!」


「どれが本当だろうと噓だろうと覆水は盆には返らん。お前が選んだ道だ。お前が頑張るしかない」


「はい……自分の浅はかさに嫌気がさしました」


「今更遅い! もう下がれ。お前の顔など見たくもない」


「はい。申し訳ございませんでした」


「ああ、ひとつ確認だが、側妃の家には通達は出したのか?」


「はい、すでに了承の返事を貰い、結納金5億ルぺの準備も整っております」


「そこの段取りは完璧なのだな。なのになぜ一番気を遣わねばならん相手のことを後回しにしたのだ……それで? お前の私財を処分したのか? どこを手放した?」


「おばあ様から賜ったトール領を手放しました」


「ああ、湖畔のリゾート地か。あそこはルルーシア嬢が気に入っていた場所だったのではないか?」


「ええ……しかし他に適当な領地がなく」


「誰が買った?」


「フェリシア侯爵にお願いしました」


「ああ、アランの父親か。しかし下手を打ったものだ」


 アマデウスが父の顔を見上げた。


「父上……父上ならどのようになさいましたか?」


 国王が片眉をあげて吐き捨てるようにいう。


「教えるわけがない。自分の尻は自分で拭け!」


 アマデウスを追い払うようにシッシと手を振り、国王は書類に視線を戻す。

 頭を下げて部屋を出たアマデウスは、ドアを閉めたところでペタンと座り込んでしまう。

 駆け寄ったアランの手を借りながら、のろのろと立ち上がったアマデウスは、自室に戻るなり声をあげて泣いた。


「ルル……ごめん。ごめんね……ルル……愛しているんだ。愛しているのはルルだけだよ」


 コンコンとノックの音がしてキリウスが顔を出す。


「おいおい、そんな子供みたいに泣く奴があるか」


「叔父上……」


「どうやら自分の愚かさに気付いたようだな」


「ルルを……傷つけてしまいました」


 キリウスが肩を竦める。


「婚約破棄とでも言われたか?」


「言われましたが絶対に嫌です。僕がルル以外を愛するなんてありえません。しかしルルは……僕の話を聞いてくれませんでした」


「そりゃお前、当たり前というものだ」


「しかし叔父上、女性は秘密を嫌うと言われたじゃないですか」


「うん、言ったね。でもすぐに全てを打ち明けろなんて言ってないぜ? 手順と段取りというものがあるんだ。お前ももう少し考えろよ。逆の立場だったら冷静に聞けるか? 絶対無理だろ」


 アマデウスが唇を嚙みしめた。


「兄上はなんと言った?」


「悪手だったとしっ責を受けましたが、どうすれば良かったのかは教えていただけませんでした」


 キリウスが眉を下げた。


「まあ今更だもんな。もう全てやったカスだ」


 アマデウスがキリウスの顔を見た。


「叔父上ならどうされましたか?」


 キリウスが顎に手を当てて考える振りをした。


「そうだなあ、やり方はいくつもあるが。俺ならまずワートル男爵を追い詰めるだろうな。妻を迎えるなんて無理だと言うまで追い詰めて潰す。半年もあれば十分だ」


 アマデウスがハッと息をのんで掌を握った。


「まあ学生のお前には無理かもしれん。だからこそ親か俺に相談をすべきだったんだが……俺がお前と同じ立場だとするなら、まず自分の最愛に打ち明ける。そのサマンサという娘との関係を理解させてから彼女の窮状を説明する。卒業まで時間はあるんだ。焦る必要はないから、じっくりとゆっくりと、彼女のペースに合わせてひとつずつ納得させていくさ。その上でどうすれば良いのだろうって泣きつくんだよ。ルルちゃんがお前のことを愛しているなら一緒に悩んでくれるだろう? 俺が思うに、彼女なら父親に相談して王家を巻き込まずにフロレンシア家に話をつけてもらうんじゃないか? あの父親は娘を本当に可愛がっているからな。喜んで動くだろうぜ」


「卒業までの時間……あと半年もあったのか……」


「うん、そうだ。それにお前が売った領地、あそこはルルちゃんが気に入っていた場所だ。フロレンシア家への融資金を出してもらう代わりにそれを差し出すんだよ。きっと侯爵ならルルちゃんの持参金としてその地を持たせたはずだ。もちろん何年かけても金は返す。伯爵家への要求は娘の除籍だ。あとは適当な貴族家へ養子縁組を持ちかければ万事上手くいくだろ?」


「あ……」


「しかしお前は自分だけで何とかしようと焦った。親や俺に相談もせず先走ってしまった。お前がいくら王太子だといっても、自分1人でできることなどほんの少しだよ。むしろ普通の貴族より少ないんだ。お前の言動は国に直接跳ね返る。それを忘れてはいけない。王族ってのは雁字搦めで自由なんてない存在だ」


「はい……肝に銘じます」


「まあ全ては今更だがな。ここから挽回は相当に厳しいぞ」


 アマデウスは目に涙をためたまま何度も頷いた。

 落ち込む甥の肩をポンポンと叩いてキリウスが言う。


「誠心誠意。それしかない」


 ひらひらと手を振って部屋を出るキリウスに、アマデウスは深々と頭を下げた。


「アラン、どうやら僕の進む道は相当に険しいようだ。すまんがよろしく頼むよ」


「我が命に代えましても」


 そう返事をしながらアランはアリアに相談しようと決心した。

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