どうぞご勝手になさってくださいまし

志波 連

第1話

「ああ……やっぱり本当のことだったのね」


 校舎の陰から裏庭を覗いていたルルーシア・メリディアン侯爵令嬢が溜息を洩らした。


「どうする? 乗り込む?」


 幼馴染であり親友でもあるアリア・ロックス侯爵令嬢が、項垂れるルルーシアの肩を抱き寄せながら言った。


「行かないわ……行ったって仕方がないもの」


「でもこのままじゃダメだと思うよ? だって卒業したら結婚式でしょ?」


 ルルーシアが目に涙をいっぱいに溜めて、少し背の高いアリアの顔を見上げた。


「殿下とは上手くいっているって思ってたのに……何度も愛してるって言ってくださったのよ。でもきっと婚約者への義務として頑張っておられたのね」


「酷い裏切りね……可哀そうなルルーシア」


「きっと素敵な出会いがおありだったのよ。いつからなの?」


「うん……私が初めて聞いたのは半年前かな」


「半年? 丁度私が皇太子妃教育で王宮に泊まり込んでいた頃ね……あの頃は本当に大変で、同じお城にいるのに殿下と顔を合わせる時間も無くて。お茶会も全部キャンセルさせられて寂しかった頃だわ」


「そうやってあなたが頑張っている間に殿下は……」


「そうね、殿下のために頑張っていたつもりだったけれど、お寂しかったのかしらね」


 ルルーシアの目からポロっと大粒の涙が零れ落ちた。

 アリアは慌ててハンカチでそれを抑える。


「やっぱり乗り込もう。はっきりさせるべきよ」


 弱々しく首を振ったルルーシアが声を出した。


「もう今日は帰りたい。早く帰ってお父様に相談したいわ」


「何を?」


「婚約を無かったことにしないと……このままでは殿下は愛する方と結ばれないでしょう?」


「ダメよ! ルルーシア! 奪い返すくらいの気迫を持たなきゃ!」


 その時、気まぐれな風がベンチでの会話を運んできた。


「うん、楽しみだ。じゃあ今夜も、いつものところで、いつもの時間に待っているよ」


 皇太子の言葉に頷いて立ち上がったサマンサ・フロレンシア伯爵令嬢は、分厚い本を胸に抱えてその場を離れていった。


「もう無理よ。だって私は愛されていなかったのだもの。今の会話聞こえたでしょ? お二人はきっともうそういう仲なのよ」


「ルルーシア……」


「もう無理よ。ありがとうアリア、心配かけてごめんね」


 アリアに支えられながらルルーシアは裏庭を後にした。

 そんなことが起こっているとは知らないアマデウス・ローレンティア皇太子は、足早に去って行くサマンサの背中を目で追っていた。


「今夜は晴れるかな……何年ぶりだろう、ほうき星なんて」


 そう呟いた皇太子に側近候補であるアラン・フェリアシア侯爵令息が近づいてきた。


「殿下、もう少しお考えになった方が良いのではないですか? 先ほど婚約者であるルルーシア嬢がこちらを見ておいででしたよ」


「え? ルルが登校してたの? なんだぁ、知らなかったよ。せっかくだからランチにでも誘おうかな」


「ぎりぎりの時間に登校なさいましたので、ご挨拶にこられる時間も無かったのでしょう。ランチにお誘いなら席を確保しておきますか?」


「うん、そうだね。ルルはあまり学校に来れてないから食堂はハードルが高いかもしれない。上位貴族用のテラスを予約しておいてくれ」


「畏まりました。ルルーシア嬢にはどのように?」


「そうだな……驚かせたいから昼休みになったら僕が直接誘いに行こうかな」


 頷いたアランは従者を呼び、席の予約を命じてからアマデウスと一緒に教室に向かった。

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