第12話 パルナの失態

「コーラル様。何を難しい顔をなされているのですか?」


 パルナの言葉に、怒りで真っ白になりつつあった私の意識が今に戻った。慌てて、クリスタル画面製の神器に映し出されていたものを消し、取り繕うように笑う。


 だけど、


「……また、人間の不貞を見つけられたのですか?」

「あ、あははっ……」


 画面が見えていなかったはずなのに、パルナには全てお見通しだった。

 彼女は呆れたように大きなため息をつくと、両腕を組みながら諭すように言った。


「コーラル様。あなた様が以前、浮気をされて破局されたことは、非常にお辛かったとお察しいたします。しかし家庭円満の女神として、不貞された人間への復讐に手を貸すことは、どうかと……」

「あ、はい……」

「ジェイド様と婚約なさったのですよね? もしジェイド様が、家庭円満の女神であるあなたが、人間の復讐の手助けをしていると知れば、どう思うか……」


 どうやらパルナは、私とジェイドとの仲も心配してくれているみたい。

 この間、初めてイメチェンしたジェイドを見たときのパルナは、彼に釘付け状態だった。だから、私の事を案じてくれる発言に少しだけホッとした。


 ただ……なんだろう。

 私を諫める言葉に、少しだけトゲがあるように感じたのは考えすぎだろうか。


 パルナは、私に彼氏がいたこと、しかし彼の浮気で別れたことは知っているし、口止めもしているけれど、相手がディラックであること、人間たちに不貞の復讐に手を貸していたせいで、私がざまぁの女神になれと言われていることまでは知らない。

 

 まあ、私の変なプライドが邪魔して、話せないというのもあるんだけど。


 心の中でため息をつきながら、画面に映る自分の姿を見つめる。


 そう。

 パルナの指摘通り、とある世界にいる信者たちを見守っている最中、婚約者がいるにも関わらず、別の女と浮気している愚か者を見つけたのだ。


 ちなみに、サレ彼女は私の信者。

 放っておけるわけがない。


 ディラックに振られたときの言葉、彼が浮気していた事実を知った時の自分が重なり、怒りで頭の芯が焼き切れそうになる。気付けば奥歯を食いしばり、握った拳は震え、手のひらに爪が食い込んでいた。


 正直、ディラックに対しては何の感情もない。

 別れる直前まで彼のことが好きで、一生を共にする相手だと信じて疑わなかったのに、今は何も思わない。完全に赤の他人だ。


 だけど彼にされたことが心の傷になっていて、完全に塞がっていない。不貞をみるたびに、そこから怒りや悲しみという膿が滲みだしてくる。


 その結果、人間たちのざまぁに手を貸し、窮地に追いやられているというのに、私はどうして同じことを繰り返そうとして――


「……ラル?」

「えっ?」


 私を呼ぶのは、パルナ?

 しかし顔をあげた先にあったのは、銀縁眼鏡の奥にある深い青色。


「コーラル。聞いていますか?」

「じぇ、ジェイド⁉」


 想定外の人物が目の前にいたせいで、私は勢いよく椅子から立ち上がった。その反動で、椅子が倒れ、ふかふかな絨毯の上に転がってしまう。


 だけど椅子を元に戻す心の余裕はなかった。


 何でジェイドがここにいるの⁉


 補佐であるパルナに視線を向けると、彼女は私が倒した椅子をなおしながら、呆れ声を出した。


「ジェイド様が訪問されたので、何度もコーラル様にお声がけしたのですが、お耳に入っていないご様子で……ですが婚約者ですから、お通ししても問題ないかと判断いたしました」

「あ、そう……だったの?」


 で、でも……っ、でもでもでもでも‼

 私の言葉を待たずに、部屋に入れなくても良くない⁉ 仕事とプライベートは違うでしょ?


「何か言いたげですね、コーラル」

「うっ……」


 私の心の声が顔に出ていたのだろう。

 淡々とした声が、形の良い唇から鋭い刃となって、私の耳の奥に突き刺さる。


「パルナを責めるのはお門違いですよ。彼女は補佐。立場が上である男神からの命令に逆らうことは出来ないでしょう? それに……入室後、私も何度もあなたに声をかけましたが、全くの上の空でしたし。後輩を困らせてどうするのですか?」

「ううううううっ……わ、分かってますー!」


 容赦ない‼ 

 そりゃ私だって、パルナの判断が間違っていたとは思わないし、そもそも自分の世界にこもっていた私が一番悪い。


 でも、そんなに正論ぶつけてこなくて良くない⁉

 言い方ってものがあるでしょ?


 と、心の中の文句を口にしてやろうとしたとき、


「ジェイド様、これ以上コーラル様を責めるのはおやめください! 私が補佐として未熟なのがいけないのです!」


 パルナが少し声を荒げながら、ジェイドに詰め寄った。

 いつも温厚な彼女から想像出来ない行動だった。驚きのあまり、言葉を失う私の耳に、冷然としたジェイドの発言が触れる。


「別に責めてはいません。ただ上司としての態度を指摘しただけです」

「そうかもしれませんが……今のコーラル様に必要なのは、正論ではなく寄り添うことです! ただでさえ、以前付き合っていた方の浮気で別れたせいで男性が信じられず、不貞をされた人間たちの復讐に手を貸すことで、心の平穏を保っておられるというのに!」

「ちょっ、ちょちょちょっ、ちょっと、パルナっ⁉」


 割り込む形で制止の声を上げた私に気付いたパルナが、ハッと口を手で覆った。

 口止めしていた私のプライベートを口にしてしまい、明らかにしまったという表情をしている。


 優秀なパルナらしくない失態だと思った。


 それだけ、ジェイドが正論詰めしたことを怒ってくれていたの?


「あっ……も、申し訳ございません、コーラル様!」

「う、うん、ジェイドは全部知っているから、大丈夫。で、でも、今後は気をつけてね?」

「はい……」


 私の言葉に、パルナはますます頭を下げた。

 彼女の反省した様子、そして私のことを思った発言だと思うと、それ以上彼女を責める気にはならなかった。


 椅子に座り直し、ジェイドの姿がなくなっていることに気付く。

 私とパルナが話している間に、どこ――


「コーラル、また不貞をしている人間を見つけ出したのですか?」

「ひゃぁっ⁉」


 耳のすぐ傍から聞こえた声に、椅子から飛び上がらんばかりに驚いた。


 だって姿を消したと思われたジェイドが私の隣にいて、いつの間にか起動されたクリスタル画面の神器を覗き込んでいたから。座っている私と目線を同じにしているため、彼の顔がすぐそばにあるし、肩だって触れ合いそうなほど近い。


 空気を通じて、彼の体温が伝わってきそう。


 鼓動がドクドクと早くなる。ジェイドの顔は毎日見ているのに、こうやって肉体的な距離が近付くと、嫌でも意識をしてしまう。


 意識するな、コーラル。

 小さいときは、そんなことなかったじゃない。


 今隣にいるジェイドは、幼いときのジェイドと同じ。意識なんてせず、ただ仲の良い幼馴染みだと思い出すのよ!


 心の中で何度も自分に言い聞かせながら、画面に映る人間界の光景に視線を移した。


「べ、別に、見つけたくて見つけたわけじゃないし!」

「それで、今度はどう復讐に手を貸そうと考えていたのですか? おや、このメモは、不貞をした人間と、不貞をされた人間のプロフィールですね。計画を立てようとしていたのですか?」

「うっ……」


 動かぬ証拠を押さえられてしまい、言い訳できなかった。


 はい、白状します。

 思いっきり頭の中で、ざまぁへのシミュレーションを行っていました……

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