第3話 フレイズローザ様の提案

 最高神たちの会議の終了後、私はフレイズローザ様の執務室に呼び出された。


 部屋に足を踏み入れた先には、執務机の前に座るフレイズローザ様の姿があった。机の右側には執務に必要な道具や書類が綺麗に並べられ、左側には、人間界の監視や視察に使われるクリスタルの画面型神器が立ててある。

 一目見て、この机の持ち主の性格が伝わってくる。


 ……まあ、今はそんなことどうでもいい。


「この度は、フレイズローザ様に多大なるご迷惑をお掛けし、大変申し訳ございませんでした……」


 開口一番、私は心の底から謝罪すると、頭を深々と下げた。


 フレイズローザ様は、いつもの優しい声色で私に頭を上げるようにおっしゃった。だけど顔を上げて目に入ってきた上司の表情は、心無しか暗かった。


「コーラル、ごめんなさいね。家庭円満の女神を変更する必要はないと、あの場でハッキリと押し切れなくて……」

「いいえ。こんな私に過ぎるお言葉、本当に感謝しております」


 そもそも、信者たちが離れていっていることにも気付かず、ざまぁをしていた自分が悪いのだ。


 むしろ、もうざまぁの女神は私に決まったと言わんばかりの空気の中、私を庇い、挽回するチャンスをくださったフレイズローザ様には感謝しかない。


「でも……どうして最高神の皆さまが集う会議で、私の移動が話し合われたのでしょうか?」


 一介の女神の移動など、最高神たちが顔をつきあわせて話し合うような内容でもないはず。


 不思議に思って訊ねると、フレイズローザ様は声を潜めた。


「あなたたち男神・女神たちは、元々大きく二つのグループ――【陽】と【陰】に分けられるのはご存じですね?」

「はい、存じております」


 【陽】グループに所属する最高神は、命の最高神レヴェニア様を筆頭に、火の最高神フレイズローザ様と土の最高神ラント様。

 【陰】グループに所属する最高神は、死の最高神ゼーレ様を筆頭に、水の最高神アクレイズ様と風の最高神エリアロ様。


 六名の最高神たちが陽と陰という二つのグループに分かれているため、彼らに仕えている私たち男神・女神も、自動的に陽と陰のグループに分かれることになる。


 私たち男神・女神は、信者からの信仰心や、加護や手助けをすることで生まれる陽や陰の気を回収し、上司たる最高神たちに捧げ、天界や人間界の発展の為に使って貰うことが役目なのだ。


「ですがその判断は、私たち最高神が、男神・女神たちの魂の資質が陽であるか陰であるかを見て、どちらに所属させるか決めているのです。所属がきまった後は、個々の最高神が誰を配下にするか選ぶのですけれど」

「つまり、【陽】と【陰】どちらのグループに属するかは、私たちの魂次第、ということなのですね?」

「ええ、そのとおり、コーラル、あなたの魂は陽。だから陽のグループ所属である私の元で働いてもらっているのですよ」


 フレイズローザ様はここで一旦言葉を切ると、今度は少し低い声で話を続けた。


「しかし、陽の魂を持つ者を陰のグループに移動させる場合は、レヴェニアの力で、魂の資質を陰に変える必要があるのです。その逆はゼーレが担当します。魂に手を加えるのはとても大変なことですから、他の最高神たちの承認をとるなどして、慎重に進められるのです」


 ほぼ満場一致だったじゃない、というツッコミを、必死になって飲み込む。


「……そこまでの手間をかけても良いと判断されるほど、私のざまぁによって生み出した陰の気が多かったということですね? 死の最高神ゼーレ様自ら、ざまぁの女神になって自分に仕えないかと私に仰るほど」

「その通りです」

 

 フレイズローザ様の背筋が伸び、この場の空気が張り詰めた。いつも優しく私を見つめる赤い眼差しが、最高神としての威厳に満ちた、鋭く厳しいものへと変わる。


「コーラル。あなたがこれからも家庭円満の女神を務めたいのならば、信者の信頼を回復して【陽】の気を生み出させ、最高神皆を納得させなければなりません」

「……はい。コーラル・イルミナ、必ずや結果を残し、これから先もフレイズローザ様の元でお仕えすることをお約束いたします」

「良い返事です。期待していますよ」


 深々と頭を下げながら決意表明をする私に、フレイズローザ様は満足した声を出された。


 私の熱意と本気が伝わりホッと胸を撫で下ろす。

 ――が、


「それで確かあなたには今、お付き合いしている男神がいましたよね? 結婚は決まったのですか?」

「ふぁっ⁉」


 というフレイズローザ様の問いに、上司の前だというのに変な声が喉から飛び出してしまった。


 そういえばディラックと付き合いだした頃、そんな話をチラッとしたような。ディラックの名前は出していないはずだけれど……


 私の反応は想定外だったようで、フレイズローザ様は小首を傾げた。


「コーラル?」

「あ、あのっ……私の結婚が、家庭円満の女神を続けるのに何か関係あるのでしょうか?」

「え、ええ……まあ……」


 フレイズローザ様は、形の良い眉を顰めながらご説明された。


 家庭円満の女神であるなら、結婚をして家庭の温かさを知っているべきだろう、という考えの下、今後家庭円満の女神になる者は、既婚者限定にすべきではないかという意見が、一部の最高神の間で出たそうだ。


 その時は、全ては本人のやる気だ、という命の最高神レヴェニア様の一言によって一蹴されたらしいけれど、フレイズローザ様はふとその時のことを思い出したのだと言う。


「以前、あなたからお付き合いしている男神がいると聞いていたので、チャンスではないかと思いました。ここであなたが彼と結婚し、円満な家庭を築くことができれば、それもまたあなたの評価を上げる材料になるのではないかと」


 本当のこの方は、どこまでも私のことを考えて下さっている。


 フレイズローザ様は、前家庭円満の女神であった母とも親しく、私のことも幼い頃から見てくださっている。私が母の後を継ぎ、家庭円満の女神となったときは、とても喜んでくださった。


 そんな恩人たる上司に、隠しごとをしていたことが恥ずかしくて、私はぽつりぽつりとことの経緯を話した。


 私はすでに、彼――ディラックと別れていること。

 別れた原因は、彼の浮気だったこと。

 理由が理由であることも手伝って、人間たちのざまぁを手伝うことで、憂さ晴らしをしていたこと。


 私の話が進むにつれて、フレイズローザ様の表情が険しくなっていく。そして話が終わると立ち上がって私の傍にやってくると、優しく抱きしめてくださった。


「コーラル……辛かったわね。そんなことも知らず私ったら……本当にごめんなさいね。まさかディラックがそんな人物だったとは……」

「い、いいえ! 私の方こそお伝えしておらず、本当に申し訳ございませんでした!」

「私に伝えていなかったことは別に良いのです。プライベートのことですから。しかし……」


 フレイズローザ様は私から体を離すと、再び執務机に戻り座られた。両肘を机の上に立て、組んだ両手で口元を押さえながら、眉の間に深い皺を寄せる。


「ですがその事実……もし表に出てしまえば、さらにあなたの評価を下げることになるかもしれません」

「そう……ですね」


 仰ることは、痛いほどよく分かる。

 家庭円満の女神を名乗っていながら、自分の恋愛すら上手く行っていないなんて、お笑いぐさだもの。


「……コーラル」

「は、はい!」


 フレイズローザ様の赤い瞳が私を捉える。

 次の瞬間、いつもは優しい声色を奏でる唇から、とんでもない発言が飛び出した。


「あなたが家庭円満の女神を続けたいなら……なんとしてでも結婚相手を見つけるのです」

「……えっ?」


 少しの間ののち、私の絶叫が部屋に響き渡った。

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