第043話 二次会


 アデーレの歓迎会は終始和やかに進んでいき、終わりの時間を迎えた。

 そして、店を出ると、支部長と別れ、寮に戻るために夜道を4人で歩いていく。


「今日はありがとうございました」


 隣を歩くアデーレが感謝の言葉を述べてきた。


「何が?」


 前にいるふらつきながら歩くレオノーラとそれを支えるエーリカを眺めながら聞く。


「歓迎会もですが、案内してくださったことです。本当に嬉しかったです」

「そうか……なあ、アデーレ、なんでウチに移ってくれたんだ?」


 わざわざ王都からここに来る意味がずっと気になっていた。


「そうですね……その辺も話しておきましょうか。ジークさん、飲み直しませんか? そんなに飲んでいないでしょう?」


 俺はウィスキーのロックを2杯しか飲んでいない。


「これから飲み屋に行くのか? 俺、知らんぞ」

「そうですか……でしたら私の……いえ、人を招く部屋ではありませんでした」


 引っ越した初日だしな。


「俺の部屋に来るか?」


 誘うのもどうかと思うが、ちょっと理由は聞いておきたい。


「良いのですか?」

「ああ……といってもウィスキーしかないぞ」

「それは大丈夫です。実は祖父が持たせてくれたワインがあります。一緒に飲みましょう」


 祖父……貴族だよな?

 高そう……


「いいのか? 良いワインだろ」

「一人で飲むのも味気ないです」


 まあ、わからんでもない。

 俺は基本的に家で飲むが、ヘレンがいる。


「わかった……レオノーラは無理だな」


 レオノーラは完全に酔ってしまっており、エーリカに抱きつきながら歩いている。


「でしょうね。エーリカさんも弱いって言ってましたし、2人とヘレンちゃんで飲みましょう」


 ヘレンは飲まないけどな。


「んー? 何を2人でいちゃついているんだーい? 浮気だ、浮気。エーリカ、私達の旦那様が浮気しているぞー」


 レオノーラは完全に酔っているな。

 いつもより飲んでいたし、アデーレが来てくれたのが嬉しかったんだろう。


「はいはい。帰りますよー」

「エーリカにお持ち帰りされてるー。我が妻よー、愛してるぞ」

「はいはい」


 そのまま歩いていき、寮まで戻ると、エーリカがレオノーラを連れて、2階に上がっていく。


「では、後で伺います。私も手伝いますので」


 アデーレはそう言うと、階段を上がっていき、エーリカと共にレオノーラを部屋に連れていった。


「あいつ、大丈夫か?」


 アデーレが来たことが嬉しかったんだろうが、ちょっと飲みすぎだ。


「二日酔いの薬を用意されては?」

「そうするか」


 俺とヘレンは部屋に入る。

 テーブルにつくと、レオノーラのために二日酔いの薬を作り始めた。

 そして、ちょうど作り終えたタイミングで呼び鈴が鳴ったので玄関に行き、扉を開ける。


「こんばんは」


 もちろん、アデーレが立っていた。


「まあ、入れよ」

「お邪魔します」


 アデーレは部屋に入ると、扉を閉める。


「レオノーラは大丈夫だったか?」

「水を飲ませて、眠らせました。まあ、大丈夫でしょう」

「そうか……まあ、座れよ」


 アデーレをテーブルに着くように勧めた。


「ありがとうございます……おや? 薬を作っていたんですか?」


 アデーレは椅子に座ると、テーブルの上の丸薬を見る。


「ああ。二日酔いの薬だな。明日、レオノーラに飲ませる」

「なるほど……優しいんですね」


 アデーレはそう言いながら空間魔法からワインとグラスを取りだし、テーブルに置いた。

 そして、ワインを開けると、2つのグラスにワインを注いでいく。


「別にそんなことはない。ヘレンに言われなかったら発想にもなかった」

「それでもあなたは変わろうとしているんですね……どうぞ」


 アデーレが1つのグラスを俺の前に置いた。


「ありがとう。乾杯の前に何かあるか?」

「お招きいただきありがとうございます」

「そうか……乾杯」

「はい、乾杯」


 俺達はグラスを合わせると、ワインを一口飲んだ。


「変わろうとしていると言ったな? そうだ。俺はこのままではダメなんだろう」

「なんでそう思ったんですか? やはりアウグストさんの件?」

「まあ、それもある。だが、それ以上にお前を覚えていなかった件だ。さすがにあれはない」


 3年も同じところに勤めていたのに覚えていなかった。

 それほどまでに他人に興味がなかったのだ。


「そうですか……」

「なあ、アデーレ。なんで見送りに来てくれたんだ?」

「悔しかったからですね。同じ学校を卒業した同期なのに能力にあまりにも差があることに……そして、文字通り、あなたの眼中にさえなかったことにです」


 意趣返しだったのか。


「すまんな。俺は本気で自分以外は無能だと思っているんだ」

「それほど能力があればそう思うかもしれませんね。でも、少しは隠しなさい」


 ごもっとも。


「そうだな。最近はそうしてる」

「良いことです。それにしてもそんな考えでよく弟子なんて取りましたね」

「支部を立て直さなければならない。そのために新しく人を増やすことも重要だが、今いる人間の成長も不可欠だ。どっちみち、10級は新米と同じだし、教えることに変わりはないからな」


 弟子じゃなくてもやることは変わらん。


「2人はどうですか?」

「悪くない。仕事がないから経験が浅いだけでセンスはある。何より、人間性が良いな。エーリカは良いところしか見ないし、レオノーラは底抜けに明るい。俺が持ってないものだ。非常に参考になるし、俺の間違った発言もスルーしてくれる」

「確かにそうですね。レオノーラは明るいですし、エーリカさんも人間性は非常に素晴らしいと感じました」


 レオノーラは昔から知っている旧友だろうが、今日初めて会ったエーリカをそう思ったのか?


「どの辺が?」

「先程の歓迎会で私にジークさんの昔のことを聞いてきました。あれはやけに意識しているジークさんがこれ以上気にされないようにするために配慮した話題です」


 そういうことだったのか……

 善性のエーリカが地雷を踏むからおかしいと思っていたが、エーリカ的には地雷ではないと判断し、逆に触れることでわだかまりを消そうと考えたんだ。

 ものすごい高度なテクニックだな、おい……

 俺には一生をかけても無理だ。


「別に意識なんてしてないぞ」

「なら、まっすぐ私の目を見てください。いつも堂々としていたのに今日は1日中、ずっと視線が泳いでいますよ」


 俺、本当に思春期の中学生みたいだな。


「怒ってないのか? 恨みとかないのか?」

「別に怒っていませんし、恨みなんかありませんよ。こうして一緒に飲んでいるではありませんか」

「そうか……」

「そんなに気になさるのなら今度、ディナーでもご馳走してください」


 ディナー……


「食事がいいのか?」

「誘ったのはあなたでしょう?」


 …………あ、手紙の社交辞令。


「ヘレン、ヘレン」


 テーブルで丸まっているヘレンを揺する。


「何ですか?」

「行くべきか?」

「逆に行かない理由を教えてください」

「俺、さっきの店しか知らんぞ」


 いつもエーリカの家だし。


「ジーク様。あなたはとても頭の良い方です。もし、お仕事中に知らないことやわからないことがあればどうされますか?」

「調べるな」

「それが答えです」


 そうか……

 調べればいいのか。

 エーリカや支部長辺りに聞けばいいんだ。


「アデーレ、ちょっと時間をくれ。お前をその辺の大衆店に誘うわけにはいかん」


 貴族様だし。


「いや、別にどこでもいいですけど……というか、本当に猫と会議するんですねー……」


 レオノーラがしゃべったか……

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