第5話


「ハックション! はて、誰かに噂されてるような」


 毒呼ばわりされていることなどつゆ知らず。

 リタはゴミでいっぱいの籠を背負い、教室の扉前に立っていた。


「今日で転校2日目です! ハンスさんに許してもらい、無害をわかっていただかなくては」


 大きく深呼吸して教室へ足を踏み入れた途端、彼女の目の中に、鉄の鎧を身にまとった小柄な姿が目に飛びこんできた。

 鋼鉄のひさしの奥から、不安げな瞳がのぞいている。


「ハンスさん?」


 リタを見て、ハンスはびくん、と体を揺らしたが、そのままぐっとこらえるように前を向く。


「おおおおお」


 押し寄せる感動を胸に、リタは彼に駆け寄った。


「よるな、触るな、近寄るな!」


 ハンスは鉄で覆われた腕を、胸の前でばつ印に重ねリタをにらむ。


「徹夜で作った特注の鎧さ。今日は絶対お前なんかにやられないからな!」


 威勢よく吠えるハンスの姿に、リタの目はうるみめる。


「ハンスさん、私は猛烈に感動しています」

「今の話のどこに感動要素が!?」

「この鎧にですよ!」


 リタは目尻に浮かんだ涙をふいた。


「たった一晩で鎧を作り上げるなんて凄すぎます! 流石は生き戻りのプロですね!」


 生き戻りのプロ。

 昨日、蘇生の後、全速力で逃げ出したハンスの背中を眺めながら、ギルが名付けたあだ名である。


「ば、ば、ばか。こじつけで褒めんな!」


 しかし。


「確かにハンスって器用なんだよなあ。けど、あれ手作りだろ。ハンドメイド作品ってやつ」

「そんな労力使うなら魔法スキルを上げればいいのに」


 教室のそこここから、そんな声が聞えてくる。


「手作り……! やはり特別な才能の持ち主……!」


 ハンスは吐き捨てる。


「ここ王立魔法学校では魔力が全て。手先の器用さなんてなんの役にも立たないの」

「じゃあ何故作ったんですか?」

「ただの趣味! わざわざ言わせるな!」


 小柄な体を震わせながら地を這うテンションでハンスは唸る。


「俺は魔法で身を立てることを諦めた。学校に通ってるのはただの惰性さ。卒業したら家に戻って家族の世話をして生きていく。うちは限界集落の8人家族だからな。男手が必要なんだよ」

「ほえええ、そうだったんですか」

「才能のないものがどれだけ頑張ったって、1がせいぜい10になるだけ。意味がないだろ」

「よく私も言われました。だからここにいるのですし」

「俺は身の丈に合った生き方を選ぶ」

「すごいですね!」


 リタは感心して微笑んだ。


「私なんてどれだけやめろと言われても諦められず、細い糸を手繰るようにしてここにいますのに……若くてまだまだ伸び代があり、かつ、誰からも引導を渡されてないのに自分で自分を見限れるハンスさんは素晴らしいと思います。私には真似できません!」

「ぐぬぬぬぬぬぬ、この野郎、煽ってるよな」

「ていうか、それならいっそ、退学した方が、無駄を省ける気もします。実家の仕送りも減るでしょうし」

「お前、この野郎……」

「大丈夫ですか? ハンスさん。声が……震えて……息が荒くなっています!」


 リタの髪の毛が一束立ちあがる。


「う、う、うるさい! 俺に構うな! このゴミ箱女!」


 絞り出すようにハンスが叫ぶ。


「ゴミ箱?」


 サイコパスの次はゴミ箱。でもなぜ?

 リタはキョトンと首を傾げる。


「お前が背中に背負ってるやつ!」


 そう言われてリタは、竹かごをかついだままだと言うことに気がついた。    


「あ、いけない」


 リタは竹かごを肩からおろした。

 その拍子に何かが落ちて、からんと乾いた音をたてた。

 それは小ぶりな鎌だった。

 リタは拾うとハンスに振りかぶる。


「な、な、な、な、何だよ、お前!!!!!!」


 ハンスは悲鳴を上げた。

 クラスメイトたちからもどよめきの声があがる。


「これは鎌です」

「見ればわかる!」

「魔道具ですが、雑草を刈るのにも便利なのです。10年以上使っている愛用品です。ぜひハンスさんに見ていただきたくて」


 白い刃がきらり、と光る。


「ひええええええええ」


 ハンスは震えあがった。


「ものづくりがお得意なハンスさんに、私にもなにか作っていただきたいです。そのためにもこの輝きを、ひし、と目に焼き付けてください!」


 リタはハンスの目前にまで鎌を近づけた。


「こ、こ、このやろう。僕を舐めやがって……」


 悔しさのためか、ハンスの目にはうっすらと涙が溜まっている。


「サイコパス聖女がまたやってるぞ!」

「どうする、どうする!」

「知らんぷりしとこう」

「だよな。どうせ先生がなんとかしてくれるだろうし」


 ギャラリーの声があちこちから聞こえ始めた時、チャイムがなり、ギルが教室に入ってきた。

 リタは鎌を小さくしてポケットにしまうと着席した。

 甲冑ハンスだけ動きがにぶく起立したまま取り残される。

 ギルは静かにこう言った。


「……ハンスくん、相変わらず器用ですね。しかしきっと中はすさまじい温度でしょう。熱中症で倒れでもしたらまたリタ君の右手が火を吹きますよ」

「熱中症!」


 リタの髪の毛が一束たちあがる。


「先生、スタンバイOKです!」

「……や、や、やめろ! このバカ!」


 もう我慢の限界だったのだろう。

 あっさりとハンスは鎧を脱いだ。

 汗まみれのハンスを見ながら、リタはにっ、と笑いかける。


「あの……ハンスさん、お話が……」

 

 ギルが止める。


「リタ君。授業がはじまります」

「はいっ」


 リタはあわてて前を向いた。


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