第27話 最期の本音

 ワースへ。


 ワース、お前はすごいやつだ。

父と母の期待に応えて、神類に仕えるための試験に合格した。

今ごろ上手くやっているだろう。

それに比べて、おれはダメなやつだ。

失敗作として生きてくのが怖いまま、ただ周りに合わせて生きてきた。

でも学校で面白い友人ができた、フィルってヤツだ。

いつも落ち着いてて、根の明るいことをよく言うが見た感じは暗い。

フィルから聞いた話なんだが、小学生時代、毎日一緒に遊んでいた友だちがいたそうだ。

でも色々と物を盗まれていたことに気付いてから一気に疎遠になり、中学時代は人が怖くて誰とも話さなかったらしい。

だからか、仲良くなろうとしても一線引かれてる感じだった。

だがおれが失恋で落ち込んでいた時、お前が死ぬつもりならおれも死ぬって言ってきたんだ。

死にたいってのを、見透かされてたらしい。

それからしばらく、アイツを中心に楽しい思いができたよ。

しかしおれの事情を知られるのはイヤだな。

少しはおれのこと話したんだけどさ、全部を吐き出すと、自分が自分でなくなる気がしたんだ。

ああ、変なことばかり書いて悪い。

まあ生きてたらお前に勝ち目ないし、死んだ後の世界があるなら、おれはお前と別のとこへ行きたい。

最後に、父と母、そしてお前のことは恨んでいない。

ただ、おれは周りから失敗作だと言われるのが怖いから、その前に死ぬことにした。

おれのことは気にせず、お前は生きて絶対に幸せになれよ。


 プライスより。




「アイツはおれのこと、こんな風に思ってたのか」

「そうらしい。フィルにとって兄貴は、どういうヤツだったんだ?」

「明るくて、優秀で……そこにいるだけで楽しかった。ただ、落ち込む時はすごく落ち込むヤツでさ。誰にも何もしてやれないって雰囲気はあったよ。あと触りたがりなとこは、勘弁してもらいたかった」


 こんな、プライスしか知り得ないようなおれのことが書いてあるんじゃ、プライスが書いたものだと信じるしかない。

 手紙を封に戻し、ワースに返す。

 ワースは、その封を手に取ると……グシャリと握り潰した。


「オレが試験に受かって、兄は死んだ。オレの存在を憎むのなら、ここで命を絶ってもいい」

「そんなのシーカが。いいや、ベスタが困るだろ。それにプライスはワースに憧れていたんじゃないか? でなきゃこんな手紙、書かないだろう」

「オレを憎まないのなら、フィル。アンタはどうするつもりだ?」


 ワースはこちらを、上から覗き込むようにして睨む。

 つい、顔を背ける。

 んなこと聞かれたって。

 こんな風に書かれてたんじゃ、どう受け止めればいいのか分からない。


「おれは……。正直な話、交換条件が終われば、プライスとの約束を守るために死ぬつもりだった。でもベスタ様の手伝いをして、よく分かったよ。おれはそれで、悲しかったのを表したいだけなんだって。カッコつけたいだけなんだ、おれは」

「それで、気持ちは変わったか?」

「……どうしたらいいのか、もう分からない。まだベスタの手伝いをし続けたい気持ちもあるけど……。失敗作、そう思ってプライスが死んだんなら、おれは何だ? ワースの助けがなきゃ結局はイドから殺されて……イドも死んで……そんな終わり方だったろ。プライスと友達であり続けるなら、おれが失敗作のまま生きてくのは間違ってる」

「ベスタ、泣いていずにフィルを説得しろ」


 シーカはおれの隣で息を殺して泣いていたが、スウッと息をつき、静かに泣き止む。


《間違ってないよ。それに失敗作だなんて、そんな人は一人もいません》

「シーカ様はプライスが自殺を選んだこと、その理由を否定するおつもりですか?」

《それは……》

「おれを助ける代わりにプライスのこと忘れろだとか言うんなら、それはムリな話です」

《プライスさんより、私を見てください。私はフィルと一緒に、この世界で過ごしていたい》

「おれは、どんなに苦しくてもプライスにだけは……目を背けたくない」

《……やっぱり私なんかじゃ、フィルには生きようと思わせられないんだね》


 ……胸の中を抉られるような気分だ。

 シーカも、辛い思いをしながら生きてきた。

 おれが死ねばもっと、辛い思いをさせてしまうだろう。

 シーカもワースも、心に癒えない傷痕があるのは分かった。

 それをもう、増やしたくはない。

 なのにおれは、都市から離れた誰の目にも付かない場所はどこか、どうやって死ねば迷惑がかからないのかと、そんなことを考え始めている。


《フィル、不器用でごめんね。私が好きって感情を、上手く伝えられたなら。私のことを好きになって貰えるよう頑張れてたら、苦しくても二人で楽しく、過ごせたかも知れないのに》


 シーカは、おれの胸に抱き付くと……体を震わせる。

 こんなこと言わせてしまうなんて、おれはやっぱり最低なヤツだ。


《でも私は絶対にフィルから離れない、いつ自殺しようとしても止めるからね》


 ええ……諦めたと思ったのに。

 まだ止めるつもりなのか。


「そんなことされても、苦しいのが長引くだけですよ」

「フィル。その苦しいってのは具体的に何だ?」

「シーカが優しくしてくれたのは嬉しかったはずなのに、心じゃ何も感じてないんだ。それに……おれが行動した結果で、嬉しいとか楽しいとか感じてきたことを改めて体験をすると、悪寒が走るようになった。ひどい時は吐く。……そういうとこ見せたくない」


 ワースは苦い表情のまま笑うと、シーカの隣で膝を着き、その背中をさする。


「話した時点で見せたのと同じだろう。それに、今以上悪くなると決まったわけではないはずだ」


 シーカはワースから背中を押されると、おれの服をギュッと握ってきた。


《フィルの心はなくなったりなんかしてない。必ずどこかにあるはずだよ》

「どこかにあるとしても、おれにはムリなんだ。結局は他人からも自分の問題からも、逃げることしかできない。そうし続けないと、もう生きていけないんだ」

「逃げていないだろう。パルサの心を救い、コギト一人とイド一人を前進させた。アンタ自身が逃げずに向き合った成果だ」


 それは、プライスの自殺理由を知りたかったからで。

 ……本当にシーカも、おれと同じように心では何も感じていないのだろうか。

 だとしたら、好きというのはウソで。

 でも、何でおれのことをこれほど助けようとしてくる……?

 そもそも前進なんて、何をどう評価してのことなんだ。

 おれにとっては、どちらも途中で放り投げたような状態なんだが。

 胸の中がぐちゃぐちゃになってきた。

 頭が痛い、休みたい。


「分かった、死ぬのはやめにする。少し休ませてくれ」


 シーカがおれから離れ、涙ぐんだ顔のまま部屋の鉄骨に下がるようネットを張り、ベッドを置く。

 ワースの部屋に用意していたのか。


《フィルが使って。……私も休みたい》


 シーカは床で丸くなると、スースー寝息を立て始める。

 

「……寝るの早いな」

「こう見えて、ベスタは常に起きている。都市を見てなきゃならないからな。ただ、体は泣き疲れたらしい」

「ワース。シーカをベッドに寝かせてやりたいから手伝ってくれないか?」


 ワースは頷く。

 持ち上げられたシーカの体から尻尾を掴み、ベッドの穴に入るよう調整する。


「よし。部屋でちょっと休むよ、考えを整理する」

「アルバムを見ながらベスタと一緒に泣いていたアンタの気は、だいぶ晴れたと思ったが。まだ足りないか」

「あれはもらい泣きだ。他人のためじゃなくてもさ。あるだろ、それくらいは」


 ふと、ジェミニ様とアリエスの方を見ると、座ったままこちらを見ていた。


《暴露大会は終わりかい?》

「茶化さないでください」

《ま、ワシは何も言わないことにするよ。帰ろうアリエス》


 ジェミニ。アンタは牢屋だ、とワースがジェミニを連れて出る。

 アリエスは立ち上がり、シーカの頭を撫でた。


「アリエス様、お優しいんですね」

《あの、違います。ボクが考えもしてこなかったことを、ベスタお姉ちゃんはしっかり考えてて。苦しいことに向き合ってて、偉いなって》


 アリエスはこちらを向いて、頭を撫でてくる。


《フィルさんも偉いです。正直な気持ちを話して、ベスタお姉ちゃんと向き合っていました。三人であのように話すのは、本来難しいことだと思います》

「アリエス様……」

《ボクたち神類は、罪深い存在です。同時に、多くの可能性を秘めた存在でもあります。ベスタお姉ちゃんにはどうか、その可能性をいっぱい示してあげてください》


 照れくさそうに顔を赤くするアリエスとシーカを残し、部屋を出て自室へと向かう。

 でもそうか、おれは泣いてた。

 他人のために何もできないっていうのは、おれの思い込みかもしれない。


 自室に入って、布団で横になる。


 手紙の内容……約束はナシにしてくれと書いてくれていれば、考えるまでもなかったものの。

 おれが読むことを想定していなかったのだろう。

 ただ、プライスがどう考えて死んだか分かったんだ。

 これからはもっと前向きになって、プライスとも、他人とも向き合おう。

 

「プライス。お前がもしこの贖いを見るとして、いつか、どこかでおれに対して贖いを返してくれるとしたら。……おれはお前に真似させたいやり方で生きる」


 この誓いは、贖いの贖いとでも言っとく。

 これからは、ここへ来たばかりの時にシーカから言われた通り、おれは自分を許せるようになって……シーカと一緒に過ごしたい。

 ただ、頼りきりはイヤだ。

 弁当だって、自分で作るようにしなくては。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る