第25話

「原種研究とは。被験者かっこ原種に対し様々な実験を行い、我々獣人と神類との友好的な関係を図る目的にある。今回はスノーライン一家協力の元、5年の間隔を開けた研究を行った。投薬の効果が胎児状態の神類へ影響するという仮説を立て……詳細なところはだいぶグロいかな。仮説については絶対ベスタ様と家族に説明してないね。実験方法や結果は飛ばすよ」

「飛ばしてくれ」


 ほい、と偽ベスタは最後のページを開いた。


「まとめ。被験者の状態は悪化する傾向にあったものの、胎児には投薬の影響が見られなかった。また、被験者の日誌を見た神類の友好値が上昇傾向となる副産物があった。神類は原種からのみ出現が確認されているため、原種には多くの実験価値がある。原種こそが、我々の目的を叶える鍵である。以上!」


 友好値って……。

 イドの様子を見ると、俯き加減で歩いており顔色は少し暗い。

 親が非人道的な実験と関わっていたんだから、そりゃそういう顔になるよな。

 ……ベスタは、研究者を恨まなかったのだろうか。

 えーと、と偽ベスタはページを捲り戻す。


「初めて読んだけどさ、ひどい。他の紙束にもこんなことが書いてあると思うと気分が……。それじゃ、何か質問ある?」

「研究報告書のことはもういいよ。……けどこれ、誰に報告してたんだ?」

「さあ? 報告書だからって依頼された訳じゃねえっぽいし、当時は神類を研究者の好きに使ってたんだろうよ」


 胸くそ悪くて仕方ない。

 ……こういうイヤな感情はしっかり湧き立って来るんだよな、ちょっと落ち着こう。

 スー、ハー、と深呼吸すると、偽ベスタがこちらを見てきた。

 顔は無表情で、何も言ってこない。


「何だ?」

「わたしが付けてきた香水の匂い、気に入ったのかなと」

「いいや。気分悪くなったから深呼吸して、落ち着こうとしただけだ。それに香水の匂いなんてしないぞ」

「ありゃ。薄かったか」


 香水……。

 そんな見た目の服装でも付けるのか。


「じゃあ行こうか」

「……ああ」


 進むと、通路の先には不自然に木製のドアがあり、本棚壁の廊下へと通じていた。

 偽ベスタがおれたちの背後に付いて歩く。


「ベスタはこれから帰るのか?」

「いいや。実はワースからキミが殺されそうになったと聞いて、二人のことを気がけておくよう頼まれてるんだ。都市に着くまでは近くにいるよ」

「イドのことはともかく、おれが死んでも困るようなことはないと思うんだけど」

「困る。ベスタは最近になってようやく、キミを傍に置けたんだぞ? 見えてるのに何もしてやれなかった相手をようやくだ」

「そうか」

「ああ。原種の中でも特に! キミはベスタにとってダイジな相手だ。くれぐれも変な気は起こさないでくれよ?」


 偽ベスタはからかうような言い方をする。

 見ると、身をすぼめながら目を細めた。


「原種かどうかは関係ないだろ」

「ある! キミら原種は、親の形見のようなものだからな」


 目を瞑り、「うん」と一人で言いながら、偽ベスタは納得したかのように頷く。

 

 分からない。

 プライスを助けてやりたかった。

 そんな気持ちを持つだけで何もやってこれずにいたおれとは違い、ベスタは行動し続けてる。

 ……ベスタはどんな気持ちで、おれや他の信獣、獣人たちを助けているのだろうか。

 今までも考えてはいたが、あの明るさだし……イマイチ想像しづらいままだ。

 本当にベスタは親のことを気負って、死亡者ゼロをやってるのか? おれのことを、ホントはどう思ってる?

 何かを見落としてる気がする……。

 おれも、おれなりにでも信獣を助け続ければ、いつかは気付くのだろうか。


「まあそう思い悩むな! 雰囲気次第でグイッと行くのだ! それにキミ、いい働きをしているじゃないか。イドへの寄り添いはナイスだったぞ!」


 何の話を偽ベスタはしているんだろう。

 でも、そうか。

 あのままイドから殺されていればとも思っていたが……おれはイドに寄り添おうとしたんだ。


 廊下を抜け、来た時に見た室内に着く。

 アリエスがまた、本を読んでいる。


《あの、フィルさん。お帰りなさいませ。ママとメイド長さんは今留守にしているので、待っていてください》

「アリエスちゃあん! 元気にしてたか?」


 偽ベスタがアリエスを椅子ごと抱きしめ、むふふと笑う。

 アリエスは満更でもなさそうな表情で、ページを凝視する。

 そうか、知り合いか。


《元気です。あの、ご用件は?》

「アリエスちゃん、外へ出る時が来た。行くぞ都市へ!」


 偽ベスタはアリエスを椅子から持ち上げると、赤ん坊を扱うように抱っこした。

 アリエスは顔を真っ赤にしながら困惑している。


《あ、あの。神類に対して無礼ですよ》

「ベスタちゃんとジェミニさんが待っているぞ! いざ!」


 ……読んでいた本は置き去りにされたまま、アリエスは連れて行かれる。

 キィッと、タイミングを見計らったかのようにメイド長が別室から出てきた。

 本を両手で胸に抱くように、持っている。


「プラチナコインは見つけましたか?」

「「はい」」


 おれはコインを指に摘んでメイド長に見せた。

 イドは手の平にコインを置いている。

 ……おれも、自分の手の平へコインを置く。

 ちょっと自分が図に乗っていた気がしたからそうしたのだが、メイド長はこちらを見て口元を緩めて少しの間、震わせる。

 なぜ笑いかけたんだ。


「お疲れ様でした。これで鍛錬は終了です」

「鍛錬……」

「ええ、鍛錬です。すぐに終わりましたし、肉体面はどうか分かりませんが。精神面に多少の変化はあったのではありませんか? どこが良い方へと変わったかを帰宅後じっくり考えて、これからの糧にしてください」

「考えても分かりそうにないのですが」

「お二人でどういった会話をしたか。そして悪状況の中でお互いのためにどういった行動を取ったか。フィル様とイド様、お二人ともその辺りを考えてみるといいでしょう」


 イドは申し訳なさそうにこちらを見る。

 良い方への変化なんて、あっただろうか。

 悪状況……。

 その中で取った行動と言えば、お腹が空いた時に草を食べ、イドから襲われそうになって逃げたくらいだ。

 でも言われた通り、帰ってからじっくり考えてみるか。


「フィル様。これをお渡ししておきます」

「ベスタ様のアルバムですか」

「ええ。どう読まれるかはご自由に」


 メイド長の胸元から離れたアルバム、その表紙は白い布のカバーに包まれていた。




 また飛行機に乗る。

 行きで一緒だったワースがいなくて、イドとメイド長がいるのは少し変な気分だ。

 イドは叱られでもしているような様子で、こちらを悲しそうに上目遣いで見る。


「イドさん。おれを襲ったことも、おれと死のうと計画していたことも許しますから。元気出してください」

「……ありがとう。でもアタシ、これから何のために頑張ればいいんだろう。ただ生きてるだけなんてつらいし、頑張り続けるのもつらいのに。偽物ちゃんだって、もうすぐ死んじゃうし」

「頑張らなくてもいいですよ。過去のことはこれっきりにしましょう。おれだって、まだ生きてるんですから。……これから楽しくなることだって、あるはずです」


 イドは静かに頷く。

 コインを見つけた後でも、イドは似たようなことを言っていた。

 イヤな気分がおさまらないのだろう。

 なんとかしてやれないものか。 


 空港に着き、メイド長の運転する車で静かな車内から外を眺めた。

 町並みを見てると、様々な人々が車に乗っていたり、歩道を歩いていたりしている。

 身近なのに遠いもののようだ。

 イドは窓際に頭を付けて眠っている。

 ……身近なのに遠いもの。

 変な言葉だ。

 大切な人がいなくなっても大切に思う。

 おれがそのやり方を間違えているから、出てきた言葉のような。


 イドが家へと入るのを見届けた後、そこで待っていたベスタと二人で帰り道を行く。

 メイド長は一人、車に乗って帰ってしまったらしい。

 チャリ、チャリといつもの様に鍵が鳴る。


《鍛錬おつかれさまでした。予定より早いですが、これでイドさんのお手伝いは終わりとします》

「なぜですか?」

《イドさんの状態がいい方へと変わりまして。トラウマが回復する方向に向いたからです》


 そんな簡単に予定を変えてくるとは。

 ベスタの様子は、焦っている風には見えないが……。


「他にも理由があるのでしょうか?」

《フィルも、プライスさんの自殺理由がどんな内容でも……そのままを受け止められると思ったから》


 ベスタの言う通りかもしれない。

 おれはプライスとの約束を守るより、自分の間違いを正しながらこれからを生きたい。

 ベスタは黙ったまま、少し歩く。


《そして素晴らしい成果を出してくれたフィルには、特別な賞与を出します》

「ありがとうございます」

《これからも頑張ってくれると嬉しいです……けど、自殺理由を聞いた後は親孝行しなきゃなんだよね。……とにかく、問題を二つ出すよ》


 そういえば言ってたな。

 さて、どういった問題だろう。


《問題はご飯食べてから、ワースの部屋で出題します!》

「分かりました。……って、何でワースの部屋なんですか?」

《プライスさんの自殺理由を知ってるのはワースだし、ワースにもフィルの答えは聞いておいて欲しいから》


 ふむ、何だか律儀だな。

 わざわざワースの部屋にお邪魔する必要あるのか、分からないままだけど。


「分かりました」

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