第5話 死者と霊能力者。

 初めての仕事は、失敗だった。


《何処から漏れたのか、どうして林檎君だけなのか考えたんですよ。それで刑事さんから聞かせて貰ったけれど、君が術者だね》


『はい、すみませんでした』


 怨みを扱うなら、だからこそ、怨みを買わない様に慎重に扱うべき。

 怨みを晴らす為に別の怨みを買えば、寿命は縮み、時に怨嗟の連鎖を引き起こしてしまう。


《素人ならまだしも、今回はやり過ぎですよ》

『はい、仰る通りです』


 僕の家系は管狐や犬神、それこそ蠱毒も扱う家系で。

 ひょんな事から刑事さんと出会い、腕試しにと犯人を炙り出そうと試みていた。


 先ずは被害者の霊に力を与え、何かしら影響させようとした。

 けれども犯人は影響されず、次の手、蠱毒を仕向けた直後。


 彼らが関わってしまった。


《俺だから暫く静観しようと思えたけれど、林檎君の様なモノにすら見えそうな程、霊に力を付けさせるのは間違いなんじゃないだろうか》

『はい、すみません』


《少し与えただけ、か》

『はい、すみません』


 本当に、ほんの少しだった。


 ただ、あまりにも残虐な殺され方をしていた事、その数も相まって。

 一気に怨霊化してしまった。


《俺も半人前だけれど、アレはダメだ。貸し2つ、それと今回は俺に任せろ、良いな》


 他の霊能者が既に関わっている、その事に動揺してしまった為、蠱毒は標的とは違う者へ向かってしまった。

 そして、一緒に居る者との相性が悪く、無関係な者に蠱毒が憑いてしまった。


 彼は梓巫女。

 霊視は勿論、術式も口寄せも出来る者が、まさか雑誌社の人間と懇意にしているとは思わず。


 夢虫と口寄せの相性が良過ぎてしまい、無辜の素人を夢現の世に長居させ。

 下手をすれば、現世に戻れなくさせていたかも知れなかった。


『2つ、だけで宜しいんでしょうか』


《はぁ、例え半人前でも足元を見せるな、郷から出たば。降りて来たばかりか》

『はい、すみません』


《なら余計にアレは無理だろうな、しかも都会に不慣れだろう。俺に任せろ、貸し2つ、良いな》

『はい』


 僕が任されたにも関わらず、犯人を炙り出し解決に導く事は、彼に任せる事になってしまった。

 山の民を始祖に持つ梓巫女、裏切り者と呼ばれる血筋に、頼る事に。




《Y村Mちゃん、ご存知ですよね》


 結局、俺が尻拭いをする事になった。

 と言うか、ある種の縁が繋がったんだろうな、林檎君を経由して。


「あー、利用者の方に、居たかとは思いますが」

《目の前にいらっしゃるので、何かご存知なのかと思ったんですが。無関係でしたら、他のも纏めて祓っておきますね》


 俺の予想では、ココで適当に扱われるか、変人扱いされるかと思ったんだが。


「居るんですか!あの子が!」


 司書に両腕を捕まれ、俺は一気に体が重くなった。

 怨霊と化したモノの影響が、俺にまで。


《もしかして、お会いしたいんですか》

「勿論です、ただ、僕にはそこまでのお金は無いので」


《タダで構いませんよ、少し付いて来てくれれば直ぐですから》

「はい、宜しくお願いします」


 刑事や術者を疑っているワケじゃないが、こうした反応からしても、どうしてもコイツが犯人だとは思えなかった。

 彼の事を知るまでは。


《この塚に触ってみて下さい》

「はい」


 司書は躊躇いも無しに庚申塚に触れた。


 庚申塚は三尸虫を抑える為の塚だとされているが、寧ろその逆、三尸虫が地獄と現世を行き来する場。

 だからこそ猿田彦大神や道祖神、死を司る青面金剛が合祀され、繋がり通じる場所となっている。


 となれば、関われば見えて当然、触れて見える様になるのは当たり前の事。


 ただ、見えているにも関わらず。

 彼は寧ろ、嬉しそうな顔をし、涙すら浮かべている。


《見えていますね》

「はい、ありがとうございます。やっぱり居てくれたんだね、良かった」


 けれど、声は聞こえてはいないらしい。

 この大絶叫も、悲痛な訴えも。


《どうして、食べたんですか》

「一緒に居る為ですよ、皆さんと一緒に居る為に」


 コレはアレには手に負えないワケだ。

 可笑しい、常人とは明らかに違う。


 けれど、悪意は無い。


《寂しかったんですね》

「はい、もうご存知だとは思いますが、僕には両親も親族も居ないんです」




 確かに結婚はしました、子供も居ます。

 けれど、とても寂しく、とても不安でした。


《それで殺したんですか》

「結婚してから数年した時、妻が縁日で掬い上げた金魚が亡くなり、庭先に埋めたんです」


 そうして、コレから先も見守れる、見守って貰えるんだと。


 だからこそ、庭先だけじゃなく、職場の近くにも埋めたんですけど。

 金魚にも、彼ら彼女達にも見守って貰えている実感が無くて。


 どうすれば良いか調べていると、骨噛みの事を知り、仏様も食べられた事を知って食べる様にしたんです。

 金魚も掘り起こして飲み込んで、彼ら彼女達も掘り起こし、飲み込んだ。


 来世でも一緒に居られる様に、家族として一緒に居られる様に。


《では、Mちゃんは》


 利発なMちゃんが姉だったなら、猫好きの優しいお婆さんが祖母だったなら、あの素直な子が弟だったなら。

 そうやって家族を揃えたんです、地獄でも極楽浄土でも、一緒ならきっと幸せになれる筈だと思って。


「ですけど、僕が気付かなかっただけで、こうしてずっと見守ってくれてたんですよね」


《アナタには、血の涙を流しながら絶叫している様には見えませんか》

「勿論見えてますよ、それだけ僕を思ってくれてるんですよね、嬉しいなぁ』




 営業許可証も無しに、若い男子が占いの店を路上に出していて、気紛れに行方不明者を探し当ててくれたら許すと言ったら。

 ココまでの大事になるとは、正直、思ってもいなかった。


『すまなかった』

「いえ、僕の方こそ、門外漢なのに出しゃばってしまって」


『いや、だとしても、だからこそ君には正直に』

「お相手の方にも関わる事ですし、真相を教えて下さったら十分ですから」


『あぁ、何の事は無いよ、元は家庭の事情からだ』


 暴力や暴言は、愛情の一種だと思い込める様な家に育った。

 お前達の為だ、愛するが故だ、と。


 そのまま育てば、周囲も直ぐに異変に気付けただろう。

 けれども、母親が言っていたらしい。


 コレは私達だけに通じる事、アナタはアナタの方法を探しなさい、見付けなさい。

 そうして彼は、妻にすら暴力を受けていた事を気付かれず、結婚し子を成した。


「根は真面目で素直な方なんですね」

『あぁ、コチラが困惑する程にね』


 けれども、静かで穏やかな生活は、彼に不安を与え続けた。


 母親は父親からの愛故に殺され、父親は愛故に自死。

 彼を置いて2人は亡くなった、愛故に。


 そして静かになってしまった一軒家で暮らす事が苦痛となり、少しばかり荒々しい長屋に住み、落ち着きを取り戻した。


 彼にとっては、怒声や泣き声は子守唄になるらしい。

 私達で言う所の、耳心地の良い雨音だそうだ。


「そして、結婚したものの、寂しさは紛れなかった」

『怒らず、怒られず、泣かさず泣かされず。それで本当に愛しているのか、愛されていないのではないか、そうした不安と寂しさが有ったらしい』


「そして寂しさと不安から、家族を増やす事にした」

『殺しは悪い事だとは理解しているんだ、ただ』


 理不尽に命を奪う事は、悪い事だとは理解してはいる。

 けれど私利私欲の為だけでは無く、結果的に全員が幸せになれる筈だ、と。


 Y村さんの娘さんは、アナタの様な弟が欲しかった、お婆さんはこんな孫が欲しかったと。

 そして男児も、こんな兄が欲しかったと言っていたから、殺して家族にしたんだそうだ。


「彼に、改心を願うべきなんでしょうか」

『そこも、困っている所なんだよ』


 片手では収まらない程の人数、他とは違う死生観や罪悪感、生い立ち。


 そもそも改心するのか。

 改心するとして、一体どれ程の時間が掛かるのか。


 そして何より、彼も被害者。

 理解させ、改心させる事は、過度に傷付ける行為になるのでは無いのかと。


「奥様が弁護士だそうで」

『それに被害者家族の多さもだ』


 即刻死刑を訴える者、改心を願う者、もう関わりたくないとする者。

 其々がバラバラで、しかも被害者がどう思うかも慮ると、だ。


「僕としては、後世の役に立って欲しいですね。似た様な被害者や加害者が出ない様に、専門家の議論と実行がなされればと。素人考えですが、そう思います」


『あぁ、そうだね、コチラでもそう動かせる様に仕向けてみよう。だからこそ、君の方も頼むよ』

「はい」


 林檎君を巻き込んでしまい、大変申し訳無いとは思う。

 思うけれども、コレで良かったのだとも思う。


 単に霊を見せただけでは喜ばせるだけに終わり、自白も無いまま。

 真相は永遠に闇に葬られていただろう。

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