第3話 死者と司書。

「えっ、窓の外に怨霊が」

《はい、どうやら同業者が関わっていたみたいで。すみません、逆恨みを避ける為、敢えて遠ざかる事にしたんです》


 本当は社に戻りたかったんですが、僕が荷造りしている最中に、神宮寺さんが会長とすっかり話を決めてしまっており。

 電話を代わった僕は、会長命令で強制有給休暇を取らされ、夜行に乗る事に。


「何で明朝に言ってくれないんですか、怖いじゃないですか」

《良いじゃないか個室なんだし、凄いね、B寝台しか乗った事が無いんだ》


「もー」

《使役されたり憑いてるモノは、あまり距離が離れる事が出来無いんだよ》


「だからって、夜行は、まぁ確かに離れる事が出来ますけど」

《それこそ刑事さんへの対応で僕らに構えなくなる筈だ、ほとぼりが冷めるまで、休むついでだよ》


「コレ、僕の、自業自得ですか」

《まぁ、そうだね》


「すみません」

《いや、もし司書君が術者本人なら、あんなに堂々と憑けてる方が悪い。それに同業者に見破られたなら、素直に引き下がるのが決まり、怨霊を飛ばすなんて逆恨みの嫌がらせだよ》


「こう、祓うと、更に逆恨みされるかも知れないんですよね」

《祓う程度なら何とも無いとは思う、けれど完全に成仏させると恨まれる可能性が高い。それに彼が犯人か術者かは分からない、だからこそ、正当な怨み返しかも知れないから様子を伺いたかったんだけれどね》


「害が無ければ関わるなって、そう言う事も含んでの事かも知れないって事ですよね、すみません」


《もし司書君が術者で犯人なら、彼が追い詰められるだけ。もしどちらでも無いなら、林檎君は彼を救った事になる、賭けようか》

「こんな時にですか?」


《じゃあ林檎君にとって、最悪な状況は?》


「彼が犯人で、死者が恨みを晴らせない事です」

《けれど君の伝手と僕の伝手を使えば、何とかなるんじゃないかな》


「また、書けないわ神宮寺さんに苦労掛けるだけ、なんて事が嫌なんですけど」

《まぁまぁ、折角だし、港町での事や汽車で見た悪夢について教えるからさ》


「余裕そうですね?」

《視える者にとっては、今回は特に、生者の方が怖いからね》


「まぁ、でしょうけれど」

《まだまだ、今よりも怖がりの頃、夜行に乗る事が有ってね》


「ダメですダメ、今回はダメです、神宮寺さんの初恋についてにしましょう」


《無い場合は?》

「は?お付き合いしてらした方が居ますよね?」


《アレはまぁ、実は、半ばお客さんで》

「は?」


《いや、気立ての良い未亡人さんで、その相談にね》

「えー、じゃあそんなのばっかりだったんですか?」


《それは双方に相手が居ない時で、こう》

「神宮寺さんて軽薄な方だったんですね?」


《いや、好意は有ったよ、好いていたからこそ一緒に居たんだけれど》

「本当に浮気して無かったんですか?」


《無いよ無い無い、絶対に面倒しか無いじゃないか》

「面倒が無ければ?」


《いや、どちらかに相手が居る時点で面倒は必ず起こるんだから、面倒が無いなんて事は無いワケなんだし》

「まぁ、ですけど、何だかガッカリだなぁ」


《いや、本当に、何もかも影響されてしまうから。僕だけの好意なのかと問われると、困るんだよ、本当に》


「初恋も、口寄せだったんですか?」

《意図せずね、相手が死者だと知らず、会ってみたいと強く願ってしまったんだよ》


「それ、詳しく教えて貰えます?」


《載せないでくれるなら》


「もしかして、恥ずかしいんですか?」

《勿論、だからこそ、先ずは君から言い給えよ》


「無いんですよねぇ、本か誰かとなると、本を選んじゃうので」

《可哀想な林檎君は、本の中でも初恋は無いのかな》


「無いんですよねぇ、どんな本でも、コレは僕じゃないなとふと思ってしまいますし」

《あぁ、難儀だねぇ》


「良く言われます……そんなに恥ずかしい思い出なんですか?」

《色々な意味でね》


「じゃあ影響を受けずの初恋はコレかも、とかは」


《浅いのなら、裏が見えて、冷めちゃってね》

「あー、分かります、ちょっと良いなと思っても直ぐに見えちゃって。惚れる間が無かったりはしますよ」


《ほう》


「もう、食べましょうか、着くのは早い時間ですし」

《良いのかい?今日は本当に霊が見えてしまうかもよ?》


「今日は気分じゃないので止めておきます」

《成程、君が拒否をしたから僕も拒否だ》


「成程、失敗や失敗談についての特集も良いかも知れませんね」

《本当に君は仕事中毒だね、頂きます》


「あ、どうぞどうぞ」


 



 僕は長い夢を見ました、神宮寺さんの初恋の思い出が焼き付いていたらしく。


《はぁ、夢に見たよ》

「僕もです、不思議ですね、同じ夢を見るなんて」


《君は、本当に想像力が豊かだね》

「えへへ」


 そして到着前に準備を終え、無事に下車する事に。


《にしても、こんなに寒いとは思わなかったよ》

「あ、神宮寺さんは東北に来た事は?」


《無いよ、恩師は関東より南に住んで回っていたからね》

「そうした縄張りって決まってるんですか?」


《いや、合うか合わないか、それと好みらしい》

「あぁ、結構雑なんですね」


《細かく決めても利が無いし、呼ぶ事も有るからね》

「成程」


《ココから、どう行くんだろうか》

「あ、電話してきますね」


 幸いにも朝食の最中の家族に電話が繋がり、1時間もすれば来てくれる、と。


《乗る前に電話しておくべきでしたね》

「仕事の振り分けでいっぱいいっぱいでしたし、このまま蕎麦屋にでも行って飲んでしまいましょうか」


《良い体たらくっぷりですね、そうしましょう》


 そうして早朝だと言うのに開いている駅舎近くの蕎麦屋に入り、卵焼きと漬物で1杯。

 僕は地方新聞の夕刊、神宮寺さんは昨日の朝刊を読みながら、呑みながら。


 そうして味の濃い熱燗で体がすっかり温まった頃、待ち合わせの少し前に出て、蕎麦屋の噂を教える事に。


「あの店、年中無休で常に開いてる蕎麦屋で有名なんですよ、しかも同じ顔の人間が働き続けている」


《ほう、どんなカラクリなんだろうか》

「簡単なんですけど、実に驚きなんですよね」


《あぁ、まさか双子、とか》

「正解です、簡単過ぎましたよねぇ」


《いや、君が意味深に言うからこそで》

「あ、伯父です、伯父の車だ。アレの後ろに乗って温泉に行ったんですよ」


《あぁ、アレが例の》


 そうして僕らは荷台へ。


「さ、一眠りしましょうか」

《成程》


 荷台にシートを被せるだけでも、中は暖かい。

 そして鞄を枕に、ウトウトと。


 昔の道順通り、右に曲がって真っ直ぐ。

 それから少しまた右に曲がってからは暫く真っ直ぐ、それからウネウネと。




「着きましたよ神宮寺さん」


《ん、ぁあ、熟睡してたらしい》

「ですね、死んだかと思う程に」

『なんもお構い出来ませんけど、ゆっくりしていって下さい』


《あ、すみません、ありがとうございます》

『なもなも、へば行ってくるはんで、覚も適当にしてなが』

「はーい、行ってらっしゃーい」


《訛らないんですね》

「コレでも我慢してるんです、さ、どうぞ」


《あ、念の為に塩を》

「あ、はい」


《さ、お邪魔します》

「どうぞ」


 神宮寺さんに塩を撒かれたせいか、やけに静かな実家が怖い。

 怖がりって、伝染るんでしょうか。


《どうしたんですか?》

「塩のせいで、慣れない事をしたせいか、少し怖くなってしまって」


《流石にココまで来て影響は無い筈ですよ、追い掛けて来て無ければ》

「追い掛ける事って出来るんですか?」


《ソッチ側の方と話した事も無いんですけど、多分、相当でなければ無いですよ》


「相当」

《それこそ犬神だとか、管狐だとか、でも大概は金持ちの呪詛返し用に雇われているのが殆どだそうで。逆恨みでココまで来るのは、流石に費用が出ないんじゃないですかね》


「そう、経済的な問題が無ければ」

《心配なら、神社仏閣にでもお参りしますか?》


「あ、行きましょうか、何だか家が怖くて」

《なら挨拶に行きましょうか》


 念の為に置き手紙をし、歩いて15分先の神社へ。


「こう、何で山の上に有るんですかね」

《林檎君の考えは、どうなんですか》


「あんまり気軽に行けると、何でもかんでも、ホイホイと願ってしまうからでは、とかですね」

《林檎君でも、息が上がるんですね》


「ココ、急ですから、流石に歩くようには無理ですよ」


 昔は、何でこんな辛い思いをしてまで、と思ってましたけど。

 逆なんですよね、そこまでしてお願いしたいんです、って事を簡単に伝える手段にもなりますから。


《はぁ、良い眺めですね》


 秋空は絵具を垂らした様に真っ青で、見慣れた景色の筈が、確かに何だかとても綺麗に見える。


「見慣れてる景色の筈なんですけどね」

《産土神さんが歓迎してるからだそうですよ、お帰りなさい、と》


「あ、ただいま戻りました、暫くお世話になります」

《本殿でも言いましょうね、名前も》


「あ、はい」


 そうして憂いも忘れ、すっかり安心した筈が。


《難しい顔をしてますけど》


「もしかして、神宮寺さんと一緒だからですかね」


《失礼な、と言いたい所ですが、最初が最初ですし。今も今で奇妙な理由ですしね、昔はこんな時はどうしてたんですか?》

「一緒に畑に、ぁあ、怪我をした時にこう静かで寂しかった記憶が有るからかも知れません」


《そんなに深手だったんですか?》

「図工の時に、こう、ザックリと」


《あぁ》

「初めて1人で留守番をしたんですよ、本が読み放題だと最初の方は喜んでたんですけど。あんまりにも静か過ぎて、堪らなく不安で寂しかったんですよね。だから次の日には良い子にしてるから、一緒に連れてってくれって、それで車の中で本を読んでたんですよ」


《それ以来ですか?》

「ですねぇ」


《だから寮生活なんですかね》

「確かに、特に不満も無いですしね」


《早く結婚した方が良さそうですね》

「あ、蔵をお見せしますね、僕の愛蔵書達」


 そうして神宮寺さんに本を貸す為、蔵へ。

 ココは怖くないんですけど、相変わらず家が怖いまま。


 コレは多分、神宮寺さんのせいでしょうね。

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