第4話 E橋殺人事件。

 日が陰る頃、俺達は再び神社へ。

 これは一種の避難措置でも有る。


 怪談は怪異を呼ぶ。

 それが本当だからこそ、俺は見てしまったし、見える様になってしまった。


《では、始めますね》

「はい」


 林間学校の宿舎の鏡に突っ込んだ俺は、次に真っ白い天井に驚いた。

 宿舎の天井は良く有る木目だった、しかも自分がどうなったのか全く分からない状態で、思わず飛び起きた。




《ココはっ》

『大丈夫、病院よ』


《先生、何で僕は》

『あら、覚えていないのね』


 俺は引率の女教師に付き添って貰っていた、そして割れた鏡の前で倒れていた事、半日眠り込んいた事。

 そろそろ親が来るとも教えられた。


《すみません》


 俺は、覚えている事を口に出来無かった。

 もし言えば、気狂いだと思われてしまうかも知れない、そう思い何も言えないまま。


『良いのよ、頭を打っているから上手く思い出せないかも知れないって、お医者様も言っていたのだし。今は痛い所は?気分はどう?』


《あの、厠に》

『あ、アナタの中に管が入っているの、全く目を覚まさなかったから』


《えっ、管?》

『それは気にしないで、先生本を借りて来たのよ、どれが良い?』


 俺は関心の違和感に気を取られながらも、取り敢えずは冒険譚を手に取り、暫く読んでいると父親がやって来た。


「どうも、お世話になりまして」

『いえ、コチラこそ……』


 挨拶も程々に、2人は部屋を出て行った。

 暫く時間が掛かるだろうからと、俺は読書を再開し、夢中になっていると。


 コンコン。


 何処から聞こえたのか分からず、最初は無視したが。


 コンコンコン。


 戸の方から聞こえた気がして、返事をしようとした。

 けれど、不用心に返事をしてはいけない、そう教えられていた俺は敢えて無視した。


 コンコンコンコン。


 叩く音が、1つずつ増えている。

 誰か子供が悪戯しているのだろう、俺はそう思う事にして、本へ集中しようとした。


 けれど。


 コンコンコンコンコン。


 間隔が早まり、心無しか強さも強くなっているかも知れない。

 そう少し恐怖を抱いていると。


 コンコンコンコンコンコン。


 ドンドンドンドンドンドンドン!


 怖くなった俺は、音の方向を凝視し、完全に固まった。

 布団を被れば布団から出る時が怖い、目を逸らせば、目を逸らした先が怖い。


 ドンドンドンドンドンドンドン!ドン!


 徐々に大きくなり、最後に最も強く重く鳴った音を最後に、静かになった。


 何かが来る、何かが来たんじゃないか。

 既に、ココに居るんじゃないのか。


 そお恐怖の絶頂の中、戸が勢い良く開き、俺は絶叫した。


《イヤだーーー!》


 けれど、血相を変えてドアを開けたのは、父親だった。


 向こうからも、戸を叩く音が聞こえていたらしく、最初は俺の悪戯か何かだろうと無視していたらしい。

 けれども手数も多くなり、音も大きくなった為、仕方無く相手をしようとドアを開けようとしたが。


 開かない。


 閂でも掛けたのかと思う程、大の男が開けようとするも、全くびくともしない。

 それどころか戸がビリビリと震える程に音は大きくなり、叩く回数もピッタリ1回ずつ増えた。


 そしてコチラと同じ様に、最後に大きな音が鳴り、静かになった。


 あまりの事に途中から手を離していた父は、俺に何か有ったのではと、再び戸に手を掛け。

 勢い良く開けた。




「怪異、だったんでしょうか」

《そこで直ぐに父が恩師に連絡してくれて、遠見で霊視をしてくれたんですけど、どうやら僕に集まってしまったらしいと聞かされました》


 けれど、神主と言えど霊能者が無いお父様が出来る事は僅かで。

 お清めの塩を急いで手に入れ、病室を清め、四方に盛り塩をして凌いだそうで。


「相部屋だったら大変でしたね」

《状態が状態だったので個室だったそうなんですけど、幸いと言うべきかどうか》


「僕、正直、凄い怖いんですけど」

《ですよね、見えてますから》


「えっ」

《現場近くに、行ってみましょうか》


「はい」


 こうして僕の方が怖がっているのでは、と思う程に僕は恐怖心を抱きながら。

 神宮寺さんと件の現場へと、足を向けたのです。




《やっぱりまだ、封鎖されてますね》

「ココへ来て、改めて思い出せる事は無いですかね?それこそ目端に何か見たな、とか」


 成程。

 そう誘導する手も有ったか。


 彼は実に便利で、有用だ。


《いえ、ただ。アレは多分、男性の血ですね》

「あ、見えてるんですね」


 見えているどころか、コチラが見えると気付いて、俺の目の前に居るからな。

 それこそ目の前に、何を言ってるかは聞き取れないが、必死に訴えている。


 少なくとも、死を悟る様な死に方をしていないからこそ、昨日は居なかった。


 彼はいつもの様に起き、違和感に気付き、歩き回り。

 そして自分の痕跡を見付け、死を悟ったのだろう。


《誰に殺されたのか、分かりますかね》


 まだ、言葉は通じる。

 ただコチラに声は届かない、死んだばかりはあまり自由が利かないらしく、色々と慣れるまでは大概がこうだ。


「どう、ですか」


《犯人の家を案内してくれたら良いんですけどね》


 男は言葉が通じない事に気付いたのか、コチラの言葉が伝わったのか。

 俺達が来た道へと歩き出した。


「あ、分かるんですね」

《多分、ですね、強い印象に引っ張られるそうで。偶にこうして逆恨みする場合も有るそうですから》


「あぁ、成程」


 そして向かった先は、集合住宅の一室。


 霊は犬並みの頭だと、祖母が言っていた。

 少し経てば記憶を失くし、執着している事ばかりを何度も繰り返す、そうしてその場に縛られる事になる。


 そして忘れる感覚が短くなり、頻度が狭まる。


《あの部屋、角の部屋に入って行きました》

「成程」


 もし女の部屋なら、多分、暫くは出て来ないだろうな。


《どう、しましょうかね。お相手のお部屋なら、暫くは出て来ないでしょうし》

「確かに。あの、少し気になっている事が有るんですが」


《どの、事ですかね》

「例の病院の怪異です、それと宿舎の怪異の正体です」


《あぁ、恩師曰く、両方共に浮遊霊だったそうです。それらが固まって、僕が見たくないと思った形で現れた》


 コチラの頭の中が全て見えるワケでは無いけれど、所謂、感じ取って形を成した。


 先生に尋ねられたくない、尋ねられては困る。

 そうした雰囲気を察し、浮遊霊達が尋ねに来た、そして脅したワケだ。




「饅頭怖い」

《そうですね、そして恐ろしい姿形をした饅頭達が脅しに来た》


「何で脅すんですかね?」

《気付いて欲しい、何とかして欲しい。ただ、どうして欲しいか、何をして欲しいかを忘れてしまっている。だから払って終わり、ですね》


「それより強固な者だと」

《怨念となる、ただ、いきなり怨霊になるには相当苦しめないと無理なんだそうですよ。大概は生きる苦痛が有りますから、そこから解放されて、しかも供養をされれば殆どが自然と成仏する》


「あ、神仏習合なんですね」

《全く別物では無いですからね、特に人の死となれば仏教ですけど、人を神とし祀る事で供養する方法も有りますから》


「天神様ですね」

《ですね》


「その彼は、どうなりそうでしょうか」


《分かりませんが、ご遺体が見付からず、供養もされないとなると被害が出るかも知れませんが。そうなってからの方が、良い場合も有りますから》


「犯人の場合は、ですよね」

《何度も悪夢に見て自主して下さるなら、結局は被害者やご遺族の為になりますから》


「となると、どちらも様子見、ですかね」

《ですね》


 ご契約頂きましたが、印鑑が未だですし。

 出来れば所在地も確認したい。


「あの、ご自宅まで伺わせて頂いても宜しいですか?印鑑を、出来れば、と」

《あ、はい》


 亡くなられた方には悪いのですが、良いご縁を繋げて頂けたと思います。

 その分、何処かで手を合わせますので、どうか化けて出ないで下さい。


 お賽銭も弾むので、どうかお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る