第66話
私は、証拠がないことは分かり切っているというのに、意地悪にも彼女らを追い詰めようとした。が、思っていたような反応は返ってこず、彼女のグロリア先輩の余裕そうな態度は変わらなかった。
「証拠、証拠ねえ。ああ、大事なことだ。それが無ければ話にならない」
「そうだ。で、あるのか? 証拠は」
「今はない」
「どういうことだ?」
意味が分からず問いただすと、彼女は丁寧に答える。
「今回の懸念を教頭先生に伝えたところ、魔力の残滓を感知する魔道具の使用が許可された」
「ほう」
魔力の残滓だと? 何それ聞いたことないんだけど。この世界では常識なの?
「貴様の魔力が聖女から確認されれば、それが洗脳した動かぬ証拠になる。証拠が出れば、貴様には学園を退学してもらう」
「ああ、分かっ……退学?」
「当然だろう? 今回の被害者は聖女だ。軽い処分では済まない。今回のことで証拠が出れば、貴様は聖女に対し危害を加えたこと、及び、学園の規律を乱した罪で退学処分だ。その程度の裁量権は持っている」
「……ああ、そう。好きにしろ」
無論洗脳なんてしていないから大丈夫なはず。……だよね? 祭りのときの髪色を変えたときの魔力は流石に残ってないよね? 魔力の残滓が良く分からないせいで変に不安になってしまう。
「その前に小細工や洗脳を解除されて証拠を消されたら困るからな。こうして、放課後すぐに迎えに来たというわけだ。下手な真似はするなよ?」
ぎろりと、その長身から繰り出される鋭い目が私を射抜く。彼女の性格からして、
「では、私たちは先に生徒会室へ行くから、君たちは聖女を呼びに行ってくれたまえ」
「分かりました」
にやにやとこっちを見ながら、去っていく取り巻きの男。セリに嫌われているのは自業自得だってのに、責任転換するなよ、まったく。せっかく応援してたのに。
無言のまま、私とグロリア先輩は歩く。珍しい組み合わせに注目が集まるが、生徒会室は思ったよりも質素で、実用的な雰囲気が漂っていた。ばたんと扉が閉まれば、外の喧騒は聞こえなくなり、二人きりになった生徒会室でグロリア先輩は話し始める。
「なあ、ルイス、お前は本当に洗脳したのか?」
「答えると思っているのか? それにそう思っているからこそ動いたんじゃないのか?」
「彼らがそう言っているから動いたまでだ。私は実際に聖女を見たわけではないからな。それに、今までルイス・ロベリヤの悪行については様々な噂が飛び交っているが、いくら調べても証言しか出てこない。闇魔法で隠しているのか、どうなのかは分からんが、伝え聞くお前の人間像と今回のこれとはあまりに違いすぎるからな。どうにも信じられなくてな」
「さあな、何を言っているかさっぱりだ」
「そうか。……まあ、いい。どちらにせよ、すぐに分かることだ」
彼女がそう言った瞬間、ドアがノックされる。彼女が許可を出せばすぐに先ほどの2人とセリが入ってくる。
「あれ? ここで何してるんですか? ルイスさん」
どう言って連れてきたのか、私がここにいることに驚きの声を上げるセリ。そんなセリの様子を見て取り巻きの男は勝ち誇ったように言う。
「ほら、聞きましたか? 明らかにおかしいですよね? 夏休みに入る前はルイスとなんか一言も喋ったことなんてなかったのに!」
もう吹っ切れたのか、私の前で堂々と私を呼び捨てにする取り巻きの男子。というか、さっきから男子ばっかりでもう一方の女子は喋ってないな。
「静かにしろ。それを今から調べる」
「調べる? 何をですか?」
「こちらの者から、貴方がルイス・ロベリヤに洗脳されているという相談を受けまして」
「セ、こほん。私は、洗脳なんかされていません」
「ええ、ええ。例え洗脳されていたとしてもそう言うでしょう。そのために調べるというのです。協力していただけますね?」
「もちろんです。何をすれば良いのですか?」
「話が早くて結構。じっとしてもらえれば問題ありません。すぐに終わりますから」
そう言うと、グロリア先輩は奥の机の方からバーコードを読み取る機械のような魔道具を持ってきた。それをセリの体にかざすようにして調べ始める。私は祈るような気持ちでそれを見つめた。
時間が過ぎるのが遅く感じられた。唾を飲む音が妙に自分の耳に響く。誰も声を発さないため、グロリア先輩が動いてできる布の擦れた音すら聞こえた。何分経ったころだろうか。突然グロリア先輩の手が止まる。
「ん?」
「証拠が出ましたか?」
「……いや、魔法を使われた形跡は見受けられなかった」
「そんなはずは!」
はああ、良かった。ないとは思っていたが、万が一ということはあった。とりあえず、退学が回避できて良かった。私が胸を撫で下ろしている間に事態は進んでいく。
「これで、ルイスさんの潔白は証明されたということですね?」
「じゃ、じゃあどうしてルイスと?」
「夏休みの間に少し話す機会があって、仲良くなっただけです。聞かなかったのは貴方たちですし、言う必要もありませんよね?」
「ですが!」
大声を出す男子を無視してセリはこちらに歩いてくる。そうしてセリは、グロリア先輩から私を守るように間に立った。
「もう用はありませんね?」
「ああ。時間を取らせて申し訳なかった」
「謝る対象が違うと思いますけど」
「……ルイス——殿、疑ってしまい申し訳なかった」
「いや、仕方あるまい。それが君の仕事だろう? 何事もなければそれでいいさ」
「さあ、こんなところとっとと行きましょう」
「ちょっ」
セリは私の手を引いて、ずかずかと生徒会室を後にした。後ろからは、縋りつくようなか細い声が聞こえてきたが、セリはそれらを無視して歩く。そうして、4人目のヒロイン、グロリア・ルドベックとの初めての邂逅は終わった。
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