第4話「ふりだしに戻る」

あの数学教師の反応に確かな手応えを感じていた私は、それを確実なものにするために不本意ながら鶴山たずやまの協力を仰ぐことにした。


話を聞くだけだったけれど、タイマンで対峙することは避けたかったので、のどかに付き添いをお願いしていた。


「それで?あんたが私に聞きたい事があるだなんてどういう風の吹き回し?用なんて一生無かったんじゃないの?」


(ぷッ…なんでちょっと嬉しそうなんだよ)


「えっと…水曜日の三限、数Ⅰの授業中に教室からいなくなった人がいるんじゃない?」


「何よそれ?そんな人いないわよ?」


「じゃあ、数Ⅰの授業中に何か変わったことは無かった?」


「変わったこと?そうね……ああ、そういえば、お手洗いに行きたいって手を挙げた男子がいたんだけれど、先生に我慢するように言われていたわね」


(やっぱり…あの数学教師が『何か』を握っているのは間違いなさそうだ)


「その後すぐにがあって、校庭に出た後に外のトイレに駆け込んでいたけれど…我慢しなさいだなんて酷い話よね」


「まあ授業前に済ませておくけどね」


「でもすじめちゃん、今日の授業中『お手洗いに行きたい』って手を挙げてたじゃない」


(のどか…余計なこと言わなくていいのに)


「あら?五月七日つゆりのクセにわね」


「それは…ちょっと確かめたいことがあったんだよ」


こういう時の言い訳は苦手だった。普通であろうとする私がイレギュラーなことをすると、すぐにボロが出てしまう。


「時間割のこともそうだけど、理ちゃん…コソコソなにしてるの?」


「あんたに隠し事なんて出来ないんだから話した方が楽になるわよ?」


のどかも、悔しいけれど鶴山も口が堅いことは知っていた。


私はいま解決しようとしていること、そのことについて現時点で分かっている状況を二人に説明した。



「う〜ん…でもさ理ちゃん、数学の佐伯さえき先生ってまだ二十代でしょ?」


「それがどうかしたの?」


「いや、その…前に話した三十年以上も前のこと、佐伯先生と何か関係があるのかなって思っちゃって」


「噂で聞いていたとか、もともと先生達は知っていることなんじゃない?」


「まあ確かに五月七日の言うように『数Ⅰ』の授業中に事が起きていて、二回とはいえお手洗いに行くことを拒んだ事実は間違いないし理解できたけれど…そもそも目的は何なのよ?」


「三十年前みたいなことが二度と起きないようにする為でしょ?」


「それならどうして今年なの?佐伯先生は五年も前からのよ?」


「それは…」


「第一、先生は常に教室に居るのにどうやって非常ベルを鳴らしているの?」


そう言われてしまうと、自分の考えの浅さを証明されたようで何も言えなかった。


そして…何より美織コイツはこうやってズバズバと容赦なく正論をぶつけてくるのだ。


確かに佐伯先生が三十年以上も前のことを知っているのか分からないし、知っていたとして執着する理由があるのだろうか。


どうして今年のこのタイミングで起きていて、そもそも目的は何なのか…鶴山の話を聞く限りC組にも関与していそうな存在はいない。


私の考察は一気にふりだしに戻されてしまった。


*******


迎えた水曜日三限、事が起きるであろう英語の授業中になっても、私は佐伯先生と非常ベル騒動との繋がりを何とか紐付けようと頭を働かせていた。


でも、佐伯先生がこの高校に赴任したのは確かに五年前で、ここの卒業生ではないという彼に、ここまでの事を起こす動機があるとは思えなくなっていた。


ふと窓の外を見ると、体育の授業でソフトボールをしている生徒達の姿が目に入った。


(この暑いなか二年生も大変だな…だけど外に居れば避難なんて必要ないよな)


これから起きるかもしれない事を思い、羨望の眼差しを向けていると、クラスメイトの男子が月曜日の私と同じようにこう宣言した。


「先生、トイレに行ってきて良いっすか?」


女性教諭は壁掛けの時計を見て時間を確認すると、大きくため息をついてからこう言い放った。


「貴方が戻るまで授業は中断させておくから5分以内に戻ってきなさい…それと次からは事前に済ませておくのよ」


そう言うと、教壇に置いていた教師にのみ支給されているタブレット端末を手に取り、何かを打ち込み始めた。


授業を中断されたことに余程腹が立ったのだろう、トイレに立った彼の評価を付けているのか、授業の進捗を記録しているのか分からないけれど、タブレットの画面を力強くタップしていた。


(そんなに慌てて打たなくてもいいのにな…)


ふと時計を見ると、時間は11:20を回っていた。


クラスメイトがトイレから戻ってくると、何事も無かったかのように授業は再開され、何も起きることなく授業は終了してしまった。


そう、この授業中に非常ベルが鳴動することは無かったのだ。

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