第28話 南方電撃作戦を煮詰める

 =1941年6月=


 もう何年も前から南方作戦は練ってきた。


 1941年に入ると急加速する。


「南部仏印への進駐は中華民国とタイ王国の支援を頂戴し無事に完了しました。小規模な衝突こそありましたが、自治政府は平和進駐を受け入れており、通商の再開も合意に漕ぎ付けています」


「南方の電撃作戦に移る時が訪れました。海軍陸戦隊と協議して強襲上陸旅団の整備を進めています。現に甲型強襲艦から乙型強襲艦が多数揃い、特大発と大発も余剰を抱える程です」


「海軍と共同開発した水陸両用車両もあります」


「山下将軍と栗林将軍はマレーを南下して一路とシンガポールを目指す。今村将軍は海軍の支援の下で蘭印を制圧させる。これに変わりはなかった。ただ、海軍は軌道修正を申し入れてきた」


 陸軍の方針は南方への進出を基本とした。いわゆる南進論の表向きは「東亜連邦による欧米諸国の植民地支配を終わらせる」を掲げたが、その実際は「資源を確保して長期戦に耐える」ことである。石原莞爾陸軍大臣が主導する満州の大開発に代表される中華民国の大開発から一定程度の貯蓄を確保したと雖も、欧米諸国の植民地が集中する南方一帯には石油だけでなく、コバルトやニッケルなどの希少資源が眠った。経済制裁から入手が難しい中では実力行使で確保を望まざるを得ない。


 本世の南方作戦も大枠は変わらなかった。


 大枠は陸路と海路の二つに分けられる。


 前者は仏印進駐のように中華民国とタイ王国を起点にした。マレー半島を南下して一気に英領シンガポール島を目指す。これにボルネオ島の攻略も含んだ東亜の大半を制圧した。マレー半島とシンガポールは電撃的な進撃を志向して新進気鋭の機甲部隊を贅沢に投入する。機甲部隊はノモンハン事変以降に刷新を繰り返した。正面から敵陣を突破する突撃砲、敵陣を迂回して側方と後方から急襲する中戦車と軽戦車、各地で機動砲撃を加える自走砲が揃い踏みである。これを山下将軍と栗林将軍が指揮するのだから負けはあり得なかった。


 後者は本土と台湾を起点にグアムやフィリピン、蘭印など島嶼部を強襲上陸する。グアムとフィリピンは米国領で頑強な抵抗が予想されるのに対し、蘭印は例外的に特別な事情から平和的な進駐を希望した。全ての交渉が決裂した時は電撃的な強襲上陸を敢行する。どれも海路のために陸海軍協調の象徴たる強襲艦を用意した。世界終末戦争に向けて大量建造を行ってきた結果が大中小の総数は200隻を超える。陸軍が世界に誇る上陸用舟艇は戦車揚陸艦の特大発を開発した。特大発と大発に頼らずとも自力で上陸できる水陸両用車両も待機する。


「軌道修正とおっしゃりますが、石原大臣が圧をかけたのでは」


「人聞きが悪いことを言う。辻参謀はどう思う?」


「私が思うに紛れもなく圧力でした」


 ワハハハと笑い声が会議室を包み込んだ。


 石原莞爾は満州から中華民国を掌握して日本に帰国すると軍全体まで手中に収める。まさに傑物(又は狂人)と呼ばれた。彼と会ったことのある者は口をそろえて「とても温厚だった。会議になれば一変するが、普段は冗談を好む」と付き合いの良いことが暴露される。


 もちろん、石原莞爾なりの処世術で頑迷を排除した。


 陸軍大臣という立場から海軍と交流することも多い。連合艦隊司令長官が相手する際も臆することなく、真っ向から陸軍の意見と個人の意見をぶつけていった。海軍の建造計画まで口を出している。強襲艦や簡易空母など陸海軍協調と言われる事物は石原莞爾の無理通しだ。


「ハワイ攻撃は辻の猛反対で立ち消えとなった。海軍はウェーク島を占領することに注力する。陸軍と海軍は中部太平洋から南部太平洋にかけて掌握する。ゆくゆくはオーストラリアを脱落させる」


「オーストラリアを攻め落とすことは不可能です。ただし、石原閣下の魔術があれば簡単に陥落させられる」


「米国がオーストラリアを救援する時は大艦隊を動員しなければならない。その時こそ海軍の出番と説き伏せている」


「石原閣下曰くオーストラリアは満州だそうで」


「そいつは誤認も甚だしいですが、詭弁には丁度良いこって」


「辻主席参謀、例の地図を」


「はい」


 海軍は連合艦隊を中心にハワイ攻撃を主張して一切譲らない。強硬姿勢を見せつけた。海軍は陸軍の南方電撃作戦を認める。その代わりに陸軍は海軍のハワイ攻撃を認めよときた。山本五十六連合艦隊司令長官の秘蔵の案が提出されたが、海軍軍令部や一部の将校は「博打が過ぎる」と未だに反対し、必ずしも一枚岩ではないことに留意が求められる。


 陸軍は当然ながらハワイ攻撃に猛反対した。南方よりも遥か遠方の米軍の太平洋における総司令部を攻撃することは博打が不適応な程に突飛と評する。陸軍の総意は石原莞爾陸軍大臣と彼の右腕こと辻政信主席参謀が陸海軍の協議の場でこれでもかと代弁した。


 山本長官以下は南方電撃作戦の実施に米海軍太平洋艦隊の撃滅なくして不可能と反論してくる。ハワイに押し留めることで長期間の行動不能に追いやるんだ。南方作戦は円滑に進むことを論拠に置き、最初の協議は折り合いが一寸たりともつかずに終わると、石原莞爾は独自に海軍作戦部と接触する。海軍の一枚岩でないひび割れに楔を打ち込むことに成功した。


 海軍作戦部は連合艦隊のハワイ攻撃案を渋々と了承している。作戦部は南太平洋で迎撃と撃滅することに期待した。そこへ石原陸軍大臣がオーストラリア制圧論を提案し、海軍作戦部の南太平洋の掌握と重なる部分を見出すと、両者は握手を交わしている。


「オーストラリアには天然資源が豊富に存在する。内陸部に限らずとも沿岸部から近い所にも確認できた。大陸であるから占領と維持は容易でないがハワイを攻め落として維持することに比べれば圧倒的に簡単だろう」


「オーストラリアに陸海軍の支部を設け米軍を南太平洋で迎え撃つ。長期戦にオーストラリアの制圧が必須であるという」


「兵糧攻めと言いますが自給自足で耐えられては不利です。持久戦は無茶ではありませんか」


「今村将軍にも言われたよ。せっかく、強襲上陸を専門とする集団を拵えた。これを敵首都や第二都市に投入せずしてどうする」


「メルボルン、キャンベラ、シドニー、ブリスベンを攻撃する。まだ立案の段階で詳細は伝えられない」


 陸軍はオーストラリアを制圧して南太平洋に大要塞を築くことを提案した。海軍作戦部の南太平洋決戦思想と連動することで連合艦隊に対抗する。オーストラリアの制圧は米軍の反攻を未然に阻止し、かつ豊富な天然資源を日中に送ることを含んでいた。これで兵器の安定的な開発と生産を長期的に確保できる。最後はオーストラリア政府を介して米国政府に我が国の勝利に等しい和平交渉を持ちかけた。


 海軍のハワイ攻撃作戦は陸軍の猛反対に作戦部の謀反が加わると一転して形勢不利となる。いくら連合艦隊と雖も作戦部に拒絶されては二進も三進もいかなかった。山本五十六が連合艦隊司令長官の椅子から降りると脅しても無意味を返す。山本長官が降りた場合は適当な人物を据えるだけだ。彼の覚悟の強さは認めようが東亜連邦の行く末を彼の大博打で決められては堪らない。


 最後は連合艦隊がウェーク島攻略に注力して陸軍も特殊船を増員することを約した。両軍が譲歩する格好でハワイ攻撃作戦は無期限延期に決まる。連合艦隊はハワイ攻撃と攻略を諦めることなく好機を窺った。陸軍はオーストラリア制圧を譲るつもりは毛頭ない。


「それよりもフィリピンはどうやって攻め落としますか。米国領故に解放は難しくあります」


「簡単なことだ」


「重爆撃機が島全体を焼き払う」


続く

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