眠り姫を救うために 4

 木曜日にニコラウス先生から補講を受けて、ポイントを一ポイントゲットしたわたしは、晴れてレベル二に昇格した。



 名前 マリア・アラトルソワ

 誕生日 四月一日

 称号 アラトルソワ公爵令嬢

 レベル 二

 魔力 十

 習得魔法レベル 一



 ふっふっふ!


 レベルが二になって魔力が十になったから、ファイアーボールが二発撃てるんだもんね~!


 そして、上機嫌で迎えた土曜日。

 今日はアレクサンダー様と、お城の閉架書庫へ向かう日だ。

 火曜日の放課後に話をした後、アレクサンダー様はすぐに閉架書庫に閲覧申請を出して、一番早い休日である土曜に都合をつけてきた。こういう行動が早いから、アレクサンダー様は優秀なんだろうね~。


 お兄様に黙って行くとあとあとなんか怖い気がしたので、お兄様にもアレクサンダー様と閉架書庫に行く報告はしてある。

「何故アレクサンダーと閉架書庫になんて行くんだい? そもそも、マリアは本を読むのかい?」なんて言われたけど笑って誤魔化した。


 というかお兄様、マリアだって本くらい読みますよ。まあ、公爵家の部屋の本棚には、美容法に書かれている本とか、「恋のレッスンABC」などという恋愛指南書のようなものしかありませんでしたけどね!


 ……恋愛指南書を読んであの行動を取っていたのなら、これまでわたしが集めていた恋愛指南書はポンコツもいいところだ。ま、自分にとって都合がいいページしか読まなかったせいだろうと愚考するけどね。


 わたしが出かけると聞くと、ハイライドが連れて行けと騒ぎ出したが、さすがにカナリアを肩に乗せて閉架書庫へは行けない。

 他の人にはハイライドはカナリアにしか見えないのだから、ハイライドに頼まれたと言っても理解してくれる人は誰もいないのだ。そしてわたしが注意を受けるのである。


 ハイライドは不満そうだったけれど、クッキーを渡すと大人しくなった。ヴィルマは「カナリアに人間の食べ物は与えない方がいいですよ」と言ったけれど、それを聞いて怒ったハイライドにつつかれてからは言わなくなった。地味に痛かったらしい。それにしても、この妖精の王子様は、本当に食い意地が張っているわ。


 わたしは極力露出の少ないドレスをクローゼットの中から選び取ると、ヴィルマが髪を盛ろうとするのを制して(まだプーフならぬ『ヴォルケヘア』にこだわっているらしい)、派手さを押さえていながらも、お城に向かうにふさわしいメイクと髪型にしてもらった。

 アレクサンダー様とは学園の正門で待ち合わせているのでそちらに向かうと、正門前に立っているアレクサンダー様の周りに女生徒が群がっている。


 ……う! デジャヴ‼


 先週お兄様とデートの待ち合わせをした時に見たのと同じ光景だ。

 わたしが歩いて行くと、わたしに気づいた女の子たちが「またこいつ⁉」みたいな殺意のこもった視線を向けて来る。

 だが、オリエンテーションのときのように考えなしの女の子はここにはいないようで、わたしをきちんと「公爵令嬢」として認識しているようだった。不満はあれど、口に出すと自分、ひいては家にダメージがあると理解しているようで、口に出して文句を言ってくる人はいない。

 視線だけは恐ろしく痛いが、面と向かって罵倒されないだけ精神負担は少ない。


 ……さっさとこの場を退散するに越したことはないけどね!


 ということで、わたしは急いでアレクサンダー様の元へ向かうと「さあ行きましょう!」と急がせた。

 すでに馬車を手配してくれていて、正門を出て少し歩いたところにナルツィッセ家の家紋が入った馬車が停まっている。

 御者が扉を開けると、アレクサンダー様からすっと手が差し出された。

 わたしがきょとんとしていると、アレクサンダー様が眉を顰める。


「早く乗りなさい」


 なんと、エスコートしてくれるらしい。


 ……嫌いな女が馬車に乗るのにも手を貸してくれるなんて、アレクサンダー様ってなんて紳士なのかしら!


 戸惑いつつもアレクサンダー様の手を借りてわたしは馬車に乗り込んだ。


 ……お城に行くのも久しぶりだわ。


 わたしは公爵令嬢なので、子供のころから何度もお城に行ったことがある。

 ただ、入学してからは、社交シーズンに開催されるお城のパーティーを除いて足を踏み入れていないはずだ。


 ……だって、ルーカス殿下が学園にいるんだから、わざわざお城に行く必要がなかったのよね、マリア的には。


 前世の記憶が戻る前のマリアの行動を分析するに、マリアの本命はルーカス殿下だったのだろう。

 気が多いマリアはほかの男性にも思いっきり粉をかけていたが、ルーカス殿下がいるときはルーカス殿下を最優先にしていた。

 ルーカス殿下は第一王子なので、順調にいけば次代の王だ。

 自分のことが世界で一番美しいと思っていて、他人にかしずくという言葉を知らなかったマリアである。この国の女性の頂点――王妃になろうと企んでいたのは、頷ける。


 ……マリアの思考って本当に単純だわ。まあ、わたし自身のことなんだけど。


 ぼんやりと馬車の窓から外を眺めていると、前の座席に座っていたアレクサンダー様が「マリア・アラトルソワ」と話しかけてきた。珍しいこともあるものだ。そして、どうでもいいが何故毎回フルネームで呼ぶのだろう。マリア、もしくはアラトルソワでいいではないか。


「君が叔父上と親しいそうだが、正直少し、驚いた」

「何がですか?」


 わたしとリッチーが親しいことの何が、アレクサンダー様を驚かせるというのだ。


「叔父上はあの通り、少々変わっている。そのせいで、親族からは煙たがられているんだ」

「それが?」

「君も、変わっているとは思わなかったか? あの外見であの口調、あの服装。そして妙なものばかりを集めた店まで開いている」


 アレクサンダー様の言いたいことは、わからないではない。

 もし、世の中の人間の統計を取って多数と少数に分けたならば、リッチーは間違いなく少数派の枠に入れられるだろう。

 人間には群れ意識があるので、少数派に対して、世間の風当たりは冷たい。

 もっと言えば「貴族」という枠組みで考えた場合、リッチーは貴族らしくない人だろう。

 高位貴族で固められるアレクサンダー様の親族が、リッチーに対していい感情を抱いていないのも頷けることだ。


 ……でも、それ、わたしには関係ないし。


 わたしがリッチーと知り合ったのは、わたしがまだ学園に入学する前のことだ。つまり、前世の記憶を取り戻す前のことである。


 ヴィルマを連れて街を散策していたわたしは、背後から響いた「きゃあああ!」という野太い声に驚いて立ち止まった。

 そして振り返ると、大きな買い物袋の底が破けて、商品を道端に散乱させて困っていたリッチーがいたのだ。


 マリアは基本的に高慢なので、人助けなんてしない。

 そのはずなのだが、その時のマリアは、ころころと足元に転がって来た商品の一つを拾って、リッチーの元まで持って行った。

 そして。


 ――ねえ、そのふりふりした可愛い服、どこに売っているの?


 と話しかけたのである。

 つまり、困っているリッチーを助けたかったわけではなく、リッチーがあの時に来ていたふりふりのエプロンドレスに興味を持っただけなのだ。

 そしてそのあとで(ふりふりした可愛くて派手なものが好きという点において)リッチーと意気投合したわたしは、リッチーの店の常連になったというわけだ。


 マリアはどうしようもない高慢で高飛車なお嬢様だったが、不思議と人に対する偏見はないタイプだったのだ。

 マリアの世界は自分と、自分が好きな男性たちと、その他大多数に区分されていた。

 その他大多数に区分されている人たちの身分や性格やそのほかもろもろなことには区別はつけておらず、はっきり言って、そこまで興味も持っていなかった。


 その性格が幸いしたのかどうなのか、リッチーのあの強烈な外見や口調を前にしても、何ら違和感も偏見も覚えなかったのである。


「アレクサンダー様が人の趣味をとやかく言う人だとは思いませんでした」

「……別に、とやかく言うわけではないが、世間の常識からみて、叔父上は外れているということだ。誤解しないでほしいが、別に私は叔父上が嫌いなのではない。押しが強すぎるのが苦手なだけだ」


 まあ、リッチーは押しは強いわよねえ。


「リッチーは、いい人ですよ。わたしは好きですけど」


 リッチーは、マリアの高慢な態度にも「やっだー、マリアちゃんったら面白ーい」と笑ってくれる優しい人だ。とても心が広い、暖かな人だと思う。

 押しは強いし妙なものを売りつけようとしてくるところが玉に瑕だが、それも含めて、わたしはリッチーが嫌いではない。


「そうか。……いや、すまない。母と妹以外に、叔父と普通に付き合う人が周りにいなかったので、少々驚いてしまっただけなんだ」


 ……苦手だって言ったけど、アレクサンダー様も、リッチーのことが結構好きなんでしょうね。


 なんとなく、そんな表情をしている。

 押しが強くて戸惑うけど、本当に嫌いならば、リッチーに頼まれて店番なんてしないだろう。あの店はアレクサンダー様の雰囲気からかけ離れているし、本人もあのような妙なものが並んだ店の店番なんてしたくなかったはずだ。

 それなのに、頼まれて引き受けると言うことは、リッチーのことが好きだからに決まっている。


 ……素直じゃないなあ。やっぱり、ツンデレ要員。


 わたしがまじまじと見つめると、アレクサンダー様はほんのちょっとだけ耳を赤くして、プイっと横を向く。


「私が言えた義理ではないが……その、叔父上とこれからも仲良くしてやってくれ。叔父上は君が気に入っているようだ」


 ふふ、ツンデレの、ちょいデレが見られた気分!


 わたしが心の中でにやにやしていると、馬車がゆっくりと、城の玄関前に停車した。



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