眠り姫を救うために 2

 さあ、問題はここからですよ!


 週が明けて月曜日。

 わたしは緊張しながら学園の玄関をくぐった。

 アグネスを眠りから目覚めさせる薬の材料のうち、入手難度が一番高いものは手に入ったも同然だ。

 ゆえに、わたしの前世のゲーム知識を用いれば、薬の調合が可能となる。


 ……問題は、この情報をどうやって提供するかってことなのよ!


 薬の調合の仕方はわかっているが、わたしでは調合不可能だ。

 薬を作るには残る材料を集めて、ボルガ―・ラヴェンデル侍医長に調合してもらわなくてはならない。


 わたしで調合が可能なら、こそっと薬を作って「我が家のツテを経由して手に入った」とでも言ってリッチー経由でアレクサンダー様に渡してもらえばいいのだけれど、わたしが作れないのだからそうはいかないのだ。

 アレクサンダー様に正面からぶつかって「薬の作り方がわかりました!」と伝えたところで、彼に嫌われているわたしの言葉なんて信じてくれるはずもない。


「困ったわ……」

「君が何に困っているのかは知らないが、君のせいで、現在進行形で俺もものすごく困っている。さっさとそこを退いてくれないか?」


 背後から冷ややかな、けれどもとんでもない美声がして、わたしは「ひゃあ!」と声を上げて飛び上がった。

 振り返ると、同じクラスのヴォルフラム・オルヒデーエが立っている。

 ゲームの初期攻略対象の四人に名を連ねる彼は、蜂蜜色の髪にオレンジ色の瞳のすんごい美形だ。


「君がいつまでも靴箱の前に立っていると、俺が靴を取れない」


 わたしとヴォルフラムの靴箱は位置が近い。わたしが通せんぼをしていたようだ。


「し、失礼しました!」


 わたしが慌ててわきによけると、ヴォルフラムは奇妙なものを見る目でわたしを見た後で、黙って靴を履き替えはじめる。

 ヴォルフラムに怒られたように、靴箱の側にずっと立っていたらほかの生徒の邪魔になる。

 わたしは急いで靴を履き替えると、自分のクラスである二年三組に向かった。

 けれども、階段を上っている途中で、また背後から声がかかる。


「マリアさん。マリア・アラトルソワさん」


 穏やかなその声に振り返ると、そこには生活指導担当のニコラウス・カトライア先生が立っていた。


「今、すこしだけお時間よろしいですか?」

「? はい……」


 どうしたのだろうか。

 前世の記憶を取り戻す前のわたしは、あまり品行方正な生徒とは言えなかったけれど、取り戻してからは問題なんて起こしていないはずだ。

 ニコラウス先生と共に階段の踊り場の端っこに移動すると、先生は実に言いにくそうに眉尻を下げて言った。


「実はですね、マリアさん。あなたに、受けていただかなくてはならない補講があります」

「……え?」

「大変いいにくいのですが、マリアさんの一年生の時の成績があまりに悪く……特に、私が担当している魔法学が、その……進級レベルに達していなくてですね。このままでは二年生の授業についていけなくなるため、早々に対策を取ることになったのです」


 ガーン‼


「心配しなくても、一年生の内容が理解できるまでちゃんと面倒を見ますので、大丈夫ですよ」


 つまり、一年生の内容が理解できたと判断されるまで、補講からは解放されないと、そういうことだろうか。


 ……ひぃ‼ マリア、あんた、なんで去年真面目に授業を受けなかったの~‼


「ち、ち、ちなみに、その補講は、どのくらいの生徒にお声がかかるのでしょうか?」


 すると、ニコラウス先生は邪気のない顔でにこりと微笑んだ。


「安心してください。あなた一人です。なので、付きっ切りで教えて差し上げますからね」


 ぎゃああああああ‼ 全然安心できません! つまりは、同学年の中でわたしだけ落第生ってことじゃないですか‼


 あまりの恥ずかしさにぷるぷると震えていると、ニコラウス先生が、わたしに一枚の紙を差し出した。


「補講は週に二回行います。火曜日と木曜日です。場所は生活指導室を使うので、明日の放課後、忘れずに来てくださいね」


 ニコラウス先生は、教育熱心な優しい先生なのだろう。わざわざ時間を割いてまで、わたしの学力を何とかしようとしてくれているのだから。

 だが、わたしは恥ずかしすぎて、穴があったら入りたい気分だった。


 ……記憶を取り戻す前のわたしなら、イケメンなニコラウス先生との二人っきりの授業に高笑いして喜んだんでしょうけど、今のわたしは喜べませんよ‼


 わたしはカクンとうなだれて、力なく「はい」と返事をした。




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