事情聴取とお説教 1
わたしは見通しが甘かった。
オリエンテーション二日目のことを「覚えていない」ことにして逃げ切れると思っていたが、世の中はそれほど甘くなかったのだ。
次の日。
学園の授業が終わった後、わたしは生徒指導室に呼び出されていた。
そこには生徒指導のニコラウス・カトライア先生と、何故かお兄様とアレクサンダー様がいる。
ちなみにニコラウス・カトライア先生は攻略対象の一人だ。
薄い灰色の髪にアクアマリン色の瞳の、クールな感じのする先生だが、その実とても優しい人である。
去年一年間でいろいろやらかしたダメダメなわたしマリア・アラトルソワに対しても、困った顔で「ダメですよ」と優しく注意をしてくれる奇特な人だった。
……そのせいでマリアは「ニコラウス先生はわたしのことが好きなのね! ああっ、罪作りなわたし!」ととんでもない曲解をしたりしたけどね。はあ……。
もちろん今のわたしはそのような恐ろしい解釈はしませんけどね!
ちょこんと座らされたわたしの目の前。長方形のテーブルを挟んだ奥に、右からお兄様、ニコラウス先生、アレクサンダー様という順番で座っている。
お兄様はちょっと怒った顔、ニコラウス先生は困った顔、アレクサンダー様は超不機嫌顔だ。
……就活の圧迫面接みたいだわ。
前世の就職活動のときにこういう経験したなあと、わたしはあまりの恐怖に思考を明後日の方向に飛ばしかける。
お兄様、いつものように「お兄様ごめんなさいニャーと言ったら許してあげるよ」とか言ってくれませんか? 今ならわたし、「三回回ってわんわん」もつけてご要望にお応えしますよ‼
……落ち着け、落ち着くのよマリア。わたしは何も知らない。何も覚えていないことになっているんだから。うっかり何か訊かれても、恐怖のあまり余計なことを口走ってはいけないわ! そう、わたしは何もわからない!
わたしは困った表情を顔に貼り付けると、こてんと首を傾げて三人を見た。
「あのぅ、どうしてわたしは生徒指導室に呼び出されたのでしょう?」
すると、お兄様がはあ、と息を吐き出す。
「マリア、お前の無謀な行動について注意をするために呼んだのだが、ヴィルマが言っていたように、本当にあの夜のことを覚えていないのかい?」
「あの夜、と言いますと?」
よしよし、わたしの「わからない」演技もなかなかいい感じじゃない? 頑張れわたし!
「その様子だと本当に覚えていないのか。あの夜、お前は私の忠告を無視して城の外に出たばかりか山火事の炎の勢いが一番激しい場所にやってくるという無謀な行動を犯したんだよ。初級魔法もまともに使えないお前があのような危険な場所にやって来るなんて、愚かとしか言いようがない。それについてお説教をしようと思ったんだけど、覚えていないなら叱ったところで理解しないだろうねえ」
やれやれと息を吐いて、お兄様はテーブルの上に一枚の紙を置いた。それはオリエンテーション二日目で配られる、魔物討伐の場所をかいた地図だ。
「もう一つ確かめたいことがあったんだが、これも覚えていないんだろうね」
「何を、ですか?」
わたしはちらりとテーブルの上を見て、お兄様が出した地図はわたしがあの日持っていたものだと気が付いたけれど、もちろん知らない体を装った。
「これはお前があの日持っていた地図だよ。討伐を終えた後で気になって確認してみたところ、不思議なことがわかったんだ。あの日、お前は左の道に行くところを右の道に行こうとしたね。私はてっきりお前が地図が読めなくて間違えたんだと思った。だが違った。お前の地図が違ったんだよ」
……なんですと⁉
わたしは驚いたが、ここで食いつくとわからないふりをしているのがばれる気がしたので、首をひねるだけにとどめておく。
お兄様は、もう一枚の別の紙を取り出した。
「見なさい。これは私が持っていた地図だ。お前の持っていた地図と明らかに違う。お前の方に記されていた魔物討伐の場所は、私たちが持っていた地図に記されていた場所と違うんだ」
「まあ……、何故でしょう」
「私には理由はわからない。てっきりお前に渡す地図だけ間違えられたのかと思って先生に確認したが、そもそもお前の地図に記されていた場所は、他の班の討伐場所にも指定されていない場所だった。そうですよね?」
「ええ。他の班のものと間違えたのならばわかるのですが、他の班の討伐場所にも指定されていない地図があなたの手に渡ったというのはあり得ないのですよ。何故ならそもそもこの地図は用意していなかったのですから」
お兄様の問いかけに、ニコラウス先生が困惑した顔で答えた。
「つまり君は、存在していなかったものを持っていたと言うことになる。加えて、この地図に記されていた場所こそ、昨夜山火事が起こった場所だった。……私には、君があの場所に何かしたのではないかと疑いたたいところなのだが……」
「マリアはあの場所には近づいていない。討伐が終わった後はずっと部屋にいたとヴィルマが証言している。私の妹を犯人扱いするのはやめてくれないか、アレクサンダー」
お兄様に睨まれて、アレクサンダー様がぐっと黙る。
「だが、明らかにおかしいだろう」
「それを言うのなら、先生たちが用意していなかった地図がマリアに渡ったことがおかしいんだ。誰かが故意的にマリアの地図をすり替えたとしか思えない。疑うのならマリアの地図をすり替えた人物を疑うんだな」
「地図をすり替えた人物とは誰だ」
「私が知るはずないだろう?」
お兄様が肩をすくめると、アレクサンダー様がじろりとお兄様を睨んだ。
間に挟まれているニコラウス先生が弱り顔で「まあまあ」と二人をなだめている。
アレクサンダー様がお兄様からわたしに視線を戻した。
「もう一つ不審な点がある。マリア・アラトルソワ、君はあの夜、炎の渦の頂点に向かって魔法を放てと言った。水の結界魔法をな。あれはいったいどういうことだったのか、説明してほしい」
「アレクサンダー君、マリアさんは一昨日の夜のことを覚えていないのでしょう? 覚えていないことを説明しろというのは無茶ですよ」
ニコラウス先生がやんわりとアレクサンダー様を止めてくれた。
そして、わたしを見てにこりと微笑む。
「正直、謎な部分はありますが、マリアさんのおかげで山火事の被害が抑えられたのも本当のことです。理由はわかりませんが、マリアさんの指示によって水の結界を張った結果、炎が消えたのですからね。魔法を習得したものの中には時折、直感のようなものが働く人がいるのですが、マリアさんはもしかしたらそのタイプなのかもしれませんね」
「……初級魔法もまともに使えない君が、『魔法を習得』しているかにおいては疑問が残るがね」
アレクサンダー様が冷たく言う。
うぅ、確かにその通りですけど、せっかくニコラウス先生がうまくまとめようとしてくれたのだから、ここはそれに乗っかっておいてくれませんかね?
「事実を明確にしたいアレクサンダー君の気持ちはわからないでもありませんが、マリアさんの功績を無視して責めるだけというのはいかがなものでしょう」
ニコラウス先生、いいことを言うわ‼
アレクサンダー様は数秒押し黙って、疲れたように嘆息した。
「確かに、君の直感? になるのか。それによって山火事の被害が抑えられたのは事実だ。それについては君の功績だと言えよう。だが、君はもう少し、自分の実力というものを正しく認識する必要がある。今後、もし同じようなことが起こっても、首を突っ込んだりしないように。……怪我をしたら大変だ」
あれ?
口調は厳しいけど、アレクサンダー様はわたしを心配してくれているのかしら?
不思議に思って見つめると、アレクサンダー様がぷいっと顔をそむけた。
心なしか、耳が少し赤いような気もする。
……まさか、ツンデレ⁉ ツンデレですか⁉ アレクサンダー様ってツンデレ要員だったの⁉ いやでもヒロインには最初から優しかった気がしますけど!
珍しいものを見た気になって「ほへー」とアレクサンダー様に見入っていると、右の方からお兄様の「マリア」というひくーい声が聞こえてきた。
……ひっ⁉
なんか怒っていらっしゃる⁉
わたし、何か悪いことした⁉
怖くてお兄様の方を向けないでいると、ニコラウス先生がにこにこと微笑みながらこの場を締めくくった。
「ひとまず、マリアさんも一昨日のことは覚えていないようですし、これ以上の事情聴取は無意味ですね。マリアさん、アレクサンダー君が言ったように、今後は危ないことに首を突っ込まないようにしてくださいね。君に怪我がなくて本当によかったですよ」
ああ、ニコラウス先生が天使に見えます‼
ついでに右の方から冷気を漂わせているお兄様からわたしを守ってください!
そんな願いも虚しく、ニコラウス先生が解散を宣言する。
すぐに生徒指導室から逃げ出そうとしたわたしだったが、お兄様から逃げられるはずもなかった。
「マリア、来なさい」
お兄様に捕獲されたわたしは、そのままずるずると、お兄様が所属している「魔石研究部」の部室まで連行されてしまったのだった。
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