ジークハルト・アラトルソワ 3

 悪役令嬢とか、転生という単語を使わずに、いかに今のわたしの置かれている状況が最悪であるかを説明するのは大変だったが、意外にも、お兄様は疑問も持たずに頷いてくれた。


「ふむ、まあ確かに、お前は学園に入学してからというもの目も当てられないくらいにバカな真似ばかりしていたからね。すでに悪評が立っているし、良縁なんて望めまい。公爵家の令嬢がなんて無様なことだとあきれるしかない状況だ」

「うぐっ」

「お前の言うところの破滅と言うのはわからないが、このままでは一生独身なのは間違いないだろう。公爵令嬢が独身のまま一生を終えるなんて、ポルタリア国の長い歴史の中でも例を見ない珍事だろうな。そういう意味では確かに破滅だ」

「うぐう!」

「加えて、このままでは王子殿下のお相手に意地悪なことをしてあまつさえ殺害計画まで立てそう、か。そんなことしなければいいだけの話だと思うが、お前は救いようのないおバカさんだから、確かに誰かが手綱を握っておいてやらないと何をしでかすかわからないな。理解した」

「ぐはあ!」


 先ほどからお兄様の容赦のない言葉の攻撃がわたしの胸に突き刺さる。

 わたしの少ないHPはもう残り一桁だ。次に攻撃されたら確実に死ねる。そんな気がする。


「そこで私と契約結婚という妙な方向に思考回路が飛ぶのは解せないが、この国でお前を一番理解しているのは間違いなく私だろう。その意味では人選は悪くない。ただ、何故『契約』にこだわるのかは理解できないがね」


 ……それは、お兄様と一生夫婦でいたらわたしの精神力が持たないからです。


 とは言えない。

 お兄様にこの先ずっと意地悪したおされるのは勘弁である。

 一生揶揄われて、一生遊ばれて、おもちゃにされる人生なんてまっぴらだ。

 そのため、わたしは「契約結婚」にこだわりたいのだ。


「だがまあ、お前の気持ちはわからなくもない。お前は少なくとも、破滅の危機を察知したから私と結婚したいのであって、私と生涯を共にしたいわけではない、そういうことだろう」


 さすがお兄様、よくわかっていらっしゃる。

 うんうん、とわたしが頷くと、お兄様はどこか面白くなさそうな顔をした。


「それで、その契約結婚とやらは、私にどんなメリットがある?」


 そ、そうきたか!


「私はお前が満足するまで、お前の手綱を握る人間としてお前の契約上の夫となる。だが、それでは私にはちっともメリットがない。面倒ごとを押し付けられるだけだ。せめて対価が必要だな」


 じっとお兄様がわたしの胸元に視線を向けたので、わたしは思わず後ろに下がった。


「け、契約結婚においては、こ、こここ、恋のABCはなしでお願いします‼」

「なるほど。つまりお前は、お前と契約結婚をしている間、私はほかの女性にも手を出さず、契約上の妻であるお前にも手を出すなと、そう言いたいわけか。ふむ、ふざけているとしか思えない」


 た、た、確かにその通りかもしれないけれども!

 でもわたしは、「歩く媚薬」と称されるお兄様のお相手ができるような、恋愛上級者ではありませんからね‼

 悪役令嬢として破滅する危険の前に、お兄様の色気で息の根が止まる可能性大ですよ‼

 無理無理無理、わたしにはハードルが高すぎる‼


 自分でも我儘を言っていると思うけれど、ここは曖昧にしてはならない部分だ。何故なら曖昧にしたが最後、お兄様にいじられなし崩しにあれこれされる未来しか見えない。

 うぅ、対価、対価と言われても、わたしに支払えるようなものは何もありませんけども!

 するとお兄様は、にっこりと悪魔的な笑みを浮かべて、こうおっしゃった。


「よし、では、その契約結婚において私からも条件を付けよう」

「じょ、条件……?」


 どうしよう、嫌な予感しかしない。

 お兄様が、とん、とわたしの肩を押す。

 ころんとベッドに仰向けに転がったわたしの横に手をついて、お兄様は扇情的で蠱惑的な微笑みを浮かべてささやいた。


「契約結婚の期限は、お前が学園を卒業するまで。そして、その間にお前が結婚相手を見つけられなければ、お前は契約ではなく、本当の意味で私の生涯の妻だ。どうだ、悪くないだろう?」


 悪いに決まっている‼


 だが、至近距離で見つめられ、ささやかれて、心臓がばっくんばっくんと大きな音を立てて壊れそうになっていたわたしは、パニックになりながら叫んだ。


「それでいいですから、早く離れてください――‼」


 やっぱりわたし、早まったかもしれない。

 お兄様は楽しそうに手を伸ばすと、人差し指でわたしの鼻を、ふにっと押す。


「よしよし、ならばお前が最後に私のお願いを聞いたら、契約結婚とやらを引き受けて上げようかね。ほら、可愛らしく、ぶひっと鳴いてみなさい」


 なんでだーっと心の中で泣きながら、わたしは叫んだ。


「ぶひーっ‼」




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