10話「新たな皇族の情報」

「以上が現時点での皇族についての全ての情報になりますわ」

「ふむ、なるほど分かった。情報感謝するぞ」


 アデラから皇族についての情報を聞いて感謝を述べていると、急に保健室の扉が勢い良く開かれた。


「あ、アデラ……お嬢様っ」


 扉が開かれる音と共にその声が聞こてくると自然と意識をそちらに向けた。

 どうやら扉を開けた人物とは息を切らしながら顔を赤く染めたフィオナであった。


「フィオナ……! 貴女ねぇ!」

「待て雪花、どうやら様子がおかしいようだぞ」


 雪花がフィオナの姿を見るや否や握り拳を作り近づこうとすると、咄嗟に右手を彼女に向けて行動を制止した。そしてそのままフィオナの元へと駆け寄ると、


「大丈夫か?」

「くッ……! 貴方に心配されるほど私は貧弱ではないですッ! こ、これぐらい問題ないですよ……」


 俺の問いかけにフィオナは虚ろな目をしながら言うと、背後からはアデラが何かを思い出したかのように急に喋り始めた。


「これは……あれですわね。眷属の主が入れ替わる際に起こす”適応反応”ですわ」

「適応反応? なんだそれは?」


 アデラが口にした言葉に興味を惹かれると、そのまま話を続けるように言う。


「適応反応とは眷属の主が変わった時に発症する症状ですわ。つまり私が悠斗さんの眷属となった事でフィオナの主が変わり、それに適応しようと体が暴れている状態ですの」

「それは放っておいても大丈夫なのか?」

「ええ、問題ありませんわ。直ぐに収まりますの」


 この症状についてアデラは大丈夫だと言うと一先ず安心した。やはり眷属とかそういうのはいまいち分からない。というか初めてのこと故に俺としても手探り状態だ。

 この辺りの知識に関しては、やはり彼女の方が上をいっているだろう。


「アデラお嬢様……か、体が弾けそうです……っ」


 力が入らない様子でフィオナは左右に体を揺らしながらアデラの元へと近づく。


「大丈夫ですわフィオナ。直ぐに収まりますの」


 それをアデラは優しく微笑み掛けながら彼女の頭を撫で始めていた。

 それはまるで慈愛に満ちた母と娘のような光景である。


「まったく……。これじゃぁ私が攻撃したら弱っているとこを攻めたみたいに見られるわね」

「見られるというよりも事実になるな。さて、ここに長く居てもしょうがない。俺達は出て行くとするぞ」


 フィオナ達の雰囲気を見て雪花は悟ったのか攻撃を仕掛けようとしていた気持ちは収まったように見える。そしてタイミングも良かった事から俺達は二人の中を邪魔する訳にもいかず、別れを告げてその場を後にした。


 そして俺達が保健室を出たあと午後の授業が始まる前に昼食を済ませようと食堂へと足を進めていた。すると隣を歩いている雪花が急に真顔でこんな事を言い出してきた。


「ねぇ悠斗。私も貴方の眷属になりたいのだけれど?」


 その言葉を聞いてどんな反応をすれば正しいのだろうかと、ふと考えてしまう。

 雪花は急に突拍子のない事をたまに言うが流石の俺もこれは予想外だ。


 しかし思うに彼女が仮に眷属になったとしても、今の関係は変わらないと思うのだ。

 だからそれ故に俺の答えはこれしかないだろう。


「雪花が俺の眷属になったとしても今と何ら変わりはないから意味はない」

「……本当にそうかしら? もし私が悠斗の眷属になったら私の体を好きに――」

「分かったから、その先は言わないでいいぞ」

「そう、残念ね。ここからが盛り上がるとこなのに」


 雪花は冗談交じりでそんな事を言うと正直に頭を抱えざる得ない。

 まったく、黙っていれば彼女は容姿端麗で頭も良くて非の打ち所がないのだがな。


 俺は地味に雪花の将来が心配でならない。これは長年の幼馴染としての気持ちだ。

 彼女には幸せな未来を歩んで貰いたいと考えているからな。


「悠斗? 何を考えているかは知らないけれど、急がないと昼休憩が終わるわよ?」

「あ、ああ。もうそんな時間になるのか。ならば即行で昼食を済ませないとな」


 雪花の声で考え事を辞めると、この学園に通う上で楽しみの一つでもある学食を求めて廊下を駆けた。もちろん彼女は走るのが遅い事から俺が横抱きしている状態だ。


「今日の日替わりランチは一体なんだろうか。ああ、実に楽しみだ」

「ねえ、私を抱えて走るのは良いけれど。スカートを履いているということを考慮して欲しいわ」


 目を細めながら雪花は小言を言い放つが、今の俺はそれよりも昼食を逃さない事の方が優先すべき事であった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「何とか昼食に間に合って良かったわね」

「そうだな。これで午後の授業にも身が入るだろう」


 俺達が昼食を食べ終わると教室へと向かうべく廊下を歩いている最中であった。昼食時間はギリギリだった為に他の生徒はそんなにおらず、直ぐに席に座り食べられたので特に問題はなかった。

 それに俺としては日替わりランチのメニューが好物の肉料理だったことが尚嬉しかった。


「そう言えば話は変わるけど悠斗はアデラ達を眷属にして何かしたい事があるのかしら?」

「……いや、今のところは特にないな。皇族についての情報も聞くことが出来たしな」


 そう言うとアデラから聞いた皇族についての情報を思い出していた。

 この現代において皇族とは俺の知っている通り直系の子孫はおらず、その席は依然として空席のままらしい。


 だがこの情報はアデラから聞いて初めて知ったことなのだが、グレーテは子孫こそ残さなかったが、生前の頃は各地の貧困層に赴き自らの血を分けて助けていたらしい。


 そして血を分け与えられた者達は現代において”皇族の子孫”と名乗っているとの事だ。

 しかもそれはイギリス、アメリカ、ドイツ、ロシア、中国、インド、その他諸々と言った具合で世界各地に一人は存在するらしい。


 一応日本にも居るらしいが、その存在はアデラでも知らないとのこと。

 はぁ……まったく、まさかグレーテが生前の頃にそんな事をしていたとは驚きだな。


 それに対してあの頃の俺達人間側は、ただ吸血鬼を殺す事で己の存在価値を見出していたからな。そう言う観点で見れば俺達人間側の方がよっぽど非人道的だったのかも知れない。


「悠斗、教室に着いたわよ? また考え事をしているのかしら」

「ん? あ、ああ。色々と考えるべき事があってな」


 雪花に言われて視線を前に向けると俺達はいつの間にか自分達の教室へとたどり着いていた。

 ……しかしどうも様子がおかしいようだ。


 教室の中からは女子と男子の言い争うような声が漏れ聞こえてくるのだ。

 しかもその女子の声には聞き覚えがあり、フィオナの声である事が直ぐに分かる。


「何か揉め事でも起こっているのかしらね?」

「そうだろうな。大方アデラが俺に負けた事で貴族吸血鬼達が何か言ってフィオナを怒らせたんだろう」


 だが男子の声には聞き覚えがないから分からん。喋り方的に貴族だとは思うが……まぁ仕方ない。ここはクラス代表として最初の責務を果たす時だろう。


「おい、そこまでにしておけ。廊下にまで声が漏れているぞ」


 教室の扉を開けて中へと入ると早々に二人に向けて声を放つ。

 すると二人を含めて教室に居た吸血鬼達は一斉に俺の方を向いてきた。


「部外者は黙っていろ! これは俺とそこの眷属に成り下がった馬鹿女との話し合いだ! まったく、眷属に成り下がった似非貴族風情がッ!」

「なんだと! お前が先にアデラお嬢様を侮辱してきたのだろうッ!」


 やはり俺が思っていたら通りこの男子がアデラに対し何かしら侮辱的な発言をして、フィオナがそれに反応し激怒していると言った所だな。


 これが放課後とかならば別に干渉するつもりはなかったが、まだ次の授業が控えているのだ。

 こんな所を乙津先生に見つかり面倒事になるのは些か無駄な行為だと言える。

 故に火種は消しておかないとな。


「静まれ吸血鬼共が。俺はクラス代表として命令する、言い争うなら放課後にしろ。それなら別に誰も文句は言わん。お前達の言い争いに他の者を巻き込むな、分かったな?」


 二歩程足を進めて前へと出ると二人に視線を交互に合わせて告げる。

 すると教室内に居る吸血鬼達は目を丸くしながら俺を見て固まっている様子だ。


「おい、返事はどうした?」

「「わ、分かった……」」


 二人に返事をするように言うとフィオナと男子は共に何処か怯えている感じが伝わる。


「おっといかんな。つい声に覇気を込めてしまったか」


 これは生前の頃に群れで動いている吸血鬼達の注意を引く時に使った技法だが……現代ではそれはただの威圧というものになるらしい。


「よし、ならさっさと席に座れ。でないと乙津先生に文句を言われてしまうからな」


 二人を席に座るように言うとフィオナの席に視線を向けたが、そこにアデラの姿はなかった。

 恐らくまだ保健室にいるのだろうが、そのまま自分の席へと向かい俺は次の授業の支度をする事にした。

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