8話「イギリスお嬢様との対決」

 あれから普通に授業をこなしていくと、その日は特に何事も起こることはなく一日が終わりを告げた。それでも相変わらず俺は学年問わず貴族吸血鬼達から忌み嫌われているようで、学園で奴らとすれ違う度に嫌悪を孕んだ視線を余すことなく身に浴びて過ごしていたがな。

 

 それに等々学園に勤務する貴族吸血鬼の先生方にも目を付けられたようで、いよいよ面倒事に巻き込まれ始めたと実感した。恐らくだが俺が病院送りにした三等貴族と、廊下で仇討ちをしにきた二等貴族の件が上に報告されたのだろう。


 普通なら平民が貴族に楯突くことなんぞあえりえない事で上も相当焦っているのだろう。

 ――そしてそんな日が過ぎていくと、あっという間にアデラとの決闘の日を迎えた。


 俺は決闘の会場でもある第三アリーナの控え室にてベンチに座りながらアデラの準備が整うのを待っている所だ。


「悠斗……ねぇ悠斗ってば!」

「あ、ああ何だ雪花か。どうした?」


 考え事をしていると横から雪花が耳元で大きな声で名を叫び、思考の中断を余儀なくされると顔を彼女へと向けた。


「何だじゃないわよ。今からアデラと決闘だと言うのに随分と余裕そうなのね」


 雪花は決闘を間近で見学したいらしくアリーナの控え室にて一緒に待機している。

 ちゃんと乙津先生の許可を得ているから問題ない筈だ。


 ちなみに決闘の会場を用意してくれたのはアデラ達で先生方にも決闘を行う事をちゃんと話してアリーナの使用許可を取り付けたらしい。

 今日の朝、クラスに着くと早々に自慢の如く一方的に語っていたら間違いないだろう。


「なんだ雪花は俺が負けると思っているのか?」

「いいえ、違うわ。私は貴方が加減を間違えて、アデラを肉の塊にしないか心配しているだけよ」


 雪花の心配は俺の方ではなくアデラ方に向けられたいたらしい。まあ当然と言えば当然だろう。

 今まで俺にちょっかいを掛けてきた貴族吸血鬼達は準備運動ぐらいにしかならず、ただの肉の詰まったサンドバッグにしかならなかったからな。


 ……だからこそ俺が珍しく戦いに乗り気になっているのが雪花は見抜かれているらしく、アデラとの試合中に手加減をしないで本気を出さないか心配しているらしい。


「そうか、だがな雪花よ。相手は皇族の子孫と名乗っている女だ。もしアデラが相当な実力者だった場合それ相応の力を出さないといけなくなるだろう」

「はぁ……まったく。でも約束しなさいよ? 殺しは絶対に駄目。そして出来れば半殺しもね」

「ああ、分かった。約束する」


 頷きながら短く返事をすると俺は雪花から言われた条件を承諾した。

 そうして暫くすると控え室に乙津先生が入ってきた。


「準備は出来ているな? ちょうど向こうも今準備が完了したらい」

「分かった。では行くとするか」


 アデラの準備が整った事を乙津先生から聞かされると、落ち着かせていた腰を上げて控え室を出て決闘の場へと足を進めた。乙津先生は雪花と共に控え室から試合の様子を見学するらしい。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「さてアデラよ。いきなりですまないが、この決闘に俺が勝ったら皇族について色々と教えてもらえないか?」


 アリーナの真ん中でアデラと対峙すると個人的に皇族についての情報を教えて貰う事を提案する。


「皇族についてですの? ……なるほど。この極東の日本は皇族の事を何も知らないと。ああ、何たる罰当たりなことでしょうか。ですが構いませんよ。私に勝てたら情報文化が遅れている日本人に皇族について隅々とお話してあげますわ」


 だが向こうは眉間を抑えながら呆れたように溜息を吐きながらも了承してくれた。やはりアデラはプライドが高い吸血鬼だが根は貴族吸血鬼共と違い腐っていないように伺える。


「うむ。俺の身勝手な提案を承諾してくれて感謝するぞ」

「ふんっ! 貴方の感謝なんて要らないですわ。それに私は偉大なるグレーテ様の事を語り継ぐ使命もありますの。だから決して! 貴方の為ではないですわ!」


 アデラはそう言うと俺を鋭い目つきで捉えてきたが、これはもしやネットでたまに見るツンデレという奴なのではないだろうか。だがその考えは直ぐに消え去るとアリーナに備わるスピーカーから乙津先生の声が聞こてくる。


「両者、無駄話は辞めて構えろ。これよりアデラと悠斗の決闘を行う。二人とも死ない程度に奮闘するように。試合開始!」 

「「「おぉぉぉおッッ!」」」


 アデラと俺の決闘開始の合図は乙津先生の声とアリーナの観客席から見ている数多くの同学年の吸血鬼達の歓声によって告げられた。


「いきますわよ! 具現武装【ポイズンへカートMK2】!」


 アデラは俺から距離を取ると手を空に向けて詠唱を行う。これが公式な戦いではなければ詠唱中に腕をへし折り降参させたのだが、どうにもアデラという女の実力を見てみたいという好奇心に駆られて仕方ない。


「ふふっ、貴方は私にポイズンへカートを具現化させた時点で既に勝負は決まっていますわ!」

「ほう? よほどその武器に自信があるのだな」

「ええもちろんですの。私はこの武器と魔法で皇族の座に就くのですからッ!」


 アデラはスナイパーライフル形の武器を構えて銃口を向けると、引き金に人差し指を添えている様子である。そして彼女は続けざまこんな事を言ってきた。


「私のポイズンへカートを食らって立っていた者は今まで居ませんわ。故に警告しますの。これから放たれる銃弾が当たったら直ぐに降参すると言いなさい。そうしたら解毒剤をあげますわ」

「何を言っている。俺が降参する時なんぞ、世界が滅んでもありえない事だ」

「……そうですの。ならその身を持って知るといいですわ!」


 俺の返しがアデラには癪に障るのか引き金に添えている指を引くと、銃口が光り輝き弾が発射されるのを視界の真ん中で捉えた。


 ただ不運なことだなアデラよ。俺は昔にもお前見たいな狙撃タイプの吸血鬼と何度か戦った事がる。しかもその時は広大な地形での戦闘で大分困らされたがな。

 ……しかし今回はフィールドに限りがあり、尚且つ狙撃主が何処にいるか一目瞭然。


「戦いの基礎がなっていないな。だがこの時代ならそれが普通なのかも知れん」

「何を一人で言っていますの! 貴方には銃弾が直ぐ目の前に迫っているというの――――にっ!?」


 迫り来る銃弾を依然として捉えていると、腰に装備していた刀を抜いて銃弾を真っ二つに切り伏せアデラに見せつけた。


「そ、そんな! 私のポイズンへカートから発射された弾を正面から斬るですって……!?」

「これが実力というものだよ。若き吸血鬼よ」


 アデラは驚きの表情を見せて体を膠着させると、その瞬間俺は理解せざる得なかった。

 彼女は戦いに慣れていないという事に。


 そもそも自身の攻撃が効かなかった事で驚き固まっているなんぞ愚の骨頂。

 戦いとは常に自分の行動、手数、パターンを考えて動くべきだからな。


「それで、これで終わりかアデラよ? なら次は俺から行くぞ」


 ゆっくりとアデラに向けて歩き出す。


「チッ! まだまだですわ! スキル【ポイズンスモーク】!」


 彼女は下唇を噛み締めると悪足掻きとも言える行動に出たようだ。

 スナイパーライフルからいくつもの銃弾が放つと、それらは全て途中で爆発し中から紫色の煙が放出され始めたのだ。


「ほう……毒ガスで俺にダメージを与えて尚且つ視界をも封じたか。ははっ、中々にやるではないか!」


 どうやら先程の発言は撤回せねばならないようだ。

 これは悪足掻きではなく、ちゃんと考えて行動しているようだ。


「相変わらず貴方は減らず口が止まりませわね。ですがそれもこれまで、私の毒ガスをそんなにも吸ったら時期に動けなくなり呼吸も弱まってきますわ!」


 アデラは毒ガスの向こうから勝利を確信したような声色で言うと、無言のまま真っ直ぐと毒ガスの中を突き進み、下半身に力を乗せて瞬時移動すると彼女の背後へと回る。


「……ふっ、所詮問題児とてこの程度ですわね。最初は焦りましたが、この私の手に掛かれば余裕ですの!」

「それはそれは随分と言ってくれるじゃないか。だが相手の生死を確認しないでその発言は些か怠惰であるな」


 高らかに笑みを浮かべているアデラに背後から話しかけると、彼女は青ざめた表情で振り返りながら視線を合わせてきた。


「な、なぜ貴方が私の背後に! ……ぐあっ!?」

「お前は俺が戦っている相手に手の内を教えると思っているのか?」


 アデラが完全に振り返ると体も俺の方へと向けるが、そのまま左手で彼女の首を鷲掴みにした。


「ぐっ……ッ! は、離しさ……いっ!」

「それは無理だな。自力で拘束を解くか降参するしか、お前に道は残されていない」


 アデラは必死に抵抗してくるが首を絞める力をゆっくりと強めていく。

 やがて彼女は手にしていた武器を手放すと両手で俺の左手を掴み抵抗してきた。


「わ、私は……降参なんて……惨めな事はしません……わ!」

「そうか実に残念だ。ならばこのまま絞め落としてクラス代表をお前に譲り、更にCランクに負けた皇族の子孫という消えない烙印を押してやろう」


 更に左手に力を加えていくとアデラの首筋からは脈が早くなっていくのが伝わる。

 こういうプライドの高い奴は単純だ。皇族の子孫と豪語していてCランク風情に負けたとなれば自身に消えないトラウマが植え付けられることだろう。


「ううっ……あぁっ……」

「そろそろ限界だな。これで楽にしてやる感謝しろアデラよ」


 これで終とし最後の絞めを入れようとすると――唐突にも”脇腹に何かが突き刺さる”ような感覚を受ける。そしてアデラの首を絞めたまま視線を痛みのする方へと向けると、


「アデラ様をこれ以上苦しめるな!」


 そう、俺の脇腹にはフィオナが怒りの形相で立っており、その手には短剣が握られていたのだ。

 恐らく短剣は彼女の具現武装であろう。


「ふっ、中々に良い眷属を持ったではないかアデラよ」


 彼女をアリーナの壁際に向けて放り投げると、フィオナは俺から短剣を引き抜いて急いでアデラの元へと駆けていく。


「アデラお嬢様! だ、大丈夫ですか?」

「ごほっ……あぁっ……。え、ええ何とか大丈夫よフィオナ……」


 そんな会話が聞こえてくるとアデラの現状の実力は、この学園で言うなら中の下ぐらいだろうと考えた。まあ学園最強の生徒会長とやらと手合わせした事がないからあくまで憶測だが。

 しかし主の危機に眷属が自発的に助けにくるのは良い関係が築けている証拠だ。


 本来なら主が一方的に命令してやる事が多いからな。

 その点で言えばアデラは確かに皇族の子孫と言えるのかも知れない。

 嘗てのグレーテも眷属達には好かれていたと聞いた。


「それでどうする。まだ試合は続行するか? 俺は一向に構わんぞ」

「い、いえ……結構ですの……。フィオナが手を出した瞬間に私の”負け”は確定しましたわ……」


 アデラが力の入らない様な状態で立ち上がりながら言うと、俺は心臓に絡みついていた鎖のような感覚が消えていくような気がした。


 彼女自身が敗北を認めた事で血の契の効果が解けたのだろう。しかしアデラに関しては敗北したことでまだ血の契の効果が続いているだろう。眷属とか色々な条件を上乗せしていたからな。


「そうか。だが眷属がお前を助けねば今頃は絞め落とされていたがな」

「ッ! そんなこと貴方に言われなくても分かっていますわ! 行きますわよフィオナ!」

「は、はい! アデラお嬢様!」


 アデラはフィオナに体を支えながら控え室へと戻っていくと俺も控え室へと戻ると事にした。

 だがフィオナとやら。俺がアデラに気を取られていたというのは無論あるが、まさか死角を突いて攻撃してくるとは。


「ああ、この決闘は無駄ではなかったようだ」


 観客席から沸き立つ歓声を聞きながら独り言を呟くと足を進めた。

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