8話「聖騎士とは常に死と隣り合わせ」

 この聖十字騎士学院のテストにまさかの筆記があることを知らされると、俺としては生前の頃からペーパーテストに至っては嫌な思い出しかなく、気分が一気に奈落の底まで落とされたようなものだ。だがそれでも無情なことに姉貴の授業は続いていくのでノートを取るのに必死である。


「最初にお前たち全員が共通して覚えておかないといけないことがある。それは聖剣には剣の他にも聖銃や聖槍や聖弓と呼ばれる武器も存在するということだ。聖剣とはそれらのことを総じて呼ぶ際の総称であるのだ」

    

 姉貴はタブレットを操作して次々と画像やデータを電子黒板に表示させていくと、画面に表示された殆どの物が銃や槍や弓という武器であり、本当に聖剣とは総称であるようだ。


 だけど聖剣と言うとやはり剣という意味合いの方が強いと俺は思うのだが、この世界の価値観ではそういうことは特に気にしないのだろうか。


「うーむ。もしかして一番最初に作られたのが剣型の物だから、聖剣という名前になったのか?」


 これは完全に自身の憶測でしかないのだが唯一思い浮かんだ説がこれだけで、だとしたらならば納得のいくものであることに間違いはない。


 何れ授業の中で聖剣という総称に至るまでの経緯とかを教えて貰えることに期待しておこう。

 それまで真なる答えはお預けとし、俺の中ではさきの説が最も有力のものとして保留しておく。


「それで次に聖剣の形状について話していく。これも聖剣を扱った事がある者ならば知っているだろうが。しっかりと聞け」


 タブレットの操作を一旦止めて姉貴が顔を全員の方へと向けると、そのあと何故か視線が一人の女子の元へと一点に注がれていた。多分だが姉貴に今睨まれている女子が先程、小言を漏らして注意を受けていた人物なのだろう。


 それから姉貴は再び視線をタブレットへと向けて軽い咳払いを行うと、


「聖剣には造形変化の魔法を付与することで大きさや見た目を自由に変えることが可能だ。それは多くの女性が常日頃から聖剣を持ち歩くのは見た目的に嫌だということで、普段はブレスレットやネックレスなどに形状を変化させているのだ」


 聖剣とは常に武器としての形態を維持している訳ではなく、個々のセンスにより装飾の類として擬態を施しているらしい。

 つまり擬態させている装飾によっては、その人の美的感覚が何となく分かるということだろう。


「なるほど」


 だがそれを聞いて自然とその言葉が口から零れると確かに言われてみれば姉貴が聖剣を日頃から持ち歩いている素振りは一切なく、一体どこにあんな剣型の物を隠し持ち歩いているのかと疑問ではあったのだが漸く答えにたどり着いた。


 しかし同時に今度は一体どんな装飾の類として姉貴は聖剣の形状を変化させていたのだろうかと言う新たな疑問が浮上した。


 何故なら姉貴はネックレスとかブレスレットとかのファッション関係は皆無であり、家で過ごしている時は常にジャージのような服を着て酒を飲みつつテレビを見ているような女性であるのだ。


 そんなズボラな性格をしている姉貴が聖剣をどんな装飾に……。

 これは宇宙の謎を解き明かすぐらいの高難易度に匹敵する難問となるのではないだろうか。


 けれど姉貴の事もそうなのだが暇な時に街を出歩いても、誰ひとりとして聖剣のような武器を手にしていないことから、やはり女性の方々は聖騎士という以前に一人の女性なのだろう。

 どこの世界でも女性はファッションや容姿を気にするものだということだ。


「そして必要な時に応じて自身の魔力を聖剣に与えると形状が元に戻り、それと同時に礼装も纏えるという仕組みだ」


 姉貴がタブレットを操作して電子黒板にネックレス型の物が聖剣へと形を戻す瞬間の動画を映し出すと、確かに色々な法則を無視して規格外なことが可能であることをまざまざと認識させられた。


 もしかしてこの世界の文明レベルは俺が生きていた頃の日本というか……向こうの世界の技術レベルを遥かに凌駕しているのではないだろうか。そう考えてしまうと自然と背筋が凍るように冷えるが、今更向こうのことを考えても仕方ないことだと何処か冷静な部分もあった。


 どのみち俺自身は既に死んで別の世界で誕生した身であるのだ。

 ならばいつまでも向こうの世界のことを気にしてもしょうがないだろう。

 別に未練なんぞ、これっぽちもないからな。ああ、本当にだ。


 しかし話は変わるがこの世界の基盤となっているものは、個々に宿るとされている魔力という概念に間違いはなさそうである。

 なんせタブレット端末を扱うのにも必要であり、聖剣を扱う際にも必要であるからだ。


 ちなみに魔力とは男性にも宿るものなのだが何故か聖剣は男性には反応しないのだ。

 だからこの世界の男達は前線の戦闘職にはつかず、後方支援が主となっているようなのだ。


 余談だがこの情報は姉貴が現役の頃に話していたことだから信憑性は高い筈だ。

 というか間違いなくそうだろう。聖剣相手に生身とか考えたくもない。


 ……だが改めてそう思うと本当になんで俺だけ聖剣が扱えるんだろうな。

 これは最早そういう一種の呪いと考えるべきかも知れん。

 

「それと礼装のことは全員知っていると思うが一応簡単に説明をしておくと鎧みたいな物だ。それを身に纏いながら聖騎士は敵と戦う事になる。そもそも礼装無しで他の聖騎士と戦う事になれば最悪の場合死ぬか、運が良くて四肢の欠損程度で済むこととなるだろう」


 姉貴が今全員に伝えている事はなにも誇張して話していることではないのだ。

 聖騎士というのは聖剣と礼装が一つとなり漸く戦えるようになる者であり、どちらが一つでも欠けた状態で戦うとなるとそれだけで勝敗は大きく傾くことになる。


 それだけは身を持って俺は知っているのだ。なんせこのパルメシル王国に移住して二年後に隣国と領土の権利を賭けた小規模の争いが勃発したからだ。


 毎日テレビでは戦士した聖騎士や後方支援の人達の名前が沢山流れ、時折映る戦場の光景には味方や敵の双方の聖騎士達が泥や血まみれとなり倒れていたり、一部は腐敗が進んでいるのか虫が多く集る死体も映っていた。今でも虫の卵が沢山産み付けられた死体を思い出す時があるぐらいだ。


 この世界は戦争というものを幼い頃から覚えさせる為に、平然とテレビでそういうことを放送するらしいのだ。そういうのは平和な世界で暮らしていた俺にとっては中々に衝撃的なもので、それを見た日から一週間ぐらいは食べ物が全く喉を通らなかった記憶がある。


 だが何もそんな悲惨な光景を目の当たりにしたのは俺だけではない。ヒカリも無論そうだし恐らくこの場に居る全員は、あの時の戦争をテレビで見ていたであろう。中には戦争で肉親を失った者もいるはずだ。……だからこそ、聖剣と礼装の重要性については一番理解を示せる。


「つまり生身で聖騎士との戦いを強いられた時点で、礼装を着ていない者は決死の覚悟で戦闘を行わければならないのか。……もし、そんな時が起きたら俺は――」


 万が一の時を考えてしまうと自然とペンを握る手が緩んでしまうが、まだ碌に聖剣の扱いを学んでもいないこの状態では何も思い浮かぶことはなかった。強いて言うならば生物の本能として逃げることを優先させるぐらいだろう。

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