第3話 悪い大人達

2日ほどで熱の下がったレインが、申し訳なさそうにリビングに出てきた。すると、そこにはいつもと違う雰囲気が待っていた。


「みんな、どこかへでかけるの?」


大人達3人はいつもより綺麗な服を着て、外へ行く支度をしていた。


「そう。今日はみんなでお出かけだよ。さあレインくんもシャワーを浴びてこれに着替えておいで」


レインは「外には出れないのでは?」という疑問が湧くが、言葉にする間も与えられずシャワー室へ放り込まれる。

言われたままに着替えると、「よし!じゃあ行きますか!」とクキに連れられ今度は車に放り込まれた。

運転席にはトーカ。助手席にはクキ。レインの隣にはヒスイが座り、車は軽快に走り出した。




「まずはクキさんオススメのお菓子屋さんだよ!」


全く状況がわからないまま車がたどり着いたのは、物語に出てきそうな可愛い家の前だった。クキに手を引かれ中に入ると、宝石のようなキラキラした食べ物がたくさん並べられている。

見たことのない光景にレインは口を開けて見惚れてしまった。


「キレイでしょ〜。可愛いでしょ〜。お客さん用のお菓子はいつもここで買うんだよ。レインくんはどれが欲しい?」


どれが欲しいと言われても、何が何やらわからない。ワタワタするだけのレインを見て、クキがカラフルなクッキーを手に取った。


「じゃあ、これにしよう。色んな色があって虹みたいでしょ。レインくんにピッタリ」


レインと暮らすにあたりクキとヒスイは地上のことを色々と勉強した。その成果をここぞとばかりに発揮している。


「うん。綺麗。あ、でも僕お金持ってない」

「クキさんが買ってあげるよ。こっそり貯めてるお金はこうゆう時に使わないとね」


なおも「でも……」と食い下がるレインに、「子供が遠慮なんかするんじゃないの!」とクキはさっさと会計を済ませてしまう。

可愛い絵の描かれた袋を持ったレインを連れて、クキは車に戻った。




「ここは俺の友達がいる工房なんだ」


次に行ったのは石を加工して作るアクセサリーの工房。中に入ると背の高い青年が出迎えてくれた。


「ヒスイ!久しぶり!その子が預かってるって言ってた子か?」

「イッカ!そうだよ。頼んでたブレスレットは用意できた?」


少年時代から更に成長し、すっかり長身に育ったイッカが何かをお盆に乗せてきた。カラフルな石でできたブレスレットだ。


「さすがイッカ。いい腕してる。ほら、レイン。つけてみろよ」

「え?でも、僕、こんな高そうな物……」

「大丈夫。俺、仕事が忙しすぎて全然金使うことないから。自分でも引くくらい貯まってた……」

「ヒスイは相変わらず仕事ばっかなんだな。少しは休めよ」


組織も一応給料は支払われる。ヒスイの場合、生活費は別に用意されてるので給料は使わなければ貯まるいっぽうなのだ。


「うん。よく似合ってる。ありがとうな、イッカ。今度なんかお礼するからな」

「きちんとお代をいただいてるからいいよ。こちらこそ、お買い上げありがとうございますだ」


拳を合わせて笑い合う。ヒスイとイッカの姿を見て、レインは「あんな友達がいていいなぁ」と羨ましくなった。




「次も俺の友達のいる店だ」


次に着いたのは果物屋だった。様々な果物が並ぶ姿は目に楽しく、ほのかに香る甘い匂いは食欲を誘う。


「ウノ!久しぶり!」

「ヒスイ!待ってたよ〜」


大人になって丸顔から少し精悍な顔つきになったウノが、子供の頃と変わらない笑顔でこっちに来た。


「レイン。どれか食べたいものはあるか?」


食べたい物と言われても、果物なんて高級品で食べたことがない。戸惑うレインにウノがお勧めを持ってきてくれた。


「このブドウは今朝届いたばかりだから新鮮で美味しいよ。皮ごと食べられるから手間もないしね」


ツヤツヤ輝く紫の粒が、レインのキラキラした目に映る。その様子を見て「じゃあそれを貰うよ」と言いかけたヒスイを誰かの手が遮った。


「じゃあ、それをいただこう。ウノ。お会計して」


車で待機してるはずのトーカがいた。


「なんでトーカがいるんだよ!」

「だって、俺だけレインに何も買えないなんて悲しいじゃないか!」


いい歳したおっさんが店内で泣き真似をしている。騒々しいそのやり取りにウノが低い声で忠告した。


「どっちが払うのでもいいんで、店で騒ぐのはやめてください」


その迫力にヒスイとトーカは素直に「はい」としたがってお会計に進んだ。

そんな2人の姿を見て、レインは思わず笑みをこぼしてしまった。




ブレスレットをつけ、クッキーの紙袋とブドウの袋を持って、レインは公園のベンチに来た。

外で食べたほうが絶対おいしいよというクキの提案で、買った物をみんなでベンチで食べることになったのだ。


「……美味しい」


ブドウは少し酸味がきいた甘さが口に広がり、とても美味しい。瑞々しさがまた心地よい。

クッキーも初めて食べる味で驚いたが、優しい甘さが口で溶けてくのが堪らなかった。

自然と幸せな笑みが溢れてしまう。


「やっと笑ったな」


ヒスイが嬉しそうに笑う。

言われて笑うのをやめようとすると、頬を掴まれ阻止された。


「こら。なんでやめるんだよ。うまいもん食べたら笑えばいいだろ。嬉しかったら喜べばいいだろ。イヤだったら怒ればいいだろ。自然なことじゃないか」


少し怒り気味に言われてレインの顔が曇る。


「……ごめんなさい」


咄嗟にでた謝罪の言葉に、さらに頬をつねられる。


「謝るな。お前は何も悪いことしてない。ただ色んなことを感じて生きてるだけだろう」


頬をつねられながら、レインは涙目になってくる。


「だって、僕がイヤだとか辛いとか言えば迷惑になるから……」


悲しそうな声にヒスイが頬から手を離す。今度は優しい声で語りかけた。


「どうしてそう思うんだ?」

「………父さんと母さんが死んで。おじさんとおばさんも災害で大変な状態で。僕がいい子にしてないとみんなに迷惑がかかるから。だから………」


ポタポタと涙が落ちる。俯いて涙を拭うレインの頭を、ヒスイがそっと撫でた。


「お前は優しいな。優しくていい子だ。でもそんなに我慢しなくていいんだよ。子供の辛さや痛みを受け止めてやるのが大人の仕事なんだから」


優しく、優しく。全てを受け入れるように頭を撫で続ける。トーカやクキもこんな気持ちだったのかなと、ヒスイは今まで貰った優しさを全てレインに渡すように手を動かし続けた。


「そうだな。ヒスイなんて酷かったしな。俺も連れてけ、全て教えろ。怒って拗ねて反抗して。いや〜。大変だった」

「泣き虫だったしね。いや〜。あの頃は可愛かったなぁ」

「な!ちょ!今そんなこと言わなくていいだろ!」


トーカとクキのチャチャ入れに、ヒスイが真っ赤になって反論する。レインはいつのまにか頭から離された手を見て、自分とそんなに変わらないはずなのにとても大きな手だなと感じた。


「いつのまにか頭を撫でる側にまわっちゃって。お父さん泣いちゃいそう」

「クキさんは寂しいかなぁ。いつまでも可愛がっていたかったよ〜」


調子に乗ってふざけ続ける2人にヒスイがキレてナイフを取り出す。「こんなとこで武器を出すな〜」と騒ぎ続ける大人達を見て、レインは大声で笑ってしまった。

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