5話


 城には歴代聖女の結界が張り巡らされ、魔女や魔物は入れない。

 まあ、魔女の場合その気になれば入れる者もいる。

 そのあたりは霊格の差。

 でも王子という協力者のおかげで難なく侵入完了。

 入ってしまうと魔法を使い放題だ。

 建物、人間、動植物の記憶を収集し、魔石という形で保存。

 姿を透過しているからやりたい放題できる。

 ある意味、対価はこれでも十分なくらいだけれど恩はいくら売ってもいいものね。

 

「魔女様、こちらが妹の部屋です」

『わかりましたわ』

 

 ひそ、とジュドー王子が私に向けて呟くので、小声で答える。

 大きな観音開きの花の彫られた扉。

 扉の前に四人も騎士が立っているのには驚いたけれど、中には十人以上のメイトや使用人、薬師がひしめいている。

 ちょうどいいわ。

 薬師が手当てする時、タイミングを合わせて治癒魔法の魔法文字を横たわる赤い顔の少女にかけていく。

 

「熱が下がってきました!」

「まあ!」

「すぐに王妃様にご報告してまいりますわ!」

 

 ゆっくり、薬師が新しい薬を飲ませるタイミングでもう一度弱めの回復をかける。

 これで怪我による高熱は治まったはずだ。

 次は改めて体の様子を診る。

 全身骨折。それによる高熱ね。

 骨をくっつける、ズレた骨を治す、内臓に突き刺さった骨も取り除き、破損個所を治癒。

 一番深刻なのは頭……揺れた脳。

 でも、中身は無事みたい。

 後頭部に突き刺さったままの小石をすべて取り除き、先ほどと同じく裂傷部分を治癒すれば――

 

「呼吸も整ってきたぞ」

「先ほどの解熱剤が効いたか! よし、怪我の治療に移ろう」

「髪が剃れれば間違いないんだが……」

 

 などと言いながら侍女たちを見る薬師たちだが、彼女たちの眼差しは厳しい。

 もちろん薬師の言っていることは適切だ。

 姫の前身は固い木材で固定され、長いピンクの髪をかき分けながら薬師たちは怪我を消毒して塗薬を染み込ませた布で優しく塗り込んでいく。

 小石はすべて私が取り除いたが、裂傷を癒す薬を傷すべてに塗り込むのは長い髪が邪魔で無理。

 なら、それを私が治せばいい。

 体の方もほとんどの処置は終わっている。

 あとは薬師たちの、物理的な治療と彼女の自然回復力で元気になるだろう。

 強く打った頭に関しては、彼女が目覚めてみなければわからない。

 でも、今回の怪我で”死”を司る黒の魔女の膝枕に頭が乗ることはないはず。

 

『あとは薬師に任せても問題ないでしょう。わたくしは深淵の森に戻ります。まだ危険な状態に戻るようでしたら、またいらして』

「ッ!」

 

 王子の耳元で囁いてから、森の中へと転移する。

 一度行った場所には気軽に転移ができるようになるから、これでマーゼリク王国の王城には自由に行けるようになったわ。

 それもいい収穫ね。

 

「うふふふ……この貸しはどうやって返してもらおうかしら? マーゼリク王もよもや王子の命が私の手中にあるとは思わないでしょうね」

 

 対価を支払わなければ強制的に支払ってもらうこともできる。

 つまり、あの王子の命は私が握っているも同然。

 魔女に願うということはそういうこと。

 まあ、第二王子の命なんてどうなってもいい、という判断をするのであればあの王子を懐柔して内側から蕩け溶かしてしまえばいいわ。

 第一王子が死ねば長子の順番はジュドー王子に回ってくるからね。

 彼が王太子になったら、マーゼリク王国の増強してきた国力でマロウド王国を……。

 

「ふふふふ……あははははは!」

 

 なにも下心なく甘やかしてきたわけじゃないのよ。

 一部とはいえ豊作の続く領地があるおかげで、私のようなマロウド王国に差し出される令嬢もいなかった。

 同時に食糧が行き渡り、弱まりつつあった国力が増強できている。

 これまでも私に接触してきた貴族たちは、自領の食糧が増えたことに対して「他所の領地からの”強奪”に備えておいた方がいいですよ」と”助言”したから秘密裏に武器や防具を増やし備えるよう促してきた。

 さらに言えば金の魔女様の弱体化で魔物が減ってきているから、魔物討伐を生業にしている冒険者たちは暇になりつつある。

 武力を持つ者が暇になり、一部が豊かであればそりゃあ豊かでない領地は暇人を雇ってちょっかいを出そうとすることでしょう。

 逆も然り。

 賊に備えるという大義名分で、武力を集めるののなにが悪いの、という話よ。

 戦争の準備というのは一年やそこらでできるものではないから、私がこっそり手助けしてあげていたの。

 もう少し食糧の備蓄を増やさせてから、マロウド王国との仲を少しずつ悪化させていくつもりだったけれど……王子という駒も手に入ったから二、三年以内に急速悪化させていくとしましょうか。

 魔女らしくね。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 ジュドー王子が私の下へ訪れてから三年が経過した。

 大人の体に操作ができるようになったが、幼い容姿の方が騎士ウケがいいので生活している時以外は七歳の姿で対応している。

 

「ちゅんちゅん」

「また来たのね?」

 

 窓枠に停まる小鳥の魔物。

 首に筒をかけており、中身を取り出すとジュドー王子からの手紙。

 あの日……ジュドー王子の妹姫シュリナの命を救って以降文通を申し込まれたのよね。

 面倒くさいがマーゼリク王国城内の情報がふんだんに書いてあるから、三年続けてしまった。

 マーゼリク王国の中心部での大きな変化としては、第一王子マルケルが立太子したことと、あの時死にかけたことで末姫シュリナが聖女として覚醒したこと。

 これによりジュドー王子の立場は非常に悪くなり、城から出て学生寮で生活していた。

 今年からマーゼリク王国とマロウド王国の国境に領地をもらい辺境伯として就任する――とか。

 王太子のストックである第二王子が、聖女として覚醒した姫を害したのだ。

 城から出すだけでなく、国を守る要にという建前の下、兄妹から引き離しもっとも危険な場所で国のために擦り切れるまで使い潰すつもりだ。

 ジュドー王子はその処理について納得済みであり、むしろ今まで貴族学園に通わせてくれたと感謝までしていた。

 私に立場の改善を訴えることもなく、ことあるごとに『あの時の対価を、いつか支払いたい。あなたがなにか困ったことがあったら、いつでも駆けつける。私にできることなどたかが知れておりますが』と書いてある。

 心配しなくても、あなたはもう私と契約済み。逃げ場なんてこの世界のどこにもないわ。

 

「ん?」

 

 でも、今回の手紙には簡潔に一言しか書いていない。

 

『身を隠してください』

 

 と。

 小鳥を見上げると首を傾げて返事を待っている。

 いつもは紙の隅から隅まで細かい文字で書き連ねてあるというのに。

 つまり、長々と事情を書く時間がなく、かつ私に危機が迫っていることだけでも伝えたかった……ってことかしら? 律儀な子。

 結界に反応。

 新しいマーゼリク王国の領主貴族かしら、といつもの格好で家の外で来客を待とうとした――が、結界に入る人間がどんどん増えていく。

 それに森に油が撒かれて火をかけられているが、深淵の森の木々は金の魔女様の持ち物だから燃えないし切ることもできないし成長もしないのよ。

 ふむ……どうやら燃えないことに気がついてさらに人が増えていくわね?

 なるほど――私の討伐部隊か。

 

「あったぞ! 魔女の家だ!」

 

 荒々しい声と無数の足音がどんどん家に近づいてくる。

 ローブを纏ったまま浮かび上がると馬に乗った騎士が数人と、その中央にピンクの法衣を着た女がいた。

 あのピンクの髪の女は……。

 

「いました! あれが魔女です!」

「まあ、今日はずいぶん大人数のお客様がいらっしゃいましたのね」

 

 深くフードを被った大女を装ったまま、見回す。

 やはり、聖女。

 ジュドー王子の妹姫シュリナと、第一王子の王太子マルケルがセットでいらしたなんて、あらあらまあまあ。

 もちろんそんな王族の護衛は豪華。

 近衛騎士団と、騎士団の団長と副団長。

 その護衛の騎士の中に、懐かしい顔がある。

 ……お父様じゃない。あの人騎士団長だったのねぇ?

 

「ご用件をお伺いいたしますわ。こんな大人数は初めてですので、とても全員家に招くことができませんからこのままで申し訳ございませんけれど……」

「ふ、ふざけないで! あなたがお父様の魔力を奪っているのでしょう! 返していただきに来たわ、お父様の魔力を!」

「ん? んん……?」

 

 なんて? え? なに?

 

「わたくしが国王陛下の魔力を奪っていると?」

「認めましたわね! おとなしくお父様の魔力をお返しなさい! さもなくば、悪しき魔女として討伐させていただきます!」

「………………」

 

 呆れ果てて思わず開口のまま固まってしまった。

 嘘でしょう? この女……曲がりなりにも聖女に覚醒していたのではないの?

 魔力についてなにも、誰にも教わっていないのかしら?

 

「黙り込んだということは、心当たりがあるということだな! 父上に魔力を返せ! 魔女め!」

「ええと、なにか誤解があるようですが……魔力はその人個人のものであり、魔力を奪うことはできません」

 

 これは嘘。

 他者から魔力を奪う方法は、ある。

 でも、ぶっちゃけマーゼリク国王の魔力は出涸らしだ。

 奪うまでもないというか、奪う旨味がない。

 

「嘘です! それではなぜマーゼリク王国の土地の魔力が減少し続けているのですか! あなたがお父様から奪って、まるで自分の手柄のように領主たちに言いまわっているのでしょう!」

「逆ですわ。国王陛下の魔力が枯渇し、多くの領主が『民が飢えてしまうから』とわたくしに支援を求めていらしているのです。わたくしは魔女見習いですから、どうしても無償でお助けすることができませんので報酬はいただきますけれど……。陛下を手助けなさりたいのであれば、聖女となられた姫殿下がなさった方がよろしいのではありませんか?」

 

 できるものならやればいい。

 聖女は結界を張ることで悪しきものから人々を守り、傷ついたものを癒す力はあるが魔女や王のように『魔力で自然に干渉する力』はない。

 それでも求心力のある聖女として王を支えることはできるだろうに。

 まったく、父王のふがいなさを人のせいにしないでもらいたいわ。

 

「その報酬も、人間の命を奪うものなのでしょう!? 魔女の求める対価は人の寿命だと教会で教わりました!」

 

 間違ってないけれど、なんでそこだけは正しい情報なのよ?

 面倒くさいことになってるわね、どうしよう?

 全員魔法で倒すのは問題ないけれど、せっかく築いてきた『慈悲深い魔女』のイメージをここで崩すと計画の進捗が遅れてしまうわ。

 人の話を聞かないのも面倒だし、この大人数を追い返すのも時間がかかるだろうし。

 

「おやめください、兄上、シュリナ!」

 

 あら。

 騎士団の最後尾に馬を走らせて駆けつけたのはジュドー王子ではない。

 ふうん……やはりジュドー王子は私を擁護派なのね。

 ジュドー王子とお付きのあの騎士が、私と対峙するマルケル王子とシュリナ姫の前に回り込む。

 まるで私を守るように、息を切らせて。

 

「何度申し上げればわかっていただけるのです!? 深淵の森の魔女様はマーゼリク王国の敵ではございません! 魔女様のおかげで、今この国は民が飢えずに済んでいるのです!」

「貴様、まだそのようなことを言って魔女を庇い立てするのか! これまで大陸で魔女がどれほど国々に災いをもたらしてきたか……歴史が証明しているではないか!」

「彼女はそんな魔女ではありません!」

「魅入られおって、未熟者が……!! ルージェ――団長、この愚か者を捕えろ!」

「はっ!」

 

 馬に乗ったまま剣を引き抜くのは”お父様”だ。

 ジュドー王子の騎士が王子を守るように前に出るが、彼も騎士団に所属する身。

 騎士団長相手に剣を抜くことはできないだろう。

 分が悪い。

 致し方ないわね。

 

「おやめください、お父様・・・

 

 フードを取り、ローブ脱ぎ捨てる。

 幼い容姿のままだから、年老いた父にも身に覚えくらいあるかもしれないわね。

 

「は……? 誰が父だと……?」

「子ども……?」

「魔女様……」

 

 動揺が走る。

 ジュドー王子とそのお付き騎士にはすでに見せているが、その他大勢は初見だもの、驚くわよね。

 地面に下りて、ふうと溜息。

 

「まあ、わたくしの顔はお忘れになっておられます? もう十年になりますものね。無理もございませんわ」

「……まさか……ありえん……そんなばかな……!」

 

 頬に手をあてがい、仕方ないとばかりの話し方。

 馬上でお父様が狼狽えて、剣を地面に向ける。

 

「ディ、ディーヴィア? お前が魔女、だと……!? な、なぜだ!? なぜ……!?」

「金の魔女様に私の魔力量が豊富であると見初めていただいたのですわ。金の魔女様が弱体化しておられるので、次代の金の魔女となるために、魔女見習いになったのです。金の魔女様は大陸を横断するルディール山脈に魔力を流し、金や宝石、魔物を生み出すのが仕事。騎士団長であるお父様なら、魔物がいなくなれば職を失う者や肉や素材が足りなくなるともお判りでしょう? それにわたくし、人様の害になるようなことはやっておりませんわよ」

 

 まあ、表向きは――だけれど。

 私が溜息交じりに、呆れたように告げると騎士団の面々は恩恵を理解しているからだろう、顔を見合わせ始める。

 それにルディール山脈の採掘量が下がり続けているのも恐らく気づいているはず。

 その証拠に、王太子の表情の歪みがすごい。

 ルディール山脈は各国に面する、国同士の壁でもある。

 国同士が戦争を容易く起こせないための盾であり、経済の要。

 鉱山が枯渇すればどの国も困る。

 特に、鉱山に住む好物系の魔物は騎士団の武具の素材でもあるものね。


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