正義のヒーローはおじさん

桜 こころ

第1話 同窓会……そして再会


 みんなも思ったことはないだろうか。

 悪い奴らを格好よくやっつけて颯爽さっそうと姿を消す、正義のヒーローになりたい。


 俺もなりたかった。


 でも、現実はそんな簡単じゃなかった。


 俺は今年55になるおじさんだ。

 体はおとろえ、いろんなところが故障していく。皮膚はたるみ、顔にはしわが目立つようになった。


 今さら正義のヒーローとか言ったら笑われる。


 俺は輪島わじまたかし、都内で私立探偵を営んでいる。

 探偵といってもみんなが思うようなかっこいいもんじゃない。

 町で起こる小さな困りごとを解決するくらいだ。


 若い頃に脱サラして、人の役に立つぞって張り切ってた頃が懐かしい。

 今では暇を持て余したしがないおじさん探偵。


「はあーっ」


 と大きなため息を吐いて、辺りを見渡す。


 ここは高級ホテルのロビー。


 たくさんの人たちが楽しそうにお喋りをしている。

 テーブルの上には色とりどりの豪華な料理が並べられ、それを取り皿に盛り付けながらそれぞれが料理を満喫まんきつしている。


 何人かいるウエイターが飲み物を持ちながら、それぞれ順番に声をかけていた。


「お飲み物はいかがですか?」


 俺にも声がかかった。


「じゃあ、ワインをもらおうか」

「かしこまりました」


 ウエイターがグラスにワインを注ぐ。


 いかにも高級そうなそのワインを一口飲んだ。


 うまい!


 さすが、こういうところで出るものは違うな。

 いつも俺が飲んでる安物の酒とは格が違う。


 さて、なぜ俺がこんなところにいるのかというと。


「輪島くん、ひさしぶり」


 小学生のとき同級生だった桐生きりゅう慶介けいすけが声をかけてきた。


 軽く手をあげると、嬉しそうな顔をして近づいてくる。


 途中で人にぶつかり、軽くしか当たっていないのに、桐生は強く当たられたかのように倒れそうにふらついた。


 彼は小学生の頃から細くやせ型で、風に吹き飛んでいきそうな体をしていた。

 その代わりに頭がかしこく、研究や化学が大好きな子どもだった。どこか人と違う思考を持つ彼は、みんなから博士はかせと呼ばれていた。


「やあ、元気だった?」


 ニコニコした彼はキラキラした瞳で俺を見つめてくる。


 おじさんというにはどこか可愛らしさが残るあどけない表情をする。見た目も年齢の割にすごく幼い風貌ふうぼうをしていた。


「ああ、元気だよ。

 どうしたんだ? そんなに俺のこと見て」


 先ほどから桐生はなぜか俺のことをガン見してくる。


 桐生はぐいっと俺に顔を近づけると言った。


「だって、君、今、探偵してるんだろ?」


 どこからそんな情報手に入れたんだ。

 小学校の奴らに言ったことなんてなかったのに。


「他の奴が言ってたんだよ。

 たまたま輪島くんの探偵事務所のことを知ったみたいで、教えてくれたんだ。

 僕、そういうのすっごく興味ある」


 桐生は遠足を明日に控えた小学生かというほどワクワクした表情で見つめてくる。

 あんまり関わりたくないと思った俺は背を向けた。しかし、桐生は関係なく平然と前へと回り込んできた。


「ねえ、僕も君の探偵事務所お手伝いしてもいい?」

「はあ? なんでおまえが」

「あ、ねえ、ねえ、佐々木くんもどう?」


 桐生はたまたま近くで一人食べていた佐々木に声をかけた。


 よりにもよってなぜこいつなんだ。


 佐々木ささき竜也たつや

 彼は小学生の頃から根暗でいつも一人ぼっちだった。

 幽霊のように気配を消し、孤独を愛しているようにさえ見えた。


 皆、彼を気持ち悪がって近づこうとはせず、先生も手を焼いていたほどだった。


 今もどこか哀愁あいしゅうを漂わせ、暗い雰囲気に包まれている。

 猫背気味な姿勢で、無表情な顔を向けながら、こちらを見つめてきた。


 以外にも、顔はイケメンに成長していることに驚いた。


「何?」


 佐々木がぼそっと問いかける。


「いや、なんでもない。こいつが勝手に言っているだけだ。気にするな」

「……そう」


 俺が急いで否定すると、佐々木は興味なさそうに背を向け、また食事をはじめた。


 何を考えているのかわからない奴だ。

 もう放っておこうと思った矢先やさき、桐生が余計なことを言いはじめた。


「佐々木くん、探偵に興味ない?

 僕、輪島くんのお手伝いしようと思うんだけど、君も一緒にどうかな?」

「おまっ、何を勝手に決めてるんだ! 俺は了承した覚えはないぞ」


 俺は憤慨ふんがいして、桐生に詰め寄っていくと、後ろの方からぼそっと声が聞こえた。


「……いいね、俺、探偵やってみたいかも」

「は?」


 俺は開いた口が塞がらなかった。




 かくして、同窓会で出会ったおじさん三人は、このように運命の再開を果たしたのだった。


 この三人の出会いがあんな騒動に巻き込まれていくことになるなんて、このときの俺はまったく予想していなかった。

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