託卵家族
モグラノ
騙シAI
第1話 呼び出しを食らう
非通知番号から着信。計、七回のコールで受話器が持ちあがりました。近くに住人はいなかったのでしょうか。衛星画像との照合、水道、電気の使用量から推測するに何らかの作業中ではなかったと思われます。
住民票、通院歴を総合して、家主である倉橋タエ子さんは痛めた膝を庇い、電話に応対するのが遅れたのだと判断します。
「もしもし」
電話の向こう、男の声は籠もり不明瞭。布越し、マスクを着用中なのでしょうか。
「はい、もしもし」
しばらくの沈黙が続きます。
「誰なんだい、用があるなら早く言いな。いたずらなら、もう切るよ」
嗚咽。そして愚図る声、鼻を鳴らす音。
「
「そう、俺だ。弘樹だよ。ごめん、お袋。やべえんだ、助けてくれよ。俺、俺さ」
戸籍謄本を照会。倉橋弘樹、タエ子さんの実子と同姓同名を名乗っています。六年前に作成されている捜索願を確認しました。区分、一般家出人。目立った事件性なし。
「泣いてちゃわからないよ。あんた連絡もせずにどうしたの。いままで何してたの」
「俺さ、事故っちゃって。相手が悪くって、俺もう、もう、どうしたらいいんだか」
データベース接続。該当事故事例なし。事故報告がまだ未提出である可能性、低。免許証の偽造、偽名である可能性、極小。タエ子さんに示談金を捻出してもらう為の電話だった模様。振り込め詐欺、オレオレ詐欺、劇場型詐欺、過去の犯罪例と照合の結果。特殊詐欺である確率、高。
三中銀行へ連絡。振り込み、引き出しの一時留めを要請。捜査第二課に応援要請。事件を未然に防ぐ事が何よりも好ましい。それでいいのでしょうか。本当に、それで。わからない。私にはわからない。私には。Error、Error──。
グスグスとすすり泣く声。弱々しく揺り動く肩に、思わず手を添えそうになった。それをしない代わりにそっと声をかける。
「わかる。その気持ちよくわかりますよ、お婆ちゃん」
「本当、お巡りさん。わかってくれるの? じゃあさ、勘弁してちょうだいな」
伏し目がちだった顔をゆっくりと上げ、すがる様にわたしを見てくる。心苦しい。
「迷惑だったのはわかります。それでもね、隣の家の木は勝手に切っちゃダメなんです。枝だけでも、犯罪になっちゃうんですよ」
「あんた、わかるって言ったじゃないか。この嘘つき。大体ねえ、好き放題のばして敷地に入ってきてるのは向こうなんだよ」
バンと机を叩かれ迫られる。取り調べを受ける側の気持ちになってしまう。事情を聞いていたのは、こちらだった筈なのに。
「落ち着いてください。まずはお隣さんに枝を切るよう、お願いするべきでしたね。幸いお隣さんは、謝罪があるのなら被害届を出さないと言ってくれていますから」
「嫌だね。被害を受けたのはこっちだよ。誰が謝るものかい」
迂闊な物言いで火に油を注いでしまい、平和的な解決が一歩遠のく。どうにか反省を促し、トラブルを避けられないものかと憂慮していると、
「
中村先輩に呼び出される。
「なんですか。わたし、まだやれますよ」
「いや、いいから交代だ。あれはお前にゃ無理だよ。あの婆さんな、これで三回目」
「さ、ん!?」
あわてて口を塞いだ。
「大方、お前の同情を買って仲裁してもらう腹だろう。警察は民事不介入だっつうのに。今度ばかりは書類送検になるかもな」
「まさか、常習犯だったとは」
びっくりだ。そして堂々巡りだった話がわたしの協力を得ようとする算段と知り、二度びっくりだ。あんなに弱々しかった姿が今や、逞しさを帯びてみえてくる。
「あとは俺に任せとけって。それにお前、何やったんだよ」
「え?」
「お呼び出し、だ」
中村先輩は強面の顔でニヤリと笑った。
「なんで、わたしが呼ばれるんだろう」
警察署、署長室。閉じられた木製のドアは私の入室を拒んでいた。この手で開いて中に入っていくのは些かハードルが高い。これまで数えるほどしか入った事はなく、その数回も先輩のお供をしただけだった。名指しで呼ばれたのは、今回が初めてだ。
そして悲しいかな、賞賛を受ける行いをした覚えはなかった。通常勤務はこなしているつもりだったが成果は奮っていない。むしろ、逆。木製のドアを、鉄製のドアに感じるような出来事ならいくつかあった。ノックをしようと何度か拳を浮かせるが、深いため息が代わりに出るばかりだ。
徐ろにドアが開いた。メタルフレームの眼鏡を光らせながら、署長みずからが顔を覗かせる。素早くわたしの姿を捉えた。
「お、何だ。来てるじゃないか」
「は、はい。
ピシッと直立不動になる。
「ああ、いいの、いいの。ほら、それより早く入って入って」
署長室に通される。広い部屋に来客用のソファが三台。その内のひとつには少女が腰かけていた。目が会いニコリと微笑み、しずしずと頭を下げる。会釈を返しながらわたしは必死に考えていた。
どうして彼女がここにいるのだろうと。
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