第16話

「大丈夫だから、謝らないで。ごめん。きつく言い過ぎた。...いつまでそこにいるの、さっさと消えてくれない?」


「湊さ、」


そんな言い方しちゃだめだって言いたいのに。

そう言うべきなのに、声が出ない。


ごめんなさい。今の私には、あなたを庇う余裕はないみたい。


「少し落ち着いた?」

「…っ、」


怖い。昔の湊さんみたい。


「彩花…?」


そんな顔させて、怒らせて、


「ごめんなさいっ、」


「彩花…もう謝らないでよ?ね?」

「ごめっ、」


「俺の事、怖い....?」


何て言えばいいんだろう。

怖くないって言えば嘘になるけど、


「前みたいに…ただ私の事が嫌いで怒ってた訳じゃなくて、私のためを思って言ってくれたって分かってる。でも、頭では分かっているはずなのに、やっぱり怖い...嫌でもあの頃を思い出しちゃうの」


さっきの湊さんは別人みたいだった。

というより、昔の湊さんに戻ったみたいだった。


「そっか。きつく言い過ぎちゃってほんとにごめんね。怖い思いさせたくなかったのに。俺のせいで怖がらせた」


湊さんは私のことを思って怒ってくれたんだ。

私のことが嫌いだからじゃない。


「湊さん、」

「ん?」


「えっと...その、」

「大丈夫だから、なんでも言って?彩花が望むならなんでも叶えてあげる」


今、私が望むことは…


「...ギュッてしてもいい?」

湊さんに触れて安心すること。


「もちろん。おいで」

「ん、」


「これでもう大丈夫?」

やっぱり、湊さんに抱きしめられると安心する。


「うん。ありがとう」

「たくさん怒って怖かったよね。きつい言い方してごめんね」


「怖かった...昔の湊さんに戻ったみたいで、いつも怒られていたことを思い出して、」


胸が苦しくなった。


「彩花がこんなになっちゃうまで最低な事をしてたんだね。昔の俺は」


「違っ、嫌いなんじゃなくて…」

怖かっただけ。


「ほんと、最低な奴だ。…昔の俺が憎いよ」

「へ」


「彩花にこんな思いさせてたのに、それなのに俺は....」

「湊さん、」


そんな顔しないで。


「ん?」


「そんなつらそうな顔しないで。私はもう、大丈夫だから。私に酷いことをしたのは、昔の湊さんで今の湊さんじゃないでしょ?」


「…」


「私は今が幸せ。それで十分」

この一瞬の幸せだけで生きていけるから。


「彩花…」

「だから、この話はもうおしまい」


昔の話なんて今はしたくない。

思い出したくない。



ピンポーン


「っ、」

もしかして、またお義母様が…


「ちょっと待ってて」


どうしよう。

離婚させられるのかも、


「は、なんで」

「誰ですか?」




「いや、それが…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る