第16話 王都【サカルドニア】攻略戦 ~その八~
玄室を思わせるような、暗く沈んだ室内の中で。
そこは、一面の灰であった。
部屋の中に雪めいてしんしんと降り積もる灰の正体は、つい先刻までは命だった
「母さん……母さん……!ねぇ起きてよ母さん!」
「ぁ……ぅ……」
灰は灰に、塵は塵に。
母親がその呼びかけに応えを返すことはない。もう数刻もすれば周囲と同様、その体は灰となって霧散するだろう。
希望はない。救いはない。助かる見込みはない。
ここは灰色の絶望の真っ只中。
――それでも。
「――誰か、助けて。」
――それでも少年は
◆
赤く痛む。
両腕だけではない。全身が赤熱したかのように痛みに苛まれる。
「ハ、ッ!」
それを無視して気勢と共にシュウは踏み込む。
自分の頬をイグニスの放った冷たいエネルギーの塊が掠めるのを感じつつ、懐の内側に潜り込み、右足を振りかぶる。
「遅い!」
「チッ――!」
ガードされた右足を引き戻して、左回し蹴り、右踵、左のサッカーボールキックと連続して攻勢を仕掛けていくものの、全て捌かれる。
「そこッ!」
大ぶりの一撃を繰り出した隙にカウンターとして繰り出したのは低く沈んだ足払い。
普段のシュウならば問題ない程度の衝撃、しかし、両腕を欠損したことで重心のバランスが狂っているシュウはひっくり返って地面に叩きつけられた。
さかしまに一周する天地と衝撃に吃驚する暇もなく、シュウの額に人差し指が突きつけられる。
「<
「クソッ!」
咄嗟の判断で首を捻って回避。一瞬先までシュウの脳味噌が真上にあった地面が細く抉れる。
毒吐きつつも立ち上がりざまに繰り出す喉仏狙いの一撃でイグニスに距離を取らせ、そのままダッシュに入った。
後ろからは当然、<
(ヤツは今まで何種類弾丸を使った?シンプルな<
距離を取った以上、この中から次に飛んでくるのは恐らく――)
シュウの思考をイグニスの声が搔き消す。
「<
(――だよな!距離取って巻き込まれる危険がないなら、それを撃ち込むのが最適解!)
直撃は身を捻ってどうにか避けたが、背中を叩く爆風までは今の速度では回避できない。もんどりうって地面に転がるシュウの体。
(体が痛い上に鈍い!ただ単に動きが悪くなってるだけじゃない、まだ自分の感覚がリミッター解除時から戻ってない!しかもこの感じ、義手の再生成は勿論、傷口の補完も……もう出来ないだろうな、触手は行けて一本こっきりってとこか……?クソ、敵に対して自分の手札が少なすぎる!
どうあれ、まずは距離詰めなきゃどうにもならんか!)
着地、と同時に地面を蹴ってイグニスに接近するものの、そこで再びイグニスの宣言が響く。
「<
「チッ……」
舌打ち混じりに横にローリングして回避。身を叩く爆風を甘んじて受け入れ、足を地面につけて着地する。
だが、更に砲声。
「見えたッ!」
「がッ!」
シュウの体に<
(読まれた!体の制御効かねえ、不味い!)
(このまま仕留める――!)
続けて砲声。何度も、何度も繰り返し右腕からエネルギーの塊が射出される。
上がる爆煙。
(躱す手段はないだろう、仕留めたか!?)
「ラア、ッ!」
だが、そのイグニスの期待を裏切って煙の奥からシュウの爪先が伸びる。
衝撃。蹴り砕かれたイグニスの額から血が流れた。
(クッ……どうやって逃れた!?)
揺らぐイグニスの視線の先には、壁のように地表から突き出した突起物。
(<
(あぁクソ、全身痛ェ!長くは持たない、ここで!)
ガン=カタめいて肉弾戦に交えて撃ち込まれる<
イグニスの右人差し指から飛ぶ<
「グッ――!」
「ァ、ズ……!」
――互角。
両者ともにダメージを負い後ろに下がる。
(いい加減にしろ、なんでまだ『恩寵』が使えるんだよ!もう限界だろお前も……!)
シュウは心中で吐き捨てながら敵を睨む。
第七席イグニス、彼の無尽蔵を攻略せぬ限り、シュウに勝利はない。
(クソ、考えが纏まらねえ……!)
思考を回し、その正体も暴かんとするも、シュウの全身に隈なく奔る激痛が脳を鈍らせる。
頭が真っ二つに割れそうな激痛が流れた。シュウが思わず顔を顰め、こめかみを抱えると同時に、ポツリと懐のシビュティアが呟いた。
「――成程の、そういうことか」
「何か分かったのか!?」
「クク、分かったもクソも。良かろう。
――彼奴の無尽蔵を
化生はそう言って第七席を嗤う。
踏み込んでくるイグニスを飛び回し蹴りで迎撃しつつ、シュウは叫んだ。
「殺しながら聞く!全部話せ!」
「貴様が壁を破壊したことでようやく見えたわ、王都の内側からイグニスに生命力のラインが繋がっておる。距離が遠すぎるせいか、異常にか細くて捉えるのに時間がかかったが――この色は……
まぁ問題なのはそこではない。とにかく、他人の生命力がイグニスに流れ込んでおる。此奴の無尽蔵の生命力の根本はそれじゃの」
イグニスの『恩寵』、<命力放弾>には重大な欠点がある。
それは単純。異常なまでの燃費の悪さである。
<
それを彼は、王都の内部に、理論的に再現した疑似<生命搾取>を基幹とした外付けの生命力電池システムを構築することで解決した。<生命搾取>で強奪した生命力の遷移場所を自らに指定。<命力放弾>の使用に合わせて引き出し、自らの生命力の代替として扱う。
檻の中に閉じ込め生命力の源泉として用いる生物は被差別対象の強制連行した
自身の『恩寵』を使いこなす為の、完全、完璧な拡張機構。
――当然、このシステムの代償は、中に幽閉された
「無関係の他者を強引に犠牲にして自らの戦力を補強する、か――趣味が悪いの」
その機構を看破しきったシビュティアが呟く。口調は平静の飄々とした物だが、その眉根には言い様のない皺が寄っていた。
「なぁシビュティア、お前だけ単騎で王都内に侵入してそのシステム無力化出来ないか?
――それと、まだ息のある人がいるなら救出してほしい」
「それは別に構わぬが――助けるのか?貴様とは何も無関係な他人ぞ?」
「あぁ、構わない。俺が、やって欲しいことだ」
「仕方がない、この借りは必ず返せよ?」
シビュティアは懐から飛び出し、その半透明の羽根をはためかせて壁の内部へと飛び立つ。
「させないッ!」
「それはこっちのセリフだアホ!」
イグニスの<
「貴方という人は、どこまでも――」
歯噛みするイグニスに対してシュウが告げる。
「お前こそ――どこまで外道なんだよ」
とうに、シュウは我慢の限界だった。
◆
玄室を思わせるような、暗く沈んだ室内の中で。
「――誰か、助けて。」
それは
だが、この灰被りの惨状では、その祈りを聞き遂げるものなど誰もいない――
「ほう?」
――筈だった。
開け放たれた扉から、室内の暗闇を切り裂くように光が指す。
語りかけるのは童女の姿に戻ったシビュティア。
「まだ生き残りがいたとは、な……
——おい、小僧。この獄を経て、この世の地獄を見て、それでも尚、生を望むか?」
予期せぬ質問に、苦しみの喘ぎを上げることすら忘れ、
「おれ、は……生き、たい」
少年の返答に満足げな笑みを頬に浮かべ、シビュティアは告げる。
「クッ、良かろう。その願い、確かに聞き遂げた。」
少年の母親をどうにか担ごうと矮躯で四苦八苦するシビュティアに、少年は問いかける。
「貴方は――?」
「我の名前か、シビュティア。永劫を生くる巫女、シビュティア。覚えておれ」
白く輝く逆光の中で、化生は少年にそう名乗った。
◆
「ハッ――外道だと……?どの口でそれを言うか!何を以て私を謗るか!『
怒りを顕にしたシュウに対して、イグニスが嘲嗤った。
既にワンインチ距離。徒手空拳による最後の死闘が幕を開ける。
最早互いに小技は使用不可能。
手を、足を、未だ稼働する全ての部位を活かして、相手の活動を停止させんとする獣の殺し合い。
「自分を正義なんざ、御大層なモンだと思い上がったことは一度たりともねぇよ、お前と同じ、ただの
イグニスの右手を蹴り返し、左のコンビネーションでみぞおちを蹴り込む。
「グッ、ならば余計に私を謗る資格などどこに――」
「決まってる、俺の個人の
「傍迷惑な!第一、貴方には何も関係ない赤の他人でしょう!」
「自分でも不思議だよ、なんでここまでイラつくのか!」
――或いは、理不尽に死にゆく雑兵を、
身勝手な感傷だと、自分でも思う。
だが、それでいい。復讐など元より、
カーフキック。神経系にダメージを与えるふくらはぎへの蹴りをねじ込み、イグニスに膝を就かせる。
追撃の右膝を顔面に叩き込もうとして、しかしカウンターの左肘がシュウの腹に突き刺さった。
「ガッ――!」
「クッ、ツ――全ては所詮盤上の駒!使い潰されてこそのチェスピース!
「抜かせェ!」
「使い潰されたくないのであれば何故強く在らなかった!雑兵も
財力、権力、戦闘力!何でも良い!力一つ無い物が何を喚こうと唯の負け犬の戯言に過ぎぬ!
弱者は踏み躙られて当然だろう!
――それが、世界だ!これが、世界だ!」
「そうか……」
弱者は強者に踏み躙られて当然。己が弱さを呪うべき、至極当然の自業自得。
――ならば。
あの日の末期は。あの日の光景は。あの日の死は、当然だったとでも?
否、否、否。
断じて、断じて、そんな訳がない。
怒りで視界が赤く滲む。
全身を迸る激痛を背中に集め、収束し、形と成す。
「だったら、そんな世界は――」
あぁ、やはりだ。
やはり、この
強者が弱者を踏み潰して一顧だにせぬ世界。
ハルカを奪いさった世界。
彼女の死が容認される世界。
フザけている。
狂っている。
間違っている。
到底許容することなどできない。
——赦さない。絶対に。
「――俺が、叩き潰す!」
宣言と同時、シュウの背中から赤黒い肉塊が出現する。
生成限界のラスト一本。正真正銘最後の切り札。
(なッ!?触手だと――ッ!?まだ生成できたのか――!)
咄嗟のイグニスの反応より、尚早く。
「沈めェェェ――ッ!」
渾身の力で叩き付けられたシュウの触手が、イグニスの左半身を吹き飛ばした。
◆
――決着。
左半身を失ったイグニスが地面に崩れ落ちる。
芋虫のように這いつくばるイグニスに、こちらもまた満身創痍のシュウが歩み寄った。
「ハァ……弱者は踏み躙られて当然、だったな……負けたんだ、俺に喰われても、文句ないよな?」
「——違、う……こんなものは、違う!何かの間違いだ!私が、負けるはずはない……!
受け入れられぬ、という顔で地面からシュウを見上げるイグアス。そこには、数時間までの慇懃無礼の面影は一切ない。
「違うな、お前は
――
勝利宣言と共に、イグニスの顔面に触手を突きつける。
「そんな――」
触手が振りかぶられる。
動揺の声も、末期の叫びすらも無く。
イグニスの頭部が消滅した。
◆
『
王都側が負った被害は『
被害規模は甚大。復元の目処すら立たぬ大打撃。
――そして。王都攻略戦より二日後。
王都内部で、『
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