第12話 友人達の悪巧み


「どう思いますか? 律也先輩」


「ん~何というか、ホントお互いに鈍いって言うか……意地っ張りだよねぇ」


 ホテルに戻り、飯やら風呂やら済ませた後。

 肝心の俊介は完全に放心状態だし、永奈ちゃんもどこか無理して笑っていたりする状況に陥ってしまった。

 友人を焚きつけた張本人としては、少々気まずいというか。

 まさかこういう結果になるとは思っていなかった。

 と言う事でニブチン二人は一旦放置し、美月ちゃんと作戦会議をしている最中と言う訳だ。


「正直、永奈が何でそんな事言ったのか……私には分かんないです。だってこれまでだってずっと一緒に居たんですよね? これからも一緒に居たいなら、そうすれば良いじゃないですか」


「ま、俺等の感覚で言えばねぇ~本人達としては、変な拘りというか。自分じゃない誰かと一緒の方がより幸せになれる~みたいな、変な事思ってそうだけど」


「馬鹿ですよ、永奈も鹿島先輩も。どう考えたって、お互いに好き合っているのに。永奈、先輩の話をする時すっごく幸せそうに笑うんですよ? それなのに……」


「二人共、お互いにお互いしか見て来なかった弊害かねぇ」


 思わず、二人揃ってため息を溢してしまった。

 現状イジケ意気地なし野郎は一人で考える時間を与えてやり、もう一人の意地っ張り後輩は同伴した親御さんの元に呼ばれているらしい。

 全く、何やってんだか。


「律也先輩は、この旅行中に二人をくっ付けようとしたんですよね?」


「ま、そうなれば良いなとは思ったよ。近くで見てるとさ、すっげぇモヤモヤすんの。はよ付き合えやって、思わず怒鳴りたくなるくらいには」


「それは何と言うか……同感ですね」


 再び二人でため息を溢してから、持って来たカメラの撮影データを表示させた。

 そこには、本日だけで百を超える程撮影した写真達が。

 ポチポチと適当に操作してみれば、あちこちで見つかる二人の笑っている顔。


「こんな顔で笑い合ってんのに、お互いに傷つけたくないって遠ざけてんだもん。ホント、馬鹿だよ」


「ですね……仲良くなってみると分かりますけど、あの子変な所で気が強いというか、一度決めたら絶対曲げないというか……」


 美月ちゃんと一緒に写真を確認して行けば、俊介と永奈ちゃんが笑っているツーショットが何枚も出て来る。

 俊介に関して言えば、普段から見ているから良く分かる。

 コイツは、普段こんな表情豊かではないのだ。

 どこか興味無さそうに周囲へ視線を送っている様な奴。

 いつもどおりの表情で写真を撮ったとして、タイトルを付けるなら「空っぽ」とか「虚無」とか名付けてやろうと思うくらいに。

 そして永奈ちゃん。

 コチラに関しては美月ちゃんと一緒に映っている写真も多い。

 しかしながら、友人に向ける笑みとアイツに向ける笑みは明らかに違うのだ。

 更に一歩相手に踏み込んでいるかのような、警戒心などまるで無い様な緩い微笑みを浮かべている。

 全く、普段から自分がどんな顔を相手に向けているのか。

 それを分からせる為に何枚も写真を撮ったと言うのに。


「律也先輩、写真撮るの上手いですね? これなんかそのままポスターとかに出来そうじゃないですか」


「なはは、美月ちゃんまで勘弁してくれ。もう未練とか無いし、俺には写真の才能とか無いって」


 昼間俊介に余計な事を言われた影響か、思わずそんな言葉を返してしまった。

 やべ、ここは適当に返して話を逸らしてしまった方が良かった。

 などと後悔してみたが、既に遅かったらしく。


「……? 何か不思議な言い方ですね? もしかして趣味で撮るとかじゃ無くて、本格的に写真やっている人だったりします?」


「あー、え~……“元”、というか。前はやってたんだけど、今は諦めてるって言うか」


 あははと乾いた笑い声を上げていれば、美月ちゃんはしばらく考え込む様に首を傾げ。

 ハッと思い付いたかのように、ビシッと此方に人差し指を向けて来た。

 こら、人を指さすんじゃない。


「もしかして、去年写真で何か賞貰ってませんでした!? 学校に飾ってあったの、私見ました! 羽場はば 律也りつやってどこかで聞いた事あるなぁって思いましたけど、そうですよね!?」


「あ、アハハ……そう、だね。そんな事もあったなー」


 乾いた笑い声を洩らしながら、相手から視線を逸らした。

 確かに、去年賞を貰った。

 でもそれ程参加者の多いコンテストって訳じゃなかったし、大層な実績を残した訳でもない。

 ギリギリの所で賞に引っかかった程度。

 でもその後はずっと惨敗。

 だからこそ、もう良いかと諦めた道ではあったのだが。


「私あの写真超好きですよ! あ、ほら! スマホで撮影して、未だに壁紙にしてるくらいです」


 そう言って、彼女は此方にスマホの画面を見せて来た。

 確かにソコには、以前俺が撮影した写真が。


「ありがとね、美月ちゃん。でもまぁ、今は俺の話じゃなくて――」


「すっごく引き込まれました。何かもう、この写真の周りは何があるんだろうって思っちゃって。意味無いですけど横から覗き込んだりしちゃったくらいです」


 楽しそうに笑う彼女の言葉に、グッと声が詰まった。

 似た様な感想を残した奴が、他にも居たのだ。

 普段は不愛想だし、何を言っても「あぁ」とか「うん」とかしか答えない様な奴が。

 飾られていた俺の写真を、横から覗き込んでいた所を見た事がある。


「先輩、流石に意味無いと思いますけど」


「いやでもさ、何かこう……見えるかなぁって思っちゃったんだよね」


「言いたい事は分かりますけどね。見ただけで伝わる空気感というか、そういうのがありますよね」


 一組の男女が、俺の写真を見て何かやっていたのだ。

 最初は変な奴等、くらいに思っていたが。

 その内の一人がクラスメイトである事を思い出して、声を掛けた。

 そんな写真、何が良いんだって聞いてみたんだ。

 すると。


「引き込まれた。んで、もっと周りが見たいと思った。それだけでも、すげぇ写真だって事で良いんじゃねぇの?」


 普段ろくに喋らないクラスメイトは、恥ずかしげもなくそんな台詞を残してみせたのだ。

 これが俊介と友人になった切っ掛け。


「私は、そうですね……この場所ではどんな音がしたのかなって、そう思いました。あ、私耳があまり良く無くて……でも、ここならいろんなものが聞えるのかなって。何となく、そう思っちゃいました」


 彼と一緒にいた後輩ちゃんも、そんな感想を残したのをよく覚えている。

 つまり俺の写真は、この二人にとってそれだけ考えさせる作品となっていた訳だ。

 だからこそ、未練が生れた。

 だからこそ、諦めた筈なのに未だにカメラを振り回しているのだろう。

 そう思えば中途半端な行動をする二人の事を、俺も笑える立場には居ないのかもしれないが。


「なぁ美月ちゃん、二人に足りないものってなんだと思う?」


「一般的な恋愛というものの知識かと思います。高校生のカップルなんて、くっ付いたり離れたり、そんなのばっかりじゃないですか。二人共重く考えすぎなんですよ」


 だよな、マジでそれに尽きる。

 まぁ永奈ちゃんの事もあり、アイツも慎重になっている線も捨てきれないが。

 それでも、誰かと付き合うってのはゴールではなかった筈だ。

 友達だの、先輩後輩だの。

 そういう一線を越えてから見えて来る個性だって絶対にある筈なのだから。


「なぁ美月ちゃん、一個相談して良い?」


「はい、何でしょう?」


 不思議そうに首を傾げる相手に対し、此方はニッと口元吊り上げてから。


「アイツ等に教える為、なんて言ったら言葉が悪いかも知れないけどさ。俺等、付き合ってみない?」


「急ですね、先輩」


 ポカンとした表情を浮かべながらも、相手も相手で結構冷静な様子だ。

 なるほどどうして、この子もまた俺と似たタイプなのか。

 別段慌てた様子など見せず、真っすぐ此方見返して来るではないか。

 なら、協力してもらおうかな。


「付き合ったからって何かが大きく変わる訳じゃない、でも何かは変わる。それを実証してみせようと思ってね」


「おぉ、凄い自信。それで? 私達が仮で付き合って、何が変わりますか?」


 彼女の言葉に今まで以上に口元を吊り上げ、宣言した。


「付き合って、俺の事をもっと知って貰って。君に、本気で俺の事を好きになって貰う。そういう付き合い方もあるんだって、アイツ等に教えてやろうかと」


「わぁお、言いますね先輩」


 傍から見たら、どう見ても悪巧みしているガキ共にしか見なかっただろう。

 それくらいに相手も挑発的な笑みを浮かべているし。

 とてもではないが今の俺達を見て、ここでカップルが誕生しようとしているという想像はしない筈だ。

 だとしても、彼女はやはり俺の感性に近いのか。

 ニッと口元を吊り上げてから。


「なら、そうしましょうか。私を本気で惚れさせてくれるんですよね? 先輩?」


「おうよ、任せとけ」


 そんな訳で、本日より俺は後輩と付き合う事になったのであった。

 この手の話が身近に出れば、普通の学生なら羨ましがったり、自分も相手を作ろうとしたりする訳だが……はてさて、アイツ等の場合はどういう反応になるのやら。

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