第57話 やはり暴力タイプの聖女なのは間違いないようだ

 夜。通行の絶えたゾーラの街を歩きながら、ヴィクターは長広舌を垂れ流す。


「いいかいスティング、君と僕が出会う直前……五年前のことだ。君の詐術と魔術の師匠である〈無貌の影〉ことアンネ・モルクが言っていたよね、〈災禍〉を倒すのは間違いなく至難だ。だけど奴に関する情報を得るだけならそこまで難しくはないかもしれない。要は、知っている相手に取り入ればいいんだからね。話は変わるけど、君、年上の綺麗なお姉さんは好きかい」

「そりゃ、好きか嫌いかで言うと好きだよ」

「だろうね。スティングくんマザコンだし」

「今なんか言ったか!?」

「あーそっか、違うよね。父親を亡くし、叔父さんも失踪した君は、もう二度と失うまいと、家族を一層大事にしてるだけだよね」

「そうやって良い感じの理由を用意されると、俺がそれを言い訳にした本当にガチのマザコンみたいに聞こえるからやめて!?」

「それはともかくとして、確かに表層的には、悪い気はしないだろうさ……〈輝く夜の巫女〉こと〈青の聖女〉アクエリカ・グランギニョル女史は、絶世の美女としても評判だ。体のどこからいい子いい子してもらうかは君が決めればいい、きっとかわいがってもらえるぜ」

「普通に最低だよヴィクター……でもわかったよ。その『竜の珠』ってやつを横取りすれば、〈巫女〉の支援を受けられるんだな?」


 ちなみに1553年現在、アクエリカは23歳で、スティングは13歳(ついでにヴィクターは12歳である)。

 十歳差というのは夫婦としてなんらおかしな年齢差ではないだろうと思える。


「その通り。〈亡霊ファントム〉〈鬼火ウィスプス〉と、〈芥の聖女〉テレザレラ・ノテグリージョが争っているところへ横入りし、漁夫の利を掻っ攫ってトンズラこくのさ。今の君はすでに普通の祓魔官エクソシストくらいの実力がある、そう難しいことじゃないはずだ。ただ両者疲弊の隙を狙わないといけないけどね。特に〈亡霊ファントム〉の俊足は厄介だ、慎重にタイミングを計るよ」

「上手くいくかな」

「大丈夫大丈夫。ついでに言うと、僕は占い師じゃないが……そして五年前も言ったことだけど、君の身長はまだまだこれから伸びるから心配しないで」

「相変わらずヴィクターは、なんでもお見通しなんだな」

「そういうわけじゃないんだけど……ところがどっこい、ちょっと待ってよ。たった今状況が変わった」


 正面に立ち塞がる姿を認めて、ヴィクターとスティングは足を止めざるを得ない。

 長めの黒髪を首の後ろで束ね、鹿撃ち帽を被った紳士である。


「誰? ヴィクターの知り合い?」

「ではないけど、僕の固有魔術のおかげで一方的にすでによく知ってる相手になってる。紹介するよ、こちら探偵のダンテン・ハエーナ氏。二十年前はドロテホ・キヨーテという大泥棒として知られた男だ。ただし、どっちも本名じゃない。今はティコレットという女の子を助手として雇っていて……」

「少しは自分で言わせてくれたまえ。君だね、全知無能のヴィクターくんというのは」


 ヴィクターのようにそういう能力を持っているからというわけでなく、素の情報収集能力で張り合ってくるダンテン。

 本人が「泥棒としても探偵としても結局やることは同じ」と言っているが、こういうことのようだ。


「そういう触れ込みでやらせてもらっていますけどね。実際は言うほど全知じゃないし、あなたが思うほど無能でもないんですよ。僕はね、人狼ってのは全員が怪力の筋肉馬鹿だと思ってましたけどね、あなたを見るとそうでもないんだなって知りましたね。あんた格闘能力は精々普通の祓魔官エクソシストか、下手すりゃ一般市民相当だ。ここにいる僕の友達をあんたに勝たせることはけっして難しくないと考えちゃうよね」


 ヴィクターの意を汲んだスティングが、拳をバキバキ鳴らして威嚇しているが、ダンテンの表情は変わらない。

 ダンテンと違ってヴィクターやスティングは感情感知能力がないので、ダンテンがビビり散らかしているのが分からないだけかもしれないのだが。


「普段の僕はむしろ君たちのように、横取りを狙う側なんだけどね。今回は仮にも助手のため防ぐ側なのさ。だから先に謝っておく。申し訳ない、なりふり構っていられなくて」


 そう言うとダンテンはスティングの眼を正面から見返し、真摯な言葉を紡ぎ出す。


「盗み聞きするつもりはなかったんだけど聞こえてしまってね。スティングくんと言ったね、単刀直入に指摘するよ。ヴィクターくんはおそらく、〈災禍〉の正体をすでに知っているぞ。君が今からやろうとしているのは徒労なのではないかな?」


 なるほど、これがこいつの戦い方なのかと、疑心の浮かぶ顔で振り返ってくるスティングの向こうで、邪悪に笑うダンテンに、同じ表情を返すヴィクター。

 そっちがその気なら仕方ない。こっちだって暴いてやる。ダンテン、ドロテホ、その本当の正体ってやつを。




 ユリアーナが院長を務める、五年前にできた修道院とは別の方角なのだが、ゾーラ市の端に練兵場がある。

 祓魔官エクソシストの見習いや新米が叩き上げられるための施設で、今回ヒョードたちが訪ねる相手は、そこの訓練教官の一人である人物だ。


 夜、予告した時刻にヒョード、レフレーズ、エロイーズの三人が、いつもの衣装と仮面姿で訪れると、一人佇む影が待ち構えている。

 黒い背広に灰色のシャツという服装で、癖の強い灰色の髪を伸ばし、煙管キセルを咥えた目つきの悪い長身の女だ。


「よう。来たな、ガキども」


 柄の悪そうな外見に反して、気さくな笑みと挨拶で応じてくる。

 三人を代表して口を開こうとしたヒョードに対して、彼女は掌を突き出し制してくる。


「まあ待て、なにも言うな。あたしに対して、明かす名前なんかないはずだぜ。そうだろう? 〈亡霊ファントム〉、そして〈鬼火ウィスプス〉」

「なんかかっこいいなあんた」

「おっと、やめときな、あたしに惚れるのは。迂闊に触れると火傷するぜ、坊や」

「イケメンすぎるだろこの人」


 むむっ……となぜか両脇でレフレーズとエロイーズが不機嫌になるのを感じつつも、念の為確認しておくヒョード。


「あんたが〈芥の聖女〉テレザレラ・ノテグリージョで間違いないな?」

「ああ」

「予告通り『竜の珠』とやらをいただきに参上した」

「そいつはご苦労様。ほら、これがお望みの品だぜ」


 言って、彼女……テレザレラが指差すのは、彼女が首に装着したチョーカーの、喉元を飾る半透明の珠である。

 基本的には灰色なのだが、よく見ると角度によって虹のように、輝きのニュアンスが変わるのがわかる。


「五色に輝く竜の珠……か。なるほど。ただ、あんたからそれを盗むのは難しそうだ」

「あたぼうよ。こう見えて腕っぷしで鳴らしたタイプの聖女でね、手癖足癖には厳しいぜ」

「聖女ってそういうのだっけ……?」

「でもー、〈髑髏クレニアム〉さんも相当強かったよねー」

「そうだ、お前らカンタータとも組んだんだったな。あいつは場合によっては殺しもやむなしってタイプだが、あたしはそうじゃねえから、ひとまず安心してくれよ」

「聖女のタイプ分け物騒過ぎない……!?」

「もしかしてユリアーナさんって穏当な方だったのか……?」

「ユリアーナのことも知ってんだな。あいつは専守防衛タイプの聖女だから、確かに穏当ではあるんだよな。怒ると怖えけど」

「聖女ってどういうのだっけ……!?」


 エロイーズがガタガタ震え出したからというわけでもないだろうが、テレザレラは薄く笑って肩をすくめた。


「別に強奪してくれても構わんが、見てわかるようにガッチリ巻いてあるもんで、ワンアクションで外せるって代物じゃねえ。掏摸すりの技術に頼るも良し、力で無理矢理引き千切るも良し。どっちでも同じこった。てめえの手際が淀んだ一瞬の隙で、手首を掴んでへし折りぶん投げて顔面を踏み潰す……どうせあたしのやることはそれだけだからな」


 やはり暴力タイプの聖女なのは間違いないようだ。ヒョードたちが勢い慎重になるのを見て取ったらしく、テレザレラは依然落ち着いた口調で話を続ける。


「逸るな、ものごとには順序ってものがある。そもそもこの珠付きチョーカーがなんなのかと言うとだな、あたしの地元で十年に一度やっている、その世代のリーダーを決める喧嘩祭りの勝利条件として設定されているのが、こいつの破壊なんだ。喉は息吹の要、竜人同士のバトルロイヤルにはうってつけだろ?

 本来そのための器具なんだが、あたしがこうして五年前に使った余りを持っていることを、ほら、例の〈巫女〉のバカがどこからか知りやがって、こうして私的流用を持ちかけて来やがったって経緯なわけよ」


 この人も色々苦労しているのだなと、他者事ひとごとのように考えていたヒョードだったが、ふと引っ掛かりを覚えた。


「……ん? あんたがそれを喉元に着けてるってことは……」

「ああ、明言してなかったな。悪いがお前らは今回、あたしの流儀に合わせてもらうぜ。すなわち、我がラグロウル族の〈ロウル・ロウン〉ゾーラ開催マイナー試合ってとこだな」


 そうしていささか意地の悪い笑みを浮かべるテレザレラ。


「気づいたろ。あたしがこの形式を押し付ける限り、てめえらの勝利条件はこの珠を破壊すること。だがてめえらが欲しているのは、この珠そのものだったな。あちらを立てればこちらが立たず、完全なデッドロックだ。

 ……ってのが、本来あの女がこの件に対して仕掛けておいた罠のはずだ。好きなんだよな、あいつ……こうやって詰ませるのが。しかし、あの性悪の思い通りにはならねえようだ」

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