第35話 BLE

 BLE(Bluetooth Low Energy)は省エネルギー型の無線通信規格である。

 今回の製品はこれを多用する。

 無線としては小電力で動作するのでユーザーに取っては嬉しい電池駆動を使える。作成者に取っては涙を流すほどに設計条件は辛くなる。超低消費電力が要求されるからだ。

 ただしこの無線はせいぜいが数メートルの単位で使う。

 仕様上は数百メートルは飛ぶが、運用上でそこまでブーストすることはない。そんなことをすればあっと言う間に電池が尽きる。


 今でこそ枯れた技術だがこのときはBLEチップが新製品として出始めたころだ。

 各チップメーカーも手探りの状態なので、かなりいい加減なものを作っていた。

 当時採用したのはダイアログ社のBLEチップ。

 色々と癖があるチップだった。

 チップ内部で使うRAM領域定義はマニュアルには書いていないが、256バイト単位で取らなければいけない。でないと動作中にいきなり暴走する。

 実行中のモードの切り替えはできると書いてあるが実際にはできない。チップリセットからやり直さないと動作しない。

 様々なバグに加え表記ミスや書いていないことがたくさんあり、それらを一つづつテストし、試行錯誤して見つけていかねばならない。

 これを技術者の人柱と呼ぶ。


 発注元は新しく出たこういった部品パーツに関しては新しいものをお気軽に使いたがる。

 だがたいがい発表時点ではまともに動かない。その結果が人柱である。

 メーカーに質問し答えが返って来るのはまだいい方で、そのまま無視されることも多い。ネットを探し、同じ人柱にされた連中の愚痴を見つけ、解決の糸口にする。その間も発注元からはまだかまだかの催促だ。

 命を削るとはこういうことなのだと実感できる。


 K主任がどこかの会社に行ってきた。

「BLEの制御プログラムが動いていてね。PCの画面に次々とメッセージがでているんだよ」

 だからBLEなんて簡単なんだという論調である。

 いやそれを言うなら電子レンジだってボタンを押せばチンですぜ、旦那?

 だからと云って電子レンジの製造が簡単ですかい、旦那?


 それから数年経ってようやくダイアログ社は自社のBLEチップを制御するためのミドルウェアを無料で提供するようになった。

 これを組み込むだけで何の問題もなく動かせるのだ。

 私のあの地獄の日々は何だったのか?


 できるなら早く出さんかい。このボケェ。

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