第35話 バイオハザードすよ
「さて、変身ができないこの状況をどう切り抜けるか見ものだね」
マジルテ王の城の一室にて、四天王の一人、キコヒモリが不敵に呟く。
キジンがそれを咎めるように問いかける。
「まるでマジョが負けるような物言いではないか?」
「そうは言ってないさ、予想通り抵抗むなしく敗れるのか、奇跡が起きるのか、興味があるだけだよ」
と言いつつも、キコヒモリはさして興味もなさげな様子。
ウルハントが不安そうに爪を噛んでいた。
「無事だとよいな、ウルよ」
「そうだな…………あー……まぁ、リベンジのキカイがなくなっちまうのはー、困るっチャー困る、からなぁー?」
失言を取り繕うウルハントの目はピンボールのように跳ね回る。
そんなウルハントを横目にキコヒモリは思う。
こいつ、本当に内通者だという事を隠す気があるのか、と。
*
「魔法少女の正体をアバケェェ!」
「魔法少女をサガセェ!」
「んなこと言ってるくせにしっかりこっち追ってきてんじゃねぇよ!」
マジョリィの猛攻を間一髪で凌ぎ、中庭から校内へ逃げおおせた
「生徒会で用意したセーフハウスまで逃げるのよ! こんなこともあろうかと用意しておいて正解だったわ……!」
「流石、お姉ちゃん……ゼェ」
「ここを右に……」
「イタゾォ! 魔法少女を探せェ!」
「ウオォォォ!!」
ぞろぞろと向かってくる
「なんだってあんなゾンビみてぇになってんだよ!」
良子が先導し廊下を右に左に、上へ下へ荒れ狂う生徒達を避けていく。
「くそっ、目的地って三階だろ? ゾンビとの鉢合わせが多くて二階すらも満足に動けてねぇのにたどり着けるんかよ!」
「そもそもちょっと多くないすか?」
「中庭へ行くときは皆普通だったのに、いきなりマジムリーになったのかな?」
様々な疑問が飛び交う。しかし、逃走に意識を割いている今、それに答える者はいない。
「変身さえできればどうにかなりそうですが、もどかしいですね……」
逃げに逃げ回り、スタート地点だった中庭の入り口、ひいては正面玄関へと戻ってくる。
そこには正気を保った生徒が複数人。その内のひとりが希と
「剛田に木下じゃないか。お前たちも無事だったんだな」
同じのクラスでお調子者の高橋、まだ無事な人がいたのか。
「なんか皆ゾンビみたいになっちゃったからよ、たまたま会ったこの人たちと外に逃げようと思ってんのに玄関のドアが開かないんだよ」
「やっぱりか……。俺達は会長が用意したセーフハウスってとこに向かってる途中でな、無事なら一緒に行くぞ」
「マジ? 助かるぅ~!」
一緒にいた他の生徒も少しほっとしたような表情を見せる。
「場所はどこ……って、危ない!」
高橋が物陰から迫る
「おおお女の子に抱き着かれウヒョォォ!!」
「しまった! 人の見た目をしていてもマジムリーだ! 彼の陽の気が!」
「凄い幸せそうな顔してるっすね」
気を吸い取られた高橋はだらんとうつむき、そして――
「魔法少女をサガセェ!」
マジムリーへと豹変した。
すぐさま襲い掛かろうとするが、ベルの防御魔法がそれを遮る。
「あんたらこっちだ! 早くそこから離れろ!」
「すぐそこの階段を上るわよ!」
希が
「ねぇ、道をふさぐ生徒を魔法で押しのける、みたいな使い方ってできないの?」
少し息が上がり始めている広がベルに問う。
「できない事はない。が、私の魔法も無限ではない、状況が読めない今、すべてに対応していては本当に必要な時に使えなくなってしまう」
それもそうか、と納得。
「よし、この階段を上がればもう目の前よ」
良子が階段に足を向けたその時、上階からわらわらと
「待って待って! こっち!!!」
なだれ落ちる群れをヒョイとかわし、階段を下りそばの道へ。
しかし、その先は大きな教室があるだけで実質の行き止まり。
後ろには
「全然たどり着けなじゃないすかぁ……」
ぐったりと尻をつくゆい。
ガタガタとドアをこじ開けようとする音が一同に不安を煽る。
ベルがそっと窓を開け魔法で周囲を探る。
「この窓から外に出ればよさそうだな、見た所生徒もいない、マジョリィからも死角だ」
「けど、そこ中庭だぞ」
たとえ死角でも中庭の出入り口は一つしかない、他の窓から校内に侵入できると言っても鍵が開いてる保証もない、そんな中での移動はリスキーすぎる。
「だがここにいても状況は悪くなるだけだ、不安があれど行動するしかあるまい」
それはそうだが……。
「あ、あの!」
ファンクラブだかの女生徒二人から声がかかる。
マジョリィから逃げる時に一緒に助けたが、この人らはなぜか正気でいられている。
「こ、こんな時にいう事ではないのかもしれませんが……助けてくれてありがとうございます!」
一同きょとんとする。
そしてベルがおだやかに応える。
「当然の行いだ。だが、まだその言葉は早いと思うがな」
「ところで……」
困惑と懐疑の表情が混ざった、それでいて何かを決心するような面持ちで希らに問いかける。
「皆さんは一体何者なんでしょうか?」
「なんというか、こんな状況でも落ち着いていたり不思議な力?みたいなものも使っていましたし……」
当然の疑問。
ベルの魔法に頼らず切り抜けるなんて悠長な事も言ってられなかったし、今記憶消去の魔法で気を失ってしまっても困るから見られても仕方ないと割り切っていたが、どう説明したもんか。
魔法少女の事は知られてないしそこは伏せて話すべきだが。
「僕たち魔法少女なんです」
ちゅうちょ。
周りがざわつく。
ファンクラブのひとりが必死に目を泳がせ、良子、ベル、ゆいの女三人指す。
「いえ、僕とゆいさん、そこの希君、この三人です」
嘘ついとけよ。
物理的にも距離を感じるじゃねぇかよ……。
「じゃあ変身して早くどうにかしてくれよ!!」
男子生徒が正体なんてどうでもいいとばかりに声を荒げる。
希はしらけ面でため息ひとつ。
「できねぇんだよ、変身。こっちにも色々あんだよ」
うんともすんともいわない変身パカットを取り出しコツコツとつつく。
「あのすみません、魔法少女だって肯定しないでもらっていいですか?」
「受け入れがたい真実なのでもうちょっと気持ちの整理をさせてくださいよ」
少々キレ気味に希を諭す。
俺は悪くねぇ。
広が希の右肩に手を置く。
「ほら、やっぱり大衆の夢を壊さないよう、女の子に見えるようになってるって考察は正解でしょ?」
今その話してない。
幸太郎が左肩に手を置く。
「大丈夫ですよ、記憶消去魔法がありますから。話をスムーズに進めるにはまずは情報の開示からです」
開示の仕方がヘタクソでなぁ。
「すまないコウタロウ、今の状況を鑑みると記憶消去に割く魔法は残らないかもしれないんだ」
開いた口が塞がらない。
「いいですか皆さん、実は今の話、機密事項なんですよ」
顎が外れそう。
子どもの約束じゃねぇんだぞ。
……まぁどう話をしようが魔法少女の話にたどり着きそうではあったし、バレるのは時間の問題であって。
「とりあえずはあんたらを安全らしい所まで連れて行くことが先決。とはいえ、何も解決策がないままドアがぶっ壊れそうだが」
近くの窓が開いてることを祈って危険を承知でもう中庭に出るしかない。
「開いてないのであれば私が開錠魔法でどうにかしよう」
あるなら先に言えよ。
ベルを先頭、最後尾の希で一般生徒達を挟み、静かに中庭へ降り立つ。
目の前には身の丈を大きく超える倉庫のような用具箱が置いてある。
影からこっそりと様子をうかがうと、マジョリィが二階窓のフチにあくびを垂れて座っている。警戒の様子は全くもってなさげ。
身を低くし、そして素早く移動先の窓の下へ。
ひょっこりと中の様子を探るも、
が、案の定窓の鍵は閉まっていた。それを確認したベルは小さな魔方陣を展開する。
カチリ、と静かな空間に開錠音が響く。
体が跳ねた一同は恐る恐る後方を確認する。
マジョリィは変わらず暇そうにしている。
ほっと一息、足元に浮遊の魔方陣を設置し、一人ずつ屋内へ持ち上げる。
僅かながらの魔法体験だったが、巻き込まれた側であるはずの生徒達はほんのちょっとだけ表情が明るくなっていた。
「よし、あとはせんぱいとベルちんだけすね」
ベルが魔方陣に片足をかけようとした瞬間、ドアの破壊音。そして
流石にその音に気付いたマジョリィとゆい達の目が合う。
「ァアンタら! いつの間に!」
マジョリィが手に持つ杖を振り上げる。
「かがめ!!」
〈風よ! 切り裂け!!〉
唱えた魔法が窓を真っ二つに切り裂き、衝撃がガラス片を散らす。
「ベル! こっちだ! あんたらは先に行け!」
希はベルの手を引き明後日の方向へ走り出す。
マジョリィはあからさまに挑発する希とベルに狙いを絞り杖を向ける。
中庭の出入り口はひとつ、あそこまでこの開けた空間を走るのは格好の的、だから狙うは最短距離! 正面突破!
「あの邪魔な壁を消す魔法は!?」
「ある!」
展開、張り付けた魔方陣が向かう先の壁をボロボロと崩す。
「逃がす訳……!」
〈土よ! 大蛇となりて食らい尽くせ!〉
「ノゾム! 身体能力強化の魔法だ! 目の前の魔方陣をくぐるんだ!」
数多の土塊が蛇へと形を変え、希へと襲い掛かる。
ベルの魔法を受けた希が、彼女をおぶりながらも紙一重で避ける。
「なんなのよアイツ! 生身の身体で強化魔法ありきとは言え軽快すぎるのよ腹立つ!! 逃げ場なんてなくしちゃえばいいのよこんなの!!」
そう言って杖を振り上げ、魔法を口にする。
〈土よ! 痛ァー!!〉
マジョリィの後頭部に瓦礫が直撃する。
怒りを露わに後ろを振り向くと、そこには変顔で煽るゆい。
「こンのクソガキ!!」
魔法で窓という窓が吹き飛ぶ。
ゆいは身を隠して低姿勢で走り抜ける。
「ぶっ殺――」
「今だ!」
ゆいに向けて魔法を再度放とうとするマジョリィの目の前に瓦礫が目くらましのようにいくらかなだれ落ちてくる。
三階には広や良子達が離脱する姿が見える。
視線をゆいへ戻すが、もうどこへ行ったかも見当がつかなくなっていた。
歯を食いしばり、杖を握る手には過剰に力が入る。
「大量のマジムリーどもはどうなってんのよ! なんでアイツ等が自由に動けてるのよ!?」
数が多く、洗脳魔法による指示も大雑把で簡単なもの、マジムリー以外の人間を見つけ次第追う。
まんまと逃げのびた希たちは二手に別れセーフハウスへ向かっていった。
マジョリィは中庭の倉庫に八つ当たりをし、少し落ち着く。
「まぁ、いいわ。どうせ変身もできない、この建物からも出られない。いつかは皆くたばるのよ。何をしたって無駄なのよ」
屍のようによたよたと徘徊する
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